菅田将暉×黒沢清監督 インタビュー「一直線でいて、揺れるような柔らかさを持つ稀有な俳優」 | Numero TOKYO
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菅田将暉×黒沢清監督 インタビュー「一直線でいて、揺れるような柔らかさを持つ稀有な俳優」

菅田将暉演じる、世間から忌み嫌われる“転売ヤー”吉井。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒は、誹謗中傷、フェイクニュースなどネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレート。実体をもった不特定多数の集団が行う“狩りゲーム”の標的となった吉井の「日常」は、急速に破壊されていく……。監督は『スパイの妻』で第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した黒沢清。日本映画界を牽引する菅田将暉、黒沢清監督初タッグとなる映画『Cloud クラウド』の制作エピソード、お互いへの印象や想いを聞いた。

“普通の人”がもつ曖昧さが、周囲の恨みを買っていく

──今作の主人公、吉井は町工場で働きながら、ネットで転売を行って日銭を稼ぐという人物ですが、この役を菅田将暉さんにオファーした理由は?

黒沢「脚本を書いているときは、主⼈公はそこまで複雑で特殊なキャラクターとは思っておらず、真⾯⽬で⼀途に、着々と⾃分の⽬標を達成する悪者というくらいでした。“悪者”という⾔い⽅はちょっと極端かもしれませんが、殺⼈といったような悪さではなくても、⼈をどこかで騙して⾦を取るような悪の要素がある仕事を⼀⽣懸命にやっている男という設定で書いていきました。菅⽥さんのような個性的な⽅がこの役をやってくれたら1番いいんだよなとは思いつつ、まさか引き受けてくれるとは思っていなかったので、快諾いただいた際には⼩躍りするほど嬉しかったです。菅⽥さんは以前からチャンスがあればご⼀緒したいと思っていましたが、あれだけの⼈気者ですから僕の映画のような⼩規模なものに出ていただけるかどうかは不安でした。ただ念願叶いまして、予想通りといいますか、⾆を巻くほど上⼿い⽅だと感じました。現場でも何度かご本⼈に『なんでそんなに上⼿いんですか』と聞いてしまったくらいです」

──黒沢清監督作品は独特の“カラー”がありますが、菅田さんはどれくらいそれを意識して現場に臨みましたか。

菅田「撮影前に、監督と話をする時間をいただきました。作品のこともありますが、『共喰い』でご一緒した⻘山真治監督のご縁もありますし、黒沢監督とは個人的にお話ししたい気持ちがありました。この映画に対する監督の想い、そして何を面白がるのか、何を大事にしているかの確認を前もってしておきたかったんです。もちろん監督のこれまでの作品も拝見していますが、共通言語として事前に観ておくべき映画作品を伺ったら『太陽がいっぱい』をすすめてくださいました。この作品で、監督が吉井というキャラクターをどのように捉えているかわかりました。台本は、読んでいて画が浮かんでくるような、読み物としても面白いものだったのですが、感情的な流れの説明は多くなかったので、あとは現場でやってみてだなと思っていました」

黒沢「脚本では、吉井はすぐに理解できるような人物として書いたわけではなかったんです。感情移入できるキャラクターではないからこそ、ストーリーが予測できず、最後まで興味を持って観てもらえるんじゃないかと考えていいました。この作品に登場する人物、とりわけ主人公の吉井は“普通の人”です。吉井は、恋人の秋子(古川琴音)が『お金があったらいっぱいモノを買うよ』という言葉に、『いいよ』と答えるけれど、イエス、ノー、どちらとも取れるような曖昧な答え方をするんです。転売業の先輩、村岡(窪田正孝)との会話でも、受け入れているようで拒否をするようなニュアンスで話します。映画の登場人物、特に主役ともなると、わかりやすく強烈なキャラクターに設定されることがあります。しかし、吉井はどちらともつかない反応をする。それが“普通の人“のもつ曖昧さです。それについて撮影前に菅田さんに細かく説明はしなかったのですが、台本から読み取ってくださったんだと感じました」

菅田「確かに、吉井の曖昧さがいつの間にか色々な恨みを買ってしまい、気が付けば命を狙われるまでになってしまいますよね。吉井は明からさまに相手を貶めることはしないけど、会話の端々から『コイツ俺のこと舐めてるな』と思わせる態度をとります。吉井が勤める工場の社長(荒川良々)の『君のそういう態度がどれだけ人を傷付けるか』というセリフがあるのですが、吉井は自分のこと以外に興味がなく、いつも話半分に聞いているような失礼さがあります。誰もが無意識にやっていることかもしれないし、それで傷付くこともよくありますよね。吉井の会話から、ほんのり嫌なムードを作り出せたらとは思っていました」

──黒沢監督が、撮影中に菅田将暉さんの役者としての技量を感じた瞬間は?

黒沢「たくさんありました。セリフひとつにしても、菅田さんは人間の微妙な心理状態を加味して、実にちょうどいい具合で表現されていました。大量に買い込んだ電子治療器が売れたシーンでは、大喜びするでもなく、無表情でもなく、ただ真剣にモニターを見つめて、『ああ売れたな』という、微妙な表情でした。観客に、この先良からぬことが起こるんだろうと予感させる表情でした。あのシーンが作品全体の不穏さのひとつの基調になったと思います」

菅田「僕もあのシーンを撮影したとき、吉井がどういう人間なのか見えた気がしました」

黒沢「喜んでるようでいて、無意識下で危ない道を歩み始めたと察しているようにも思える。吉井の運命が透けて見えるようなあの表情は、菅田さんの技ですよね」

菅田「吉井は、あそこで『ヨッシャー!』と喜ぶ人物ではないだろうと。ずっと無表情というパターンもあるけれど、吉井が微かに一喜一憂するところが面白いんじゃないかと思ったんです。撮影のとき、監督が少し離れてイスに座ってモニターを見るという吉井の行動を提示してくれたんです。そのとき、パソコンの前にかじり付くのではなく、じっと遠くから静観するというのが、吉井の重心の取り方なのかなと思いました」

出演作を見て、今まで感じたことのなかった感情に

──完成した作品を見て、意外に感じたところはありましたか。

菅田「吉井がバイクで転倒するシーンがあるんですが、あれはどうなるんだろうと思っていたら、スッキリと怖さが凝縮されていていました」

黒沢「現場では数パターン撮ったんですよね。どう編集しようか迷ったんですが、シンプルにまとめました」

菅田「現場では黒沢さんに止められるまで、じっくり演じてみたんですが、そこでもたつきが出てしまったんじゃないかと不安もあったんです。演じながら感じるスリルと観客のみなさんが感じるものは違うので心配だったんですが、初号試写で見た時に、これこそが映画の面白さだと思いました」

──予想外といえば、終盤のシーンは監督が想定していた以上に不穏なムードになったそうですが。

黒沢「最後のバトルは、予算も含めてかなりそこに投入することができたんです。ハリウッドのように派手なものではないけれど、満足いくものになりました。そこでも、吉井に変化があるんですが、菅田さんは体力的にも厳しい中で、急激にかつ自然な変化を見せてくれました。本当に素晴らしかった」

菅田「最初は怯えていた吉井も、徐々に慣れてしまい、ともすれば転売のようにただの作業になっていく。慣れてしまった自分にも気がつきつつ、やるしかない。完成した作品を観たとき、最後のシーンで自分はこんな顔をしていたんだと笑ってしまいました。もっと必死にならなくていいのかと。多分、吉井本人も状況をよくわかってないですよね。疲労もすごいだろうし」

黒沢「吉井自身も、自分に何か変化があったことだけはわかるという感覚でしょうね」

──最後に、菅田さんから黒沢清作品に参加して感じた、監督や作品の魅力を教えてください。

菅田「試写で自分の姿を見るのは、あまり得意ではありませんでした。冷静に作品を見ることができないし、試写を観に来る人も玄人ばかりなので笑い声が上がることもないですし。でも、今作はすごく楽しく観ることができました。楽しいという表現が適切かはわからないけれど、ひとりの観客として『すごく面白かったなぁ』と思いました。あの感覚は初めてだったし、自信にもなりました」

──客観的に作品を観ることができたんですね。

菅田「ワクワクしたし、エキサイトしたし、不気味なものも感じて。もし自分がこの作品に出演してなかったとしても、同じ感想を抱いたと思います。試写会のあとに監督とも話したんですが、劇中の音や曲がいいんです。特に後半は優雅なムードを感じさせながらも、それが不気味なものを暗示している。そこに拳銃の発砲音や、コーヒーメーカーが壊れる音がして。なんてカッコいい映画に出演させてもらったんだと思いました」

黒沢「そこまで言ってくださって嬉しい限りです」

──監督は今回、初めて菅田さんを撮ってみていかがでしたか。

黒沢「“すごい”という一言に尽きます。以前から、力のある俳優さんだと思っていましたが、菅田さんは、一直線のところと、柔らかく揺れる部分の両方を持ち合わせている、すごい俳優だと思いました。ある種のスター性がある俳優は、良くも悪くもどんな役を演じても変わらないひとつの色をもっていることがあります。高倉健さんや、笠智衆さん、三船敏郎さんもそうです。だからこそ、またこの人をスクリーンで観たいと思うんです。揺れる部分をもつ俳優さんはバイプレイヤーに多いんですね。どちらかひとつを持っている俳優はいるのですが、菅田さんは、揺れながらも確固たる芯があり、一直線のようでいてここまで幅があるんだと驚くような柔らかさを併せ持っています。そんな俳優はなかなかいません。天性のものでしょうね。日本映画はすごい俳優を持ったと思いました」

『Cloud クラウド』


世間から忌み嫌われる“転売ヤー”として真面目に働く主人公・吉井。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒はネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレートしてゆく。誹謗中傷、フェイクニュース――悪意のスパイラルによって拡がった憎悪は、実体をもった不特定多数の集団へと姿を変え、暴走をはじめる。やがて彼らがはじめた“狩りゲーム”の標的となった吉井の「日常」は、急速に破壊されていく……。

監督・脚本/黒沢清
出演/菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝
公式サイト/https://cloud-movie.com/

9月27日(金)全国ロードショー

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Photos: Takao Iwasawa Hair & Makeup: AZUMA(M-rep by MONDO artist-group) Styling: KEITA IZUKA Interview & Text: Miho Matsuda Edit: Saki Tanaka

Profile

菅田将暉Masaki Suda 1993年、大阪府出身。2009年『仮面ライダーW』でデビュー。『共喰い』で第37回日本アカデミー賞新人俳優賞、『あゝ、荒野』で第41回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞などを受賞。同作により2017年度の映画賞を総なめし、若手実力派俳優として多方面で活動中。2017年から音楽活動を開始し、『第61回 日本レコード大賞』特別賞を受賞するなど音楽アーティストとしても大きな注目を集めている。2023年には映画「銀河鉄道の父」、スタジオジブリ最新作「君たちはどう生きるか」(声優)、映画「ミステリと言う勿れ」、2024年は映画「笑いのカイブツ」、『劇場版 君と世界が終わる日に FINAL』に出演。
黒沢清Kiyoshi Kurosawa 1955年7月19日生まれ、兵庫県出身。立教大学在学中に8mm映画を撮り始め、1983年に商業映画デビュー。1997年の「CURE/キュア」で世界的な注目を集め、2008年の「トウキョウソナタ」で第61回カンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞、2015年の「岸辺の旅」で第68回カンヌ国際映画祭ある視点部門の監督賞を受賞。「スパイの妻」では第77回ヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞(監督賞)に輝いた。

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