【対談】アリ・アスター × 板垣巴留「映画と漫画、それぞれの“描き方”」 | Numero TOKYO
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【対談】アリ・アスター × 板垣巴留「映画と漫画、それぞれの“描き方”」

『ミッドサマー』など独自の視点で人々の中に潜む狂気や悲しみを描いてきた、鬼才アリ・アスター監督の最新作『エディントンへようこそ』がついに公開される。前作に続く起用となったホアキン・フェニックスをはじめ、ペドロ・パスカルやエマ・ストーンといった実力派俳優たちが集結した本作では、新型コロナウイルスによるパンデミックやBLM運動といった実際の社会問題を背景に、小さな町で起こる人々の対立と暴走を皮肉たっぷりに描いたブラックコメディだ。

今回、本作の公開に合わせて『BEASTARS』や『SANDA』などを手掛ける人気漫画家、板垣巴留とアリ・アスターのクリエイター対談が実現。独創的な世界観で人々や社会の本質を描いてきた2人が考える、クリエイションの楽しさや人々への眼差しの根底にあるものとは。

予想を裏切り、期待を超える展開

──最初に、板垣さんの思うアリ・アスター作品の魅力を教えてください。

板垣巴留(以下、板垣)「アリ・アスター監督の作風は人の哀しさや人生のどうしようもなさを笑い飛ばそうとしているのではないかな、と思いながらいつも楽しみに拝見しています。最新作の『エディントンへようこそ』で描かれている新型コロナウイルスによるパンデミックというのは、私にとってとても辛い時期だったのですが、この映画はそんな辛かった記憶すらも面白おかしく塗り替えてくれたような気がして、とても嬉しかったです」

アリ・アスター(以下、アスター)「最新作を楽しんでくれて嬉しいです」

板垣「前作の『ボーはおそれている』は特に大好きな作品です。他の作品と比較しても、とても内省的で個人的な映画だと思うのですが、監督は自分の撮りたいものや語りたいことと、観客が求めるもののバランスはどのように考えているのでしょうか?」

アスター「正直、僕はみなさんが何を見たいのかよく分かりません。だから、とにかく自分が見たいと思うものや自分だったらどうかな?と考えていつも驚きを作るようにしています。一方で、いわゆるジャンル映画と呼ばれるものを作るときは、いくつかのセオリーがあり、人々が何を期待しているのかが分かるので、わざとその逆をやってみたりして。案外そっちも面白いねってなるんじゃないかなと思いながら、そういうゲームを映画作りで楽しんでいます」

板垣「なるほど。漫画でも予想を裏切り、期待を超える展開が一番いいとされていて、まさしく監督の作風はそれだなと思いました」

アスター「ただ、『ボーはおそれている』はどのジャンルに当てはまるのかよく分からないんです。個人的にはピカレスクじゃないかと思っていて、ピカレスクというのは映画よりも文学に近いとも思うので、そういう意味で『ボーはおそれている』は僕の作品の中では最も小説的な作品と言える気がします」

追い詰められる瞬間がいい作品につながる

板垣「アリ・アスター作品をいくつか観るなかで気になったことがあって、監督は人間が好きなのでしょうか?それとも嫌いですか?」

アスター「個々の人間は好きですが、グループや団体になると怖くなっちゃうんですよね」

板垣「確かに、それはすごく作品から伝わります。作中では、追い詰められた人々がよく出てきますよね。私も追い詰められている人間を漫画描くことが好きだったりするのですが、監督はどういうシーンを撮っている時にテンションが上がりますか?」

アスター「人が追い詰められる場面というのは、物語を語るうえで絶好の機会だと思っています。撮影においてテンションが上がる瞬間は、ストレスフルでみんながプレッシャーを感じている瞬間。時間がないなかでいいものを撮りたいという追い詰められた環境下で撮影したシーンというのは、出来上がって観客と一緒に観る時に一番楽しいんです」

板垣「私の場合は、苦しみながら描いたシーンは後から読み返しても苦しいので、その感覚はすごく新鮮です」

アスター「絵を描くことと撮影することの大きな違いは、絵は自分がペンをコントロールできるので、ダメだったら捨てればいいということ。撮影は、俳優やクルーといった人たちが周りにいつもいるので、うまくいかなかった時のストレスがついて回っているんです。撮影中は時間がない!いつまでに終わらせなきゃ!というプレッシャーがあるので、描く時に感じるような楽しみを感じることはありません。それでも、うまくいかないと思ったシーンが、モニターで見ると案外いいこともあって。そういった手応えが次に進む活力になっています」

板垣「プレッシャーも前向きに捉えていらっしゃるんですね。監督のことを勝手に明るくて陽気な方なんだろうと思っていたので、想像に近い回答でホッとしました。映画監督のお仕事は、他者とコミュニケーションを取る場面が多いと思うんです。チームを組む上で一番大切にしていることはなんですか?」

アスター「仲良くできる人で、自分がやろうとしてることを理解できる人、またその人の活動を自分が理解できる人と一緒に仕事をすることが大事だと思います。それと、ユーモアの感覚が同じかどうかも大切。僕の映画には独特のダークなユーモアがあるので。人間的にも好きだなと思える人と一緒に仕事をすることはとても大事ですね」

板垣「結局は人と人ですもんね。『ボーはおそれている』に続いて、今作でもホアキン・フェニックスさんを起用したのも、ユーモアのセンスが合っていたからなんですか?」

アスター「イエス!本当に僕たちは一緒にお互いに笑かせ合うし、同じものを面白いと思うし、仲がいいんです。『ボーはおそれている』は僕にとっても一番お気に入りの作品です」

次回作はチキンが主役!?

──お二人とも独自の世界観をビジュアルとして作り上げながらも、テーマには人間の本質的な部分を扱っていたりと通じる部分もあるのかなと思うのですが、自身の表現についてどのように感じていますか?

アスター「僕は自分のやってることをあんまり考えないタイプなんです。脚本やアートを作ることは直感的な部分が強いので、きっと鑑賞者の方がテーマや何について語っているのかを考えられるんじゃないかなって思います。例えば、『BEASTARS』のカバーを僕が見た第一印象は、動物を使っていることは、何かの強い比喩なんだろうなと思いました。ある人間のパーソナリティを動物で表現してるんじゃないかな?って。寓意とか例え話とか隠喩といったものに関して魅力を抱いてるというところでは、この作品にすごく共感を持てます」

板垣「嬉しいです。結局私たちは現実世界を生きているわけだから、物語を描くとなるとどうしても現実世界を鑑みたストーリーになると思うのですが、そのままを描くのはあまりアートじゃないなと思って、動物とかを使うことが私のスタイルになりました」

アスター「この漫画を早く読んでみたいな」

──最後に、お二人がこれから表現したいものについて教えてください。

板垣「とにかくしっかり連載を続けて、いつか無事に今描いている作品を完結させるということが目標です」

アスター「僕はまだ次何をしようかなって考えている最中。いつもいろんなインスピレーションを探してるので、今日あなたと会えたことで新しいインスピレーションが湧いちゃうかも。今度は大きなチキンの話にしようかな(笑)」

板垣「それは光栄ですね。楽しみにしています!」

『エディントンへようこそ』


舞台は2020年、ニューメキシコ州の小さな町、エディントン。コロナ禍で町はロックダウンされ、息苦しい隔離生活の中、住民たちの不満と不安は爆発寸前。保安官ジョーは、IT企業誘致で町を“救おう”とする野心家の市長テッドと小競り合いから対立し「俺が市長になる!」と突如、市長選に立候補する。市長選をきっかけに、町全体に疑いと論争と憤怒が渦を巻き、暴力が暴力を呼び、批判と陰謀が真実を覆い尽くす。

監督・脚本/アリ・アスター
出演/ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン、オースティン・バトラー、ルーク・グライムス、ディードル・オコンネル、マイケル・ウォード
配給/ハピネットファントム・スタジオ

2025年12月12日(金) TOHO シネマズ 日比谷ほか全国公開
© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

Photos: Yu Inohara Interview & Text: Mikiko Ichitani Edit: Yukiko Shinto

Profile

アリ・アスター Ari Aster 映画監督。アメリカ・ニューヨーク生まれ。2018年に長編初監督作となるA24製作『ヘレディタリー/継承』がサンダンス映画祭で上映されると、批評家から絶賛され、続く『ミッドサマー』(2019)は日本でもスマッシュヒットを記録。独特のシニカルなユーモアで人間や社会の不条理や可笑しさを描く奇才。
板垣巴留 Paru Itagaki 漫画家。2016年にデビュー後、初連載『BEASTARS』(秋田書店)が話題を呼び、文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞や第11回マンガ大賞大賞、手塚治虫文化賞新生賞など多数受賞。アニメ化もされた。現在、「週刊少年チャンピオン」にて『タイカの理性』、「チャンピオンクロス」にて『ウシミツガオ』(ともに秋田書店)が連載中。
 

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