祖先とつながり、起源に立ち戻る。マオリの信念を伝えるNZ発香水ブランドCurionoirに宿る深い精神性

ニュージーランドに土着するマオリ民族の血統と文化を引き継ぐTiffany Witehiraによる香水ブランド、Curionoir(キュリオノワール)。芸術作品のような佇まいと、小さなポーションで持ち運べる利便性、特徴的な香りで、人気を誇っている。
草花の特徴を活かしてブレンドされたCurionoirは、一つひとつがティファニーの大切な記憶に沿って、詩のように織り込まれている。濃度高く抽出された香りはその人の体温に乗って特徴を変えながらゆっくりと芳香する。ガラス職人たちとともに創り上げる香水瓶やキャンドルは、一つひとつ形が違い、主人の個性をそっと肯定する。使い終わったキャンドルはそのまま花瓶としても活用できる。
元々スタイリストとして活躍していたティファニーは、調香師となり、やがて、マオリに伝わる願いや祈りを込めたブランドを成功させることとなった。マオリ民族をルーツに持つ彼女のクリエイティブジャーニーに強い影響を及ぼしているのは祖母の存在だ。インディジネスの人々が大切にしてきた自然への敬意、畏怖、祈りや癒やし、そしてマオリのルーツに通じる大切なこころについて話を聞いた。

──お会いできて光栄です。可愛らしいタトゥーが入っているんですね。
「このタトゥーは、古代マオリの女神を表しています。マオリの創世神話の中に登場する存在で、人が亡くなったとき、その魂が次へ向かうまで見守る役割を持っています。『ヒネ』は女性、『テ・ポウ』は夜を意味します。『ヌイ・テ・ポウ』は、“最も長い夜”。とても深い闇の象徴でもあり、同時に、守りの時間でもある。死というよりも、その先に進む前の“間”を司る存在ですね。私はこの女神に、昔から強く共鳴してきました」

──Curionoirという名前も、その世界観と強くつながっていますね。
「Curionoir自体は、マオリ語ではありませんが、私たちがとても大切にしている『Whakapapa(ワカパパ)』──系譜、血統、精神性──は、しっかりと繋がっています。私たちにとって、ものをつくるという行為には、『なぜそれをするのか』『どこから来ているのか』という背景が大切です。それがなければ、意味がないんです。何にもつながっていないものを、ただ“美しい”からという理由だけで生み出すことは、私にはできませんでした。
私が調香を学び始めたのが、20年ほど前で、その頃の環境はフランス語が中心でした。しかし、どんなに周囲の言語や文化が変わっても、私の中には『Whakaaro Māori』──マオリの思考のあり方が、ずっと残っていました。それは学んだものというより、血の中にある感覚です。
Curioは、好奇心を刺激する芸術的なオブジェを意味します。Noirは、闇、マオリ語でTe Pō。この二つを結びつけたとき、私が生きていた“ある時間”が、そのまま名前になりました」
──その“ある時間”というのはどのような時間だったのでしょうか?
「息子に授乳していた頃です。夜中に目が覚めて、そのまま眠れなくなることがよくありました。でも、ただ起きているのではなく、その時間に調香をして、学び続けていました。闇(Te Pō/Noir)の中で。
誰にも見せるつもりもなく、将来これが仕事になるとも思わず、ただ、惹かれるものに手を伸ばしていたんです。Curionoirという名前は、まさにその夜の時間のWhakapapaなんです」

──当時はファッションや広告の仕事していましたが、なぜ調香師の道を選んだのでしょう?
「はい、ニュージーランドで、ファッションや広告の現場に関わっていました。当時を振り返ると、香りづくりは、最初は完全に“サイドプロジェクト”だったんですよ。正直、その頃『調香師になる』とか『ブランドをつくる』とかそんな明確なビジョンは、まったくなかった。ただ、なぜか離れられなかった。理由は説明できないけれど、『やらずにはいられない』という感覚だけがあったんです」
──そこには、家族の存在も強く関係しているのでしょうか?
「とても大きいです。私の家系では、代々、マオリの伝統医療『Rongoā(ロンゴア)』が受け継がれてきました。曽祖母の父は、Tohunga(トフンガ)と呼ばれるヒーラーでした。Rongoāは、在来植物を使った伝統的な医療のことです」

──マオリの伝統医療「Rongoā」について、教えてください!
「在来植物を使った治療法で、木や低木、花、シダ、樹皮、木部などを用います。でも、それだけではありません。マッサージや身体に触れるケア、私たちが『ミリミリ』や『ロミロミ』と呼ぶ施術、そして『Karakia』と呼ばれる祈りや詠唱も含まれます。
Karakiaは宗教ではなく、エネルギーを整えるためのもの。行為に意図を与え、その人の身体や心の状態に意識を向けるための時間です」
──Rongoāは、ご家族の中でどのように受け継がれてきたのでしょう。
「Tohungaは、ヒーラーであり、知恵を受け継ぐ人でもあります。これは100年以上前の話で、彼の父や母、その前の世代も、同じようにRongoāを実践していました。特に、私の家系では女性たちがその知識を守り、つないできました。曽祖母、その母、姉妹たち。Rongoāとは、知識として学ぶものというより、暮らしの中で自然に身につくものだったんです」

──日常の中では実際にどのようにRongoāのメソッドが使われていたのですか?
「もし誰かが咳をしていたら、『Kūmarahou(クーマラホウ)を取りに行こう』と森へ入る。筋肉が痛ければ、別の植物を使って身体を揉む。必要な分だけを採り、使い終えたら、また自然に返す。とても実用的なものでした。そして、そこに必ずKarakiaがあります。それは『治してあげる』という感覚ではなく、『今この人に必要なことをする』という姿勢です」
──Kūmarahouについて、もう少し詳しく教えてください。
「Kūmarahouは、私たちの家族にとってとても大切な植物です。今も毎日、葉を煮出してトニックとして飲んでいます。味は、正直に言うと、とても酸味が強いですし、多くの人が『美味しくない』と感じると思います。でも、呼吸器系にとても良く、アレルギーや皮膚炎、肝臓や内臓の浄化にも使われます。
冬は特に、喘息や呼吸が苦しい人にとって助けになります。花にはサポニンが含まれていて、水と一緒に揉むと泡立つ。石鹸のように使える植物でもあります」
──素晴らしい伝承医療ほど、伝えていくのが難しいという現状があります。
「1907年にニュージーランドで『トフンガ抑圧法』が施行されました。これは植民地政策の一環で、Rongoāの実践を制限するものでした。在来植物を使って人を癒すと、罰を受ける可能性があった。だから人々は病院へ行き、西洋医学に頼るしかなくなった。その結果、多くの知識が失われかけました。続けることが、とても難しい時代だったんです」
──お祖母様はどうしたんですか?
「彼女は、Rongoāを手放さず、同時に、看護師になる決断をします。それは伝統を否定するためではなく、西洋医学とマオリの世界、この2つを理解し、つなぐためでした。病院では、マオリ語を話せない医師と患者の間で通訳を務め、何が起きているのかを丁寧に説明していたそうです。
そして家に帰ると、『家で続けられること』『一緒に使える植物』そうしたことを人々に教えていました。対立させるのではなく、併走させる。それが彼女のやり方でした」

──祖母の存在や考えは、今のあなたの活動にどのように影響していますか?
「私が今やっていることは、正直に言って、祖母の教えがなければ成り立ちません。
祖母が何より大切にしていたのは、『取りすぎない』という考え方でした。必要な分だけを使うこと、それ以上は自然から受け取らないこと。それは言葉で教えられたというより、日常の行動そのもので示されていました。
祖母はとても質素な暮らしをしていました。派手なことは何一つなく、でも、すごく強い軸があった。自然と向き合う姿勢、人と関わる姿勢、そのすべてが静かでした。その考え方は、今の私のものづくりにそのままつながっています。プロダクトが売り切れたとしても、無理に補充はしません。ときには数カ月、待ってもらうこともあります。『作れるから作る』『求められているから増やす』という判断はしません。その姿を見て育ったからこそ、私も香りづくりの中で、伝統と現代、自然と科学を分けて考えることができません。
祖母はもうこの世にはいませんが、私の中では、ずっと一緒にいます。判断に迷うときや、少し立ち止まる必要があるとき、自然と祖母の姿や言葉が浮かぶ。今、私がやっていることは、祖母から受け取った感覚を、別の形でつなぎ直しているだけだと思っています」

──最初の香り「Dark Bouquet」は、ティファニーさんにとってどんな存在ですか。
「森にナナと曾祖母と一緒に入って、数日間過ごしたあとに生まれた香りです。森から出たところに、ジャスミンの茂みがあって、私たちはそのジャスミンに手をこすりつけていました。自然の中にいたあとの、あの突然の甘さ……。ジャスミンが強く、ベチバーや少しレモンのフレッシュさ、そしてシナモン。とても若くて、シンプルな香りです。17年くらい前に作った香りで、私にとっては原点と言えます。今の作品と比べることもあるけれど、ノスタルジーがあるので、残しています。私にとっては『時間と場所』がはっきりある香りだから」

──最新作のひとつ Opia について教えてください。
「Opia は、人と目が合ったときに生まれる感情から来ています。相手の瞳の奥に、引き込まれていく感じ。瞳孔の奥の、深さや暗さ。これは『死』ではなく、深さです。ダークで、ウッディで、とても樹脂的な素材を使っていて。とても、ミステリアスな香りです」
──Extrait de Parfum(エキストレドパルファム)にこだわっていますね。
「私たちが作っているのは、すべて Extrait de Parfum です。これは、もっとも濃度が高く、樹液のような質感を持っている香水です。拡散するための香りではないんですね。Extraitを肌に押し込むこと。ゆっくり混ざること。それは『纏うもの』ではなく、『関係を持つもの』だと思っています」
──香りを通して、何を一番伝えたいですか。
「世界を変えたいわけではありません。ただ、誰かが祖母を思い出したり、森や自然、昔の記憶を思い出したり、少し立ち止まって呼吸する時間を持てたら。それで十分だと思っています」
Text:Yuka Sone Sato
