キム・ チャンフン監督インタビュー「ソン・ジュンギさんとの撮影では鳥肌が立ちました」
絶望的な日常を送る18歳の少年が、裏社会で生きる孤独な男と出会い、闇の世界に足を踏み入れる──。韓国ノワール映画の新たな傑作『このろくでもない世界で』が2024年7月26日(金)より日本公開される。
ソン・ジュンギが出演を熱望し、BIBI名義で歌手として活動するキム・ヒョンソが百想芸術大賞で新人演技賞(女性)を受賞したことも話題に。監督を務めたのは、本作で長編デビューを飾った新星キム・ チャンフン。これまでの歩みや、魅力的なキャラクターを演じた俳優たちとのエピソードについて訊いた。
映画のことしか考えられなかった
──映画を拝見しました。一言で表現することができない、いろいろな感情が湧き起こって、圧倒されました。
「ありがとうございます。観てくださる方が一つの感情だけでなく、さまざまなレイヤーを感じてほしいと思って作りました」
──幼い頃から映画監督になる夢だけを追い続けていたそうですが、きっかけは何だったのでしょうか。
「母が映画好きだったので、よく家で一緒に映画を観ていました。母とビデオを借りて観るのが好きで、それが日常になっていたんですね。幼稚園生の頃からそんな感じでした。それで数え年で8歳のときだったと思うのですが、母が恐竜映画を観ようと映画館に誘ってくれました。スクリーンの中で動き回る恐竜を目の当たりにして、衝撃を受けたんです。『私もこういう映画を作りたい』と、そのとき初めて思いました。その映画はスティーブン・スピルバーグ監督の『ジュラシック・パーク』だったのですが、母に聞いてみたんですね。『こういう映画を作るにはどうしたらいいのか』と。すると、母が『映画監督にならないとだめだよ』と言ったので、じゃあ映画監督になろうと、その頃から夢見てきました」
──その夢を諦めずにここまで続けることができたのはなぜでしょうか。
「私の夢は、もうずっと映画監督になるんだという一方向で、映画のことしか考えていませんでした。もちろん途中で苦労はしましたけれど、自然とこの世界に流れ着いてここまで来ました」
──その後、映画のことは学校で勉強されたのでしょうか。
「大学に入ってから映画を学んだのですが、実はその前から作品を撮ってはいました。高校生の頃から、一人でカメラを持って何かを撮ったり、周りの人たちと短編映画を撮り始めていたんですね。高校1年生のときには、休み中に映画を100本観ようと自分で課題を決めて、休みの間中ずっと観ていました。結果的には100本以上観ることになったのですが、一日に4本以上は観ていましたね。それから大学に入って映画学科に進学し、本格的に勉強することになりました」
──それだけ映画にまっしぐらだったんですね。子どもの頃からの夢を叶えられて、本当に尊敬します。
「ありがとうございます。すべての夢が叶ったわけではなくて、まだ始まったばかりですが(笑)」
──この映画の脚本は、モーテルでアルバイトをしているときに受付で書かれたそうですね。
「実は、当時借金もあったんですね。普通に生活しているだけでは生活ができないくらいでしたので、お金を稼ぐということをしなければいけない状況でした。それで、アルバイトをしながらシナリオなども書いていたのですが、同時に生活費を稼げる方法はないだろうかと考えて、落ち着いたのがモーテルという職場だったんです。モーテルの受付ならずっとそこにいればいいので、お客さんが来たときだけ接客をして、それ以外の時間は全部一人で使えるので。
そういう状況でも諦めなかったのは、とても単純な理由です。映画を作ること以外他にしたいことがなかったからです。とにかく映画を作るためにはどういう選択をしたらいいか、ということが考えの土台になっていました」
ソン・ジュンギには『何もしないでほしい』と伝えた
──作品についてお聞きします。犯罪組織のリーダー、チゴン役を演じたソン・ジュンギさんは、「脚本を読んでどんな人が執筆したのか気になった」とコメントされていました。実際にソン・ジュンギさんにお会いした印象は?
「ソン・ジュンギさんに初めてお会いする日の前日は、あまりの緊張で眠れませんでした。実際にお会いして感じたのは、ものすごいイケメンだということ。そして、作品と向き合う姿勢がとても真摯だなと思いました。それ以外には、本当にこのシナリオを愛してくれているんだ、そして深くこの作品について悩んでいてくださるんだ、そしてチゴンというキャラクターに本当に魅力を感じているんだという風に思いました」
──現場では、どのようなディレクションをされたのでしょうか。
「とにかくソン・ジュンギさんに何度も言ったのは、『何もしないでほしい』ということです。演技的に加えようとせずに、むしろ何かをそぎ落とすような感じで役作りをしてほしいという風にお伝えしたところ、ソン・ジュンギさんはそれをしっかりと受け止めてくれ、私たちに共有してくれたんですね。チゴンというキャラクターは、最小限の行動をし、必要最低限のことしか言わない人物だと理解し、演じてくださいました。最初に撮ったシーンがチゴンの登場シーンだったのですが、最初の撮影からチゴンになりきってくださって、鳥肌が立ったのを覚えています」
──主人公ヨンギュの義妹ハヤンを演じたキム・ヒョンソさんは、歌手の顔とはまったく違う、新しい一面を見せてくれました。彼女とのエピソードがありましたら教えてください。
「やはりヒョンソさんに関しても、撮影初日のことが一番記憶に残っています。私自身もまだ監督としては新人ですし、ヒョンソさんも演技をするのはほとんど初めてのことだったので、私も漠然とした不安があったんですね。それは、彼女自身を心配したというよりも、私が彼女からいい演技を引き出せなかったらどうしよう、という不安でした。それ以前に台本の読み合わせもしていましたし、きっとうまくできるだろうとは思っていたんですけれども、依然として撮影の直前までずっと不安が残っていたんですね。彼女自身も不安に思っていたかもしれないんですが、彼女が初めて登場する最初のシーンを撮ったときに、そういった不安は一気に解消されました」
──百想芸術大賞では新人演技賞(女性)に輝きました。
「そうです。本当に実践に強い俳優さんだなと思いましたし、演技を学んだことはないはずなのに見事な演技を見せてくれたので、彼女は天才だと思いました」
作品に深みを与える俳優の力量
──ヨンギュを演じたホン・サビンさんも新人とは思えないくらいの存在感でした。
「映画の中盤あたりで、ヨンギュが変化していく場面があるのですが、私が書いたシナリオでは大胆な行動に出たり、過激な行動をするという設定だったんです。ところが、ホン・サビンさんの解釈はそうではなかったようです。過激な変化ではなく、なんだか隠れるような、つまりチゴンにだんだん似ていくような変化だと彼は捉えていたようです。チゴンという人物は、覇気がなく日常の中でも死んだように生きているキャラクターです。それで、ホン・サビンさんがヨンギュを演じるときにも、そのような演技をしていたんですね。
その姿を見て感嘆しました。彼は本当に統制力のある、そして作品全体を見渡す感覚を持った素晴らしい俳優だなと思いました。経験が浅い俳優さんですと、どうしても一つのことだけを考えて演じることが多いんですが、ホン・サビンさんの場合は、映画全体を見渡して、じゃあ全体の中でどういう演技をしたらいいのかということをしっかりと把握していました」
──カンヌ国際映画祭にも招待されました。現地での反応はどうでしたか?
「上映後には多くの方が拍手を送ってくださったことを覚えています。国際映画祭は子供の頃から夢見ていた映画祭だったので、私にとってはまるで夢のような、本当に幸せな時間でしたね。
今思い出したのですが、ある映画祭に行ったとき、上映前に舞台挨拶をしたんです。一番前の座席に10代の少女がお母さんと一緒に観に来ていたんですね。その10代の少女の表情が『この映画なんか見たくない』というような、ちょっと不機嫌そうな顔をしていました。お母さんの方は輝くような明るい顔だったので、きっとこれはお母さんが観たいから娘を連れてきたんだろうなと思っていました。 2時間後に映画が終わってから会場に戻ったところ、その少女の表情が上映前とは正反対で、本当に明るくなっていたんですね。目がキラキラ輝いていて、私のところに近づいて来ると、『映画、本当に良かったです』とその国の言葉で話してくれました。
上映前と上映後のまったく違ったその少女の顔を見て、この映画が一人の観客にこのようにいい印象を与えたとしたら、きっとすべてのことが変われるかもしれないと、そんな気持ちになりました。そのときの記憶が本当に感動的でした」
『このろくでもない世界で』
継父のDVに怯える18歳のヨンギュ(ホン・サビン)は、義理の妹ハヤン(キム・ヒョンソ)を守るために暴力沙汰を起こして高校を停学になり、示談金を求められる。行き止まりの現実に苦しむ彼の夢は、いつの日か母とともにオランダへ移住することだった。バイト先をクビになったヨンギュは、地元の犯罪組織のリーダー、チゴン(ソン・ジュンギ)のもとを訪れる。
監督・脚本/キム・チャンフン
出演/ホン・サビン、ソン・ジュンギ、キム・ヒョンソ(BIBI)
7月26日(金)TOHO シネマズ シャンテほか全国公開
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配給/ハピネットファントム・スタジオ
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Interview & Text: Yukiko Shinto