ケリー・ライカート監督インタビュー「物語が自分の中にあるような感覚になれたら最高」 | Numero TOKYO
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ケリー・ライカート監督インタビュー「物語が自分の中にあるような感覚になれたら最高」

1994年のデビュー後から“漂流するアメリカ”の姿を一貫したスタイルで鋭く描き続ける、ケリー・ライカート監督。彼女の物語は批評家のみならず世界の映画ファンの心をも強く掴んで確かな人気を獲得、現代アメリカ映画の最重要作家と評される。2020年の映画祭でお披露目されるやいなや、たちまち絶賛の声が上がり、第70回ベルリン国際映画祭金熊賞にノミネートされたほか、世界中の映画賞を席巻した『ファースト・カウ』(2019年)が日本で公開されるにあたり、ライカート監督に話を聞いた。

ケリー・ライカート監督   Photo:GODLIS
ケリー・ライカート監督   Photo:GODLIS

読んでいると映像が浮かんでくる原作

──小説家ジョナサン・レイモンドとは約15年にわたり、6作品でコラボレーションしています。『ファースト・カウ』の原作「The Half-Life」は、2006年に『オールド・ジョイ』でタッグを組む以前に、初めて読んだ彼の小説だったそうですね。

「40年にわたる2つの大陸を舞台にした物語でしたし、あまりにスケールが大きすぎて、一つのプロジェクトとして成立するまでが大変だったんです。でも私たちは、どうすればもっと小さな物語になるだろうかとずっと考えていました。あるときは現代だけ、あるときはエンディングだけを映画にすればいいんじゃないかなんて話もしましたし、私たちの会話の一部でしかない状態が長らく続きました」

──ジョナサン・レイモンドの文章のどんな部分に惹かれ、映画としてアダプトしたいと思ったのでしょうか。

「読んでいて映像が浮かんでくるんですよね。彼はカリフォルニア出身ですが、子どもの頃から人生の大半を過ごしてきたパシフィック・ノースウエスト(太平洋岸北西部)の感性を表現しています。ほとんどのアメリカ西部劇が東から西へ移動する人々の流れをテーマにしているのに対し、彼の興味はそれ以前、西から東のパシフィック・ノースウエストへ船で最初にやってきたのは誰か、そして次に来たのは誰なのかに向かっている。また、初期に狩猟目的でやってきた会社の政治にも焦点を当てています。私たちはそういう世界の小さな政治にとても興味があるんです」

──インタビュー記事で、レイモンドがあなたとのコラボレーションについて「最上級のゴシップのようなもの」と表現していたのが面白かったです。

「彼は友人なので、そういうところはあるかもしれないです(笑)。彼が言わんとしているのは、たぶん、自分たちの世界の一部を切り取って、人々をわかろうとしている、ということだと思います。誰に対しても好意的な見方をし、彼らがどこから来て何にぶつかっているのか、異なる個性が一緒になったときに何が起こるのかを理解しようとしている。知人だけに限らず、芸術家、政治家、それが誰であろうと、そういう人たちを受け入れる人として」

──『ファースト・カウ』もそうですし、ロマンスというよりは、小さなコミュニティにおける緩やかな友情を核とした物語が多い印象があるのですが、それはなぜなのでしょうか。

「確かにその傾向はあると思います。人間関係全般に言えることですが、自治会やご近所付き合いのような小さなコミュニティでは、誰かの犬の鳴き声がうるさいとか騒音トラブルとかそういう噂話になります。最新作『ショーイング・アップ』(2022年)も、カリフォルニアにいる友人が陶芸をするスペースについて文句を言っている愚痴から始まりました。誰が一番いい会場や窯を手に入れただの、誰が誰のアイデアを盗んだだの、そういう噂話が何かになる。とても些細なことなんだけれど、小さな話が物語につながっていくんです」

──ゴシップの一番いい昇華の仕方かもしれないですね。

「少なくとも、罪悪感は薄れますね(笑)」

「女性として」ということは考えないように

──あなたの作品を観ていると、例えば、男や女であることや権力者であることなど、映画や物語に与えられた偏見やステレオタイプを揺るがすような斜に構えた視線を一貫して感じます。

「伝統的なジェンダーの役割は、西部劇がどのような視点から描かれてきたかを見れば明らかです。通常、女性は背景的な存在であり、物語の中で終わりを迎えることもありません。『ミークス・カットオフ』(2010年)では、女性なり、インディアンなりのキャラクターがそれぞれが見つけることができる方法でパワーを働かせます。『ファースト・カウ』では、さまざまなものが通貨として使われていて、まだ何も確立されていなく、誰にでもチャンスはあるような状況ですが、権力のヒエラルキーが既にあることがわかります。裕福な白人の村長から始まり、先住民であるサンドウィッチ諸島(現ハワイ諸島)から来たインディアンの酋長、その妻たち、使用人たち、中国人移民のキング・ルー、そして、下層に位置する職業の料理人クッキーなど、人種、性別にまつわるさまざまな階層は、この土地で何かが建つ以前から、すでに形になっている。だからこそ、最も力のある人に声を与えるのではなく、投票権を持っていなかったり、物事を扱う立場にいない人の視点で権力の力学を変えたり、その力学がどこにあるかを見つめたりすることが面白いなと。果たして、彼らが自分の置かれた状況を変えることができるのか?と、問いかけているとも言えます」

──既存のジャンルに対して、「女性のまなざし」とメディアなどでしばしば評されていることには、どのように考えていますか?

「うーん、私というキャラクターについて、あまりそういうことは考えないようにしています。誰に関しても、動物でさえも、男だとか女だとかは、他の人に任せておけばいいというか。もちろん、男か女か、どんな人種であるかは、すべて物語の中で考慮されなければいけないことではありますが。例えば、『ファースト・カウ』を観た誰かが、『これはミルクを盗む話だ』と言ったとします。それは確かにそうで、罰せられるべき罪だけれど、一方で、ビーバーの毛皮の貿易会社は、ビーバーを絶滅させ、その土地を完全に枯渇させようとしているんですよね。そこにずっと暮らしてきた部族がどうなるかは言うまでもありません。もっと大規模で悪さをしている人たちがいても、物語の焦点は奪われたミルクにある。ジョンの原作で私が気に入ったのはその視点だと思います」

──西部劇では、特に女性の視点であることが新鮮なものとして強調されることはあるような気がします。

「西部劇には伝統がありますしね。ある意味、白人男性が最も大声で威張れるジャンルなので。だから、ジョーン・クロフォードやバーバラ・スタンウィックが、違う意味で権力のある女性たちを演じているんです」

教えることで、映画を分析。次回作への準備が整う

──観客として映画を観るときの楽しみをどのように感じていますか?

「全部が違うじゃないですか。どこかで夢中になって、心がさまようのはいいものです。昨晩、『幸福なラザロ』(2018年)を監督したアリーチェ・ロルヴァケルの新作『La Chimera』(2023年)を観ました。物事の行く末をコントロールしながらも自由にストーリーテリングをして、決して期待通りの展開には持っていかないんですよね。それでいて、イタリア的な伝統主義と形式主義が見事に融合して、とても彼女らしい、愛らしい作品になっている。アリーチェ・ロルヴァケルはイタリアにいて、同じようなテーマで映画を撮り続けていて、明らかに企業が環境を支配することを懸念しているけれど、顔には出すことなくただそこにいるという感じがする。眠る前に観た映画について考えて、目が覚めたら何か自分とつながるものが浮かんでいるような、共感できる世界をつくれることは一番だと思います。もし観ている人が、自分自身のためにその作品に乗っかって、物語が自分の中にあるような感覚になれたら最高ですよね」

──約30年間、コロンビア大学、ニューヨーク大学、バード大学などで教鞭をとっていらっしゃいますが、生徒に映画を教えるという行為は、何をもたらしてくれていますか。

「会話し続けるにはいい方法かなと。私は物事を分析するのがとても好きなんです。映画製作では常に何かを組み合わせたり、バラバラに分解したりを繰り返します。第一稿を書いたらそれを分解し、第二稿を書き、撮影監督に見せるためのイメージブックを作って、ロケハンに行き、状況が変わったらまた分解して再構築し、俳優が来てまた分解する。映画を教える際も同じで、シーンを見てバラバラにし、それを生徒が組み立てて撮影し、また元に戻し、彼らの作品を見て解剖する。そのプロセスが、私にはどこまでも魅力的なんです。そして、自分がよく知っている映画を新鮮な見方をしてくれる学生たちと一緒に観ることも楽しいし、何年もかけて観てきたものを20歳の人がどう観るのか、全く違う視点と出会うことができる。撮り終えた後は教室に戻るのが楽しみになりますし、1学期を教えると映画を撮りに行く準備ができた気分になる。とてもいいバランスですし、ありがたい環境ですね」

──最後に、第36回東京国際映画祭で初来日されていましたが、実際に日本に来てみて発見したこと、気になるトピックなどはありましたか?

「私はニューヨークに約30年住んでいたので、東京はとても整理整頓されていますし、見知らぬ私にそんなにも気前よく道を教えてくれるなんて信じられないと思いました。それと、街中で聞こえてくる鳥のさえずりにも驚きました。都会の中心にいるのに、森の中のような感覚になるというか。一番印象的に残っているのは、ちょうど日本にいたときに、アメリカで大きな銃撃事件があったんです。毎日、アメリカのいたるところで乱射事件が起きているので、10日間、銃のことを考えずにいられたことは、心の負担を軽くしたんですね。 アメリカという国がいかにコントロールできない国かを、離れたことでさらに実感しました。そして、アメリカのもう一つの大きな問題として、大半の人々が健康保険に加入していないということ、企業はチップに依存しているということがあります。だから、多くの人が被保険者でチップに頼らない場所にいるのはとても面白かったです。誰もがうまく仕事をしているように見えましたし、どんな仕事であってもそれを得意とする人がいるので、アメリカの個人主義に対して、共通善をより強く感じることができました。とはいえ、女性の映画監督になることに関して言うと、アメリカのほうが難しくないかもしれません(笑)」

『ファースト・カウ』

物語の舞台は1820年代、西部開拓時代のオレゴン。アメリカン・ドリームを求めて未開の地にやってきた料理人のクッキー(ジョン・マガロ)と、中国人移民のキング・ルー(オリオン・リー)。共に成功を夢見る2人は自然と意気投合し、やがてある大胆な計画を思いつく。それは、この地に初めてやってきた“富の象徴”である、たった一頭の牛からミルクを盗み、ドーナツで一攫千金を狙うという、甘い甘いビジネスだった──。

監督・脚本/ケリー・ライカート
脚本/ジョナサン・レイモンド
出演/ジョン・マガロ、オリオン・リー、トビー・ジョーンズ
12月22日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開
http://firstcow.jp/

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『ショーイング・アップ』

美術学校に勤める彫刻家のリジー(ミシェル・ウィリアムズ)は、間近に控えた個展に向け、地下のアトリエで日々作品の制作に取り組んでいる。創作に集中したいのにままならないリジーの姿を、大家兼隣人で気鋭のアーティストのジョー(ホン・チャウ)や学校の自由な生徒たちとの関係とともにコミカルに描いていく。

監督・脚本/ケリー・ライカート
脚本/ジョナサン・レイモンド
出演/ミシェル・ウィリアムズ、ホン・チャウ、ジャド・ハーシュ
「A24の知られざる映画たち presented by U-NEXT」
12月22日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷ほかにて4週間限定公開
2024年1月26日(金)よりU-NEXTにて独占配信
https://www.video.unext.jp/lp/a24-sirarezaru

Interview & Text:Tomoko Ogawa Edit:Sayaka Ito

Profile

ケリー・ライカート Kelly Reichardt 1964年アメリカ・フロリダ州出身。幼い頃から写真に興味を持ち、捜査官である父が犯罪現場を撮影するために使用していたカメラを使い始める。マサチューセッツ州ボストンにあるSchool of the Museum of Fine Artsに入学し、博士号を取得。その後、ニューヨークに移り、映画の美術を担当。ハル・ハートリー監督『アンビリーバブル・トゥルース』(1989)、トッド・ヘインズ監督『ポイズン』(1991)では美術のほか一部、出演もしている。1994年『リバー・オブ・グラス』で長編監督デビュー。デビュー作ながらサンダンス映画祭で絶賛され、インディペンデント・スピリット賞では監督賞はじめ4つの賞にノミネートされた。 その後に発表した長編映画『オールド・ジョイ』(2006)、『ウェンディ&ルーシー』(2008)、『ミークス・カットオフ』(2010)、『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』(2013)、『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016)は、いずれも世界中の映画祭や批評家の間で高い評価を受けており、最新作『ショーイング・アップ』(2022) は、第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品された。 Photo:GODLIS

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