「舞台はやっぱり、怖いですよ」——森田剛が『ヴォイツェック』で挑む限界のその先 | Numero TOKYO
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「舞台はやっぱり、怖いですよ」——森田剛が『ヴォイツェック』で挑む限界のその先

舞台俳優としても、独自の存在感を放つ森田剛が、新たに挑むのは心に傷を負った兵士の悲劇だ。19世紀を代表する未完の戯曲『ヴォイツェック』を、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』でも知られる劇作家ジャック・ソーンが、1981年の軍事的緊張下にあるベルリンを舞台に再構築。幼少期のトラウマやPTSDに苛まれ、愛と嫉妬に囚われるイギリス人兵士ヴォイツェックの運命が描かれる。演出を手がけるのは、新国立劇場の芸術監督・小川絵梨子。この注目作に挑む森田剛が、翻訳劇ならではの面白さと葛藤や、舞台という場への思いを率直に語った。

心の傷を抱えながら、戦争と背中合わせの世界に生きる

——今回、初めてタッグを組む演出家の小川絵梨子さんについて、どのような印象がありましたか。

「小川絵梨子さんはご一緒したいと思っていた演出家のおひとりでした。何年か前に西尾まりさんと共演したときに、西尾さんが『森田くんは小川さんの演出が合いそうだよね』と言ってくれたんですね。それが記憶に残っていて、小川さんの舞台をいくつか拝見しつつ、いつか機会があればと思っていたら、今回、お声がけいただきました」

——小川さんの演出に期待していることは?

「今回は小川さんだけではなく、伊原六花さん以外の共演者は、みなさん“初めまして”なんですね。舞台は人間関係で出来上がるものなので、みなさんとゼロから築いていけることが楽しみです。最初は、自分がどんな人間かまだバレていないので、ネコを被ることもできますしね(笑)。お互いに考え方や動き方が予想できないからこそ、新しい刺激を受けるだろうし、自分にとっても発見や気付きがたくさんある舞台になるんじゃないでしょうか。今回は大変な作品になりそうなので、お互い助け合って、アイデアを出し合いながら、イメージをしっかり芝居に落とし込んでいこうと思います」

舞台の上で感じる怖さや緊張感は、今の自分に必要なものだった

——伊原六花さんとは2024年の舞台『台風23号』でも共演されていますね。

「前作では、同じシーンで演じることは少なかったんですが、彼女は身体の使い方が上手で、見ていて自由で面白いという印象がありました。今回はまた違う役柄なので、新しい一面を見つけることができるんじゃないかと楽しみにしています」

——『ヴォイツェック』の原作は19世紀の劇作家、ゲオルク・ビューヒナーの遺稿です。今回の上演は20世紀に翻案したニュー・アダプテーション版ですが、19世紀前半が舞台の原作と、現代の今作に通底するものは?

「昔も今も、みんな傷付いていることを隠しながら必死に生きています。世界のどこかでは常に戦争が起きていて、それがいつ終わるかもわからない。19世紀であれ現代であれ、ひとりの人生と政治的な状況が背中合わせである世界だということは変わりません」

「翻訳劇の“負荷”が、自分を超えさせてくれる」

——ヴォイツェックという人物については、どんな印象がありますか。

「ヴォイツェックは、純粋でまっすぐな人物です。その純粋さは大人になると霧がかかってしまうものだけど、彼はずっと持ち続ける。自分自身もそうありたいと願っているし、そういった役柄にも興味があるので、この人物を大切に演じたいと思っています。ただ、彼は純粋だからこそ堕ちていくんですよ。そこも理解できるし、想像できるところでもあって。彼の抱える心の傷に、戦争や政治的なこと、母親のことなどが複雑に絡み合っていくわけですが、それを小川さんが舞台でどう演出するか、ぜひ楽しみにしてください」

——以前、「翻訳劇には苦手意識がある」と答えてらっしゃいましたが、それはどういった点で?

「翻訳劇は、海外の言語を翻訳しているので、言葉がしっくりこないことがあるんですね。稽古しながら、あまりにも変だと感じたら、セリフに言葉を足したり削ったりして調整することもあるし、言葉の意味や背景を調べて、自分なりに落とし込んでいくこともあります。そもそも、日本人の自分がイギリス人のヴォイツェックを演じること自体、違和感がありますよね。でも、その“違和感”が、翻訳劇特有の面白さだとも思うし、翻訳劇だから思い切って演じられる部分もあるんです。翻訳劇は自分にとっては挑戦です。そういう役をいただくことは、とてもありがたいことなんです。自分では限界点のストッパーを外すことはできないから、負荷のかかる役を演じることで、これまでの自分を超えていけたら。大変ですけど、やりがいを感じています」

——舞台の公演中、役がプライベートまで影響することは?

「公演中は、頭の中をセリフがぐるぐると駆け巡っているんですね。考えるつもりがなくても、頭のどこかに残っているというか。全部、消せたら楽なんでしょうけど、公演中は自分のどこかに役がいることで、ひらめきにつながったり、何かに気付くきっかけにもなるんですよ。公演中はこの感覚を大切にしています」

 ——ここ10年以上、コンスタントに舞台のお仕事が続いていますが、ご自身にとって舞台のお仕事を選ぶ意味、舞台ならではの魅力を教えてください。

「たくさんありますが、ひとつは自分の性格が舞台に合っているんだと思います。一度、幕が開いたら最後まで終わらないこと、目の前に観客がいるという空間。お客さんがいる以上、途中で辞めることなんて出来ないじゃないですか。舞台は怖いですよ。緊張感もありますしね。でも、それは普段、生活している中では感じられないものですし、その刺激が自分には必要なことだと思います」

——今回の公演は地方公演を含めておよそ3カ月の長丁場ですが、長期間コンディションをキープする方法は?

「特に方法なんてありません。運としか言いようがないですね。身体も声も大事にしているつもりでも、どうにもならないこともある。ただ、自分だけではなく、この舞台に関わるみなさんは、何があっても最後までやり切る覚悟で集まっています。できる限りのことをやって、あとは運に任せます」

——最後に、メッセージをお願いします。

「この戯曲は、映像的ではあると思うんです。だからこそ、すごいものが出来るような気がしています。チャレンジングな舞台になると思いますし、舞台上に作り上げたものとリアリティが混在して、違和感や不穏さを感じさせるような、“気持ちが悪い”ものができそうな予感がしています。芝居とはいえ、目の前で人が生きている瞬間を見ることができるので、あまり舞台に馴染みのない方にも観ていただきたいし、舞台が好きな方も、新しい発見のある作品になると思いますので、ぜひ足を運んでください」

パルコ・プロデュース 2025『ヴォイツェック』
原作/ゲオルク・ビューヒナー
翻案/ジャック・ソーン
翻訳/髙田曜子
上演台本・演出/小川絵梨子
出演/森田剛、伊原六花、伊勢佳世、浜田信也、冨家ノリマサ、栗原英雄ほか
企画・製作=株式会社パルコ

<公演日程>
東京公演:2025年9月23日(火・祝)~9月28日(日) 11月7日(金)~11月16日(日) 東京芸術劇場 プレイハウス
岡山公演:2025年10月3日(金)〜10月5日(日) 岡山芸術創造劇場 ハレノワ 中劇場
広島公演:2025年10月8日(水)~10月9日(木) 広島JMSアステールプラザ 大ホール
福岡公演:2025年10月18日(土)~10月19日(日) J:COM北九州芸術劇場 大ホール
兵庫公演:2025年10月23日(木)〜10月26日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
愛知公演:2025年10月31日(金)〜11月2日(日) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール

Photos : Kenta Karima Styling : So Mastukawa Hair & Makeup : TAKAI(undercurrent) Interview & Text : Miho Matsuda Edit : Naho Sasaki

 

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