アリ・アスター×伊賀大介 映画と衣装デザインのはなし | Numero TOKYO
Interview / Post

アリ・アスター×伊賀大介 映画と衣装デザインのはなし

世界中から称賛を浴びる映画界の鬼才、アリ・アスター監督が長編最新作『ボーはおそれている』の公開を控えて来日。スタイリングでさまざまな作品の世界観を支えてきた伊賀大介とともに、映画と衣装のこと、影響を受けてきた文化について語り合う。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年3月号掲載)

伊賀大介(以下I)「パジャマを着た主人公の映画はあまりなかったと思うのですが、10年にわたって本作を構想されていた時点から、パジャマ姿の男が母親に会いに行くという筋書きは決まっていたのでしょうか」

アリ・アスター(以下A)「パジャマ姿というのは必ずしも決めていたわけではないのですが、ボーがある地点からまた別の地点へと旅をしていくなかで、次々と服装が変わっていくというアイデアはもともとありました。一番初め、ボーはどこにでもあるようなダラっとした服を着ています。なぜなら、彼は注目を浴びたくない人間だからです」

I「子ども時代以外、基本的に無彩色の服を着ていますよね。ファーストシーンで、見ている僕らは一瞬で彼がどういう人生を生きてきたかわかる。主体的でなく、受動的に全てを受け取る人という印象が伝わってくるのが、衣装のすごく面白いところだなとあらためて思いました」

A「そうですね。それから、ボーは郊外のある家で面倒を見てもらう事態になり、その疑似家族にパジャマを着せられる。そして、カルト的な劇団と過ごすことになり、舞台の英雄の衣装を当てがわれる。でもサイズも全然合っていないし、徐々に汚れていってしまう。結局、ボーは英雄になれない人である、ということで衣装を決めていきました」

I「今後の仕事の参考にもしたいのですが、脚本ができた後に、衣装デザイナーやヘアメイクの方とはどのような話し合いをするんですか」

A「今回衣装を担当してくれたアリス・バビッジとは、自己主張が一切ないボーの性格や、全ての登場人物をどうやって表現するのか切りがないくらい話し合いました。ミラーハウス越しに見る現実世界のような距離感で、ここまでやってしまったら漫画になるという一歩手前はどこにあるのか。そこにどんなリアリティを持たせるのか。本作は奇想天外な世界の設定なので、リミッターを掛けなくてよかったんですね。だから、キャラクターを作っていく過程はすごく充実感がありました」

I「なるほど。過去作を振り返っても、監督の映画のルックって、プロダクションデザインも衣装デザインも全てコントロールされていて美しいですよね。いわゆるホラーというジャンルを超越したアートの領域というか。それは、ディテールまで話し合った上で生み出されたものなのだろうなとは感じていました」

A「ありがとうございます」

I「最後にボーが訪れる実家が、セットなのか実際にあるロケ地なのかも気になったのですが」

A「ロケ地で撮影しましたが、かなりいろいろ改築しています」

I「あれほど最後のシーンに向いている、アリの巣の断面を見られるような家って存在するんですね」

A「まさに素晴らしいセットだったと言えると思います」

文化中毒者の審美眼とは?

I「本作も、嫌なものも含めてきれいと思うもの、全てが詰まっている179分で、それが僕にとっては楽しかったのですが、その審美眼はどうやって養ったのでしょうか」

A「さまざまなカルチャーを消化するようにはしています。映画にしても文学にしても建築にしてもアートにしても音楽にしても、一種の中毒者なのかもしれません。そうやって、洗練された作品を見れば見るほど、自分の美的感覚が構築されていくというか。特に本作のテイストは、グラフィックノベル的な、あるいはアングラ漫画的なものを手がけているアーティストから引っ張ってきた部分が多いですね。例えば、ダニエル・クロウズやクリス・ウェアの作品の影響は受けていると思います」

I「23年に見て衝撃を受けたもう一作が、クリストバル・レオンとホアキン・コシーニャ監督のアニメーション『オオカミの家』だったんです。それを本作よりも先に見ていたので、彼らが手がけたアニメーション・パートが一層面白く感じられました。どのように制作を進めたんですか?」

A「僕が描き込んだストーリーボードに対し、彼らが描いてくれたアニメーションや絵画のスタイルを遠隔で注入していくような方法でした。僕らはモントリオールにいて、彼らはチリを離れられなかったので。僕がシーンのイラストを発注し、彼らから送ってもらった絵を実寸大に拡大し、それをカメラの前に置いて実写で撮影し、それを彼らがアニメ化して、という何層にも重なるプロセスを経てできたものです」

I「それは手が込んでますね」

A「試行錯誤とテストを重ね、きちんと話し合いながら作っていきました。撮影が終了してから1年間は、時には口論しながらあれこれ決めていかないといけなかったんです。彼らとしては、少し窮屈な作業だったかもしれないですね。自分たちで作っている人たちですから。とはいえ、きっと、本作を誇りには思ってくれているはずです(笑)」

I「アニメーションつながりで、日本のアニメ作品でお好きなものがもしあれば知りたいです」

Aアニメは大好きですが、まだまだ十分なリサーチができていないというのが正直なところで。ありきたりな答えになりますが、今敏監督、宮崎駿監督作品は好きです。

I「全部が終わらない悪夢という点で、本作は今敏監督の『パーフェクトブルー』っぽかったですね」

A「新海誠監督の『君の名は。』も見て、美しいなぁと思いました。伊賀さんのおすすめはありますか」

I「なんだろうな。湯浅政明監督の『マインド・ゲーム』ですかね」

A「『マインド・ゲーム』は、一番好きです! すごく刺激されましたし、傑作ですよね!」

描く世界を決定づける衣装

I「衣装は語らずとも全てを表してしまうものだと思っていますが、監督は洋服が持つパワーについてどのように考えていて、何を託しているかを最後に聞いてもいいですか」

A「衣装は登場人物にとってのユニフォームであり、そのキャラクターがどういう人物であるかを雄弁に語るツールだと考えています。役者が衣装を着た途端、役に入り込んでしまうような瞬間も、幾度となく見てきていますしね。衣装デザインとプロダクションデザインは密接に関わり合っていて、監督も含めた三者で協業して、一つの映画を構築していくわけですから。描く世界とキャラクターを定義づける、欠かせない要素だと思いますね」

『ボーはおそれている』

日常のささいなことでも不安になる怖がりのボー(ホアキン・フェニックス)はある日、さっきまで電話で話していた母(パティ・ルポーン)が突然怪死したことを知る。母の元へ駆けつけようとアパートの玄関を出ると、そこはもういつもの日常ではなく…。次々に奇妙な出来事が待ち受けるボーの帰省は、やがて壮大な物語へと変貌していく。

監督・脚本:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ネイサン・レイン、エイミー・ライアン、パーカー・ポージー、パティ・ルポーン
© 2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.
2024年2月16日(金)全国公開
https://happinet-phantom.com/beau/

Photo:Chikashi Suzuki Text:Tomoko Ogawa Edit:Chiho Inoue

Profile

アリ・アスターAri Aster 1986年生まれ、ニューヨーク出身。短編『The Strange Thing About the Johnsons(原題)』『Munchausen(原題)』などで注目を集めた後、2018年にA24製作の『ヘレディタリー/継承』で長編監督デビュー。20年に長編第2作『ミッドサマー』公開。24年2月16日に最新作『ボーはおそれている』が全国公開。
伊賀大介Daisuke Iga スタイリスト。1977年、東京都生まれ。ドラマや映画、舞台の衣装、アーティストやタレントのスタイリングを数多く手がける。スタイリングを手がけた近作に映画『PERFECT DAYS』(2023年/ヴィム・ヴェンダース監督/役所広司主演)など。Netflixシリーズ『幽☆遊☆白書』の衣装デザインも担当。

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