ジョン・ガリアーノの素顔に迫った監督ケヴィン・マクドナルド「彼の人生は許し許される旅路」 | Numero TOKYO
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ジョン・ガリアーノの素顔に迫った監督ケヴィン・マクドナルド「彼の人生は許し許される旅路」

天国と地獄を味わったファッションデザイナー、ジョン・ガリアーノは、なぜ再び注目を集めているのだろう。懺悔ともいえる本作について、天才はこう語る。「私がした過去の失言に弁解の余地はない。この映画に望むのは、状況をもう少し明確にし、思いやりと理解の余地をつくること。そして創作に酒やドラッグは必要ないと、若いクリエイターたちへの警告になればと思う」。ディオールに解雇された2011年から約10年。ファッション界は大きく変化した。彼は問う。「メンタルヘルスの問題や中毒について、人々はよりオープンになったと思う。ファッションの持続可能性はとても歓迎すべきこと。でも“クリエイターの持続可能性”については、十分に語られているだろうか」。彼のドキュメンタリーを手がけたケヴィン・マクドナルド監督に聞く。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年10月号掲載)

華美な世界を通して、社会の闇を描く

──ジョン・ガリアーノを題材にした理由は?

「キャンセルカルチャーに興味があり、ジョンという人物に魅了されたからです。2011年にパリの老舗カフェ、ラ・ペルルで、彼が隣席の客に対して反ユダヤ的発言をした事件を、当時ニュースで知り“どうしてこんなことが起きたのだろう”と不快に思いました。この映画では、その前後に何があったのかを追い、問題の本質を問いかけています」

──この作品をきっかけに、ファッションに対して考えが変わりましたか。

「正直、業界の外野の人間として、ファッションは表層的なものと誤解していました。今回、ファッションが社会の何を映し、どんな文化的な意味を持ち、世の中にどのようなメッセージを投げかけているのか、文化人類学的な興味を抱きました。また、ファッションが持つ二面性と、ジョンが人格的に持つ裏と表に注目しました。究極の美しさを追求する一方で、非常に残酷な部分もある。己の足元を省みずに夢だけを追って生きるとどうなるのかについても、カメラを向けました」

──実際、ジョンに対する印象は?

「とてもシャイな人。頭の中の世界に住み、困難なことに直面するのを恐れて、すぐに空想の世界へ逃げてしまう。これには、彼のアイデンティティと幼少時代の生い立ちが大きく関与しています。しかし温かみがあって、一緒に仕事をするのが楽しい人でもあります。驚いたのは、彼が私と会話する際に、広報担当者のような他者を介することが決してなかったこと。誇張せずに語り、気難しくもならない。心を開いてくれたんです。このような人間関係は、ドキュメンタリー映画の撮影ではまれ。特に感銘を受けたのは、完成した作品に彼は一切、変更やカットを申し出ませんでした。その理由こそ語りませんでしたが、ジョン自身がアーティストとして尊重されることを望むように、私の仕事やヴィジョンをそのまま受け入れて、私を作家として尊重してくれたのです」

──証言者として多くのセレブリティをブッキングし、過去映像の使用が実現できたのはなぜでしょうか。

「幸運なことに、ジョンだけでなく、アナ・ウィンター、ディオール、LVMH、ヴォーグ誌など、皆が映画の製作を望み、多くの協力を得られました。ブランドや出版社が、資料や映像のアーカイブへのアクセス、さらに編集後の完成作品を検閲しないことも快諾してくれたのです。LVMHに関しては、事件発生から10年間、ジョンを会社の歴史から排除していました。それなのに本作の製作に賛同した理由は、ディオールにジョンが在籍していた時代が、経済的にもクリエイティブ的にも最も成功していたからでしょう。それを再び誇りと再定義したいのではないでしょうか」

──証言者から重要なコメントを引き出せた秘訣は?

「お互い正直であること。そうあることが誰にとっても必要でした。それに誰もが真実を語りたいと思っていました。彼らはジョンを本当に愛しています。他のデザイナーに対しても、これほどまでに忠実でしょうか。ケイト・モスは普段はインタビューに応じないことで知られています。彼女がリスクを取りながら語ったのは、全てジョンのため。その友情はとても感動的でした」

──逆に困難だったことは?

「ファッションやジョンがなしとげたこと、なぜ彼が特別で輝かしい存在なのかを言語化するのは簡単ではありませんでした。また、未来を重視するファッション業界は古いフィルムや写真、アーカイブを大切にしない傾向にあり、昔の映像探しにも苦労しました」

──アベル・ガンス監督の映画『ナポレオン』を引用した狙いを教えてください。

「ジョンは、この歴史上の人物と深い心理的なコネクションを持って育ったと語っています。長いこと、彼にインスパイアされた洋服を作り、独特の美学に心酔しています。時代も国籍も違う二人の人生がパラレルするのは、南方のヨーロッパ出身の小柄な男性であり、自分の王国やパレスを築くため果敢に挑戦し、結局は自らが興した帝国から拒絶され追放されること。再び人々の熱狂を集め、パリにカムバックする点までリンクしています」

──議論を呼ぶような結末ですが、迷いはありせんでしたか。

「はい。映画の結末と始まりは、彼の人生そのもの。本作は、彼が人生において人から許され、自らも人を許すことができるようになるまでの旅路です。また、ジョンがファッションやショーで行った演劇のテーマに『逃避』を掲げ続けたことも重要で、本作を象徴しています」

──あなたはドキュメンタリーの名手です。ドキュメンタリー作品の魅力とは?

「題材が存命の人か故人かで異なります。前者は、半生をつぶさに観察すると、後者より一層魅力的でミステリアスに感じるものです。ジョンのように、人生の大きな浮き沈みを乗り越えた人物には特に魅了されやすい。ドキュメンタリー作家が夢中になるのは“ある人物の頭の中をのぞくにはどうすればいいか”という問いに対して試行錯誤すること。毎回、手探りですが。さまざまな人の発言や顔の表情から真実か噓かを見極め、膨大な資料をもって考えを巡らせます。つまり、洞察力が非常に重要です」

──今後、ドキュメンタリーを撮りたい人物は?

「オノ・ヨーコの作品を撮り終えたばかりです。ジョン・レノンが亡くなるまでのホームビデオがたくさん残されていて、当時の時代性、アメリカの政治、フェミニズム、ジョンとヨーコの関係のターニングポイントを描いています」
(編集部注:今年のヴェネツィア国際映画祭にて上映された『One to One: John & Yoko(原題)』のこと)

──最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

「ファッション好きだけでなく、すべての人が直面する“人間の謎”を描きました。信じられないほど美しいドレスと、業界の闇の部分、差別やキャンセルカルチャーなど、多角的な議論ができるはず。ぜひご覧ください」

『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』

監督・プロデューサー/ケヴィン・マクドナルド  
出演/ジョン・ガリアーノ、ケイト・モス、シドニー・トレダノ、ナオミ・キャンベル、ペネロペ・クルス、シャーリーズ・セロン 
全国公開中
https://jg-movie.com/

配給:キノフィルムズ
© 2023 KGB Films JG Ltd

Interview & Text:Aika Kawada Edit:Sayaka Ito

Profile

ケヴィン・マクドナルドKevin Macdonald 英国スコットランドのグラスゴー生まれ。ミュンヘン五輪のテロ事件に迫る『ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実』(1999)でアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞。幅広いテーマでドキュメンタリー映画を制作する。

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