坂口健太郎 & 齋藤飛鳥インタビュー「“わからない”という答えも正解の一つ」
『世界の中心で、愛をさけぶ』や『窮鼠はチーズの夢を見る』といった行定勲監督作品の脚本を手掛けた伊藤ちひろが監督・脚本・原案を担った『サイド バイ サイド 隣にいる人』。そこに存在しない“誰かの想い”が見える不思議な力を持つ青年・未山を演じたのは坂口健太郎。物語のカギを握る未山の元恋人・莉子役演じたのは、乃木坂46からの卒業発表後初の映画出演となる齋藤飛鳥。哀しみを纏い、無防備だがどこか近寄りがたい特異なオーラを放っている。今作が初共演となるふたりに聞いた。
現場で作り上げて行った、未山と莉子というキャラクター
──『サイド バイ サイド 隣にいる人』の脚本を読んだ時の印象を教えてください。
坂口健太郎(以下、坂口)「伊藤ちひろ監督とは『ナラタージュ』の脚本を担当されていたときから交流があって、映画の内容が決まる前から『坂口くん主演で映画を撮ってみたい』と言われたことがありました。それで、話しているときに『今の坂口君の言葉のチョイスはちょっとおもしろいかも』って言われたりして、監督のなかで未山像がかたまっていったんです。いざ準備稿を読んでみるとすごく不思議な作品で、捉えどころがないなと思いました。多くの作品ではセリフで登場人物の心情や状況を伝えますが、極力言語化することを省いていた。余白がすごく多いし、考えさせられる作品だなと思いました」
──未山像を作っていく作業はいかがでしたか?
坂口「脚本を読んである程度『未山ってこんな人かな』と考えた上で現場に行ったんですが、いざクランクインしてみたら監督に『未山は現在のパートナーである詩織さん(市川実日子)やその娘の美々(磯村アメリ)昔の恋人である莉子(齋藤飛鳥)といった相対する人によってどんどん変わっていってほしい』と言われたんです。それは未山像を作るうえでのヒントになりましたし、持って行ったものを一回捨てるきっかけにもなりました」
──齋藤さんは脚本を読んだときはどう思いましたか?
齋藤飛鳥(以下、齋藤)「自分なりに噛み砕いても、監督とお話しても掴みきれない感じがあったので、不安を感じたり、心配したりせずに、現場に行ってから全部作っていこうと思いました。ちょっと楽観的ですけど、現場で言われたことをやることに撤しようと思いましたね」
──坂口さんは齋藤さんが演じた莉子についてはどんな印象を持ちましたか?
坂口「詩織さんが映画の中の健やかで風通しの良い部分を担っているとしたら、莉子はもうちょっと暗いものを抱えていて、結構負荷のかかる部分を担わなきゃいけなかったと思うんです。そして、今回は監督が具体的な指示を出すというよりは、『心の中にイメージができてから動いてみてください』という演出方法だったので、まずそれを作るのが大変だろうなと思いました。セリフが多くなく、表情や一瞬の間や動きで表現するというすごく難易度の高いことを求められたんじゃないかなと思います。もちろん飛鳥ちゃんと莉子は別人ですけど、莉子に見えてはっとさせられるときがありました。ちょっと特殊なキャラクターだからこそ、『こうやるんだ』っていうのがあり過ぎてもくどくなってしまう。元々ご本人が持ってるものに演出や共演者のお芝居が加わったうえで、リアルな莉子が垣間見えました。例えば、喫茶店でふたりで黙って向き合うシーンがあって、『これはどういうことなんだろう?』って思うような不思議なシーンなんですが、そこでただ俯いてる莉子から感じ取る暗さがありました。その暗さは飛鳥ちゃんが持っているものとはまた別なんだろうけど、レンズを通してしっかりと感じ取れたので、素敵な女優さんだなと思いましたね」
齋藤「そんな風に見ていただいてたんですね。私は『どうやったらお芝居が上手に見えるか』とか、『どうやったら莉子が乗り移っているように見えるか』と思っても、多くの作品に出て経験を積んでいるわけでもないので、何も手札がない状態。それでもやらなきゃいけないと思って臨みました。だから、良いように受け取ってくださった気がします(笑)」
坂口「(笑)。莉子は映画のストーリー的にも気になる存在だし、飛鳥ちゃん自身も気になる魅力を持っている方だから、莉子という役にフィットしていたんじゃないかなと思います」
第一印象は、いい意味でイメージを裏切られた!?
──おふたりは今回初共演ですが、お互いどんな印象を持っていましたか?
坂口「落ち着いたクールな方なのかなという印象がありました。でもいざ話してみると、落ち着いているけど明るい。ツボに入るとすごく笑ったりするので、結構印象が変わりましたね」
齋藤「私は坂口さんに対して繊細で静かなイメージがあったのと、すごく器用な方なんじゃないかと思っていました。でも実際はよく喋るしよく食べるし、常に笑っているような方。現場を盛り上げたり、引っ張ったりしている姿を見て『意外だな』と思いました」
坂口「俺と実日子さんはちょっと喋り過ぎだったよね?(笑)」
齋藤「それは思います(笑)。今日みたいな取材のときは率先して喋ってくれるのですごくありがたいんですけど」
坂口「喋り過ぎだったなと反省しました(笑)」
齋藤「でも、おかげで現場がパッと明るくなったと思います」
──伊藤監督は坂口さんの圧倒的な透明感に魅了されて生まれた作品だとコメントされています。
坂口「そう言っていただけるんですけど、実際の僕は透明感とは真逆の生活ぶりなんです。飛鳥ちゃんも今言ってくれたけど、繊細ともよく言われるんですが……」
齋藤「真逆ですよね」
坂口「そうだよね? 大雑把だしズボラだし、ガハガハしてる感じ。でも、未山は綺麗でしたね(笑)。骨格とかのディティールが、他に類を見ない透明感がありました」
齋藤「あははは」
坂口「監督が実際の僕を広げて未山像を作ってくれて、もちろん未山=僕だとは思っていないですけど、『こういうニュアンスを感じていたんだな』『こう見られているんだな』っていうのは自分にとっても発見でしたし、不思議な感覚を覚えました」
齋藤「坂口さんは実際お会いすると、繊細なイメージとはギャップがありましたね。今おっしゃっていたようにガハガハ系でもあるんですが、ずっと柔らかい。それは未山ではなく坂口さん自身の魅力なんだろうし、そういうところに惹かれる人が多いのはよくわかります。だから、未山は坂口さんじゃなければいけなかったんだと思いますし、坂口さんだから成立したんだと思います」
──完成した映画を観てどう思いましたか?
坂口「不思議でした。今こうやって未山のことをいろいろと話しても、『なんで未山はああいうチョイスをしたんだろう?』とか『あのときの未山の感情は何だったんだろう?』と100%腑に落ちてない自分がいるんです。余白が多分に作られている作品なので、観るタイミングによって捉え方も違ってくると思います。感想のパターンがたくさんあるというのは、ある種の豊かさだとも思いますね」
齋藤「セリフがそもそも少ないですし、わかるようでわからない、すごく曖昧な魅力があると思います。だから、何も考えずに観て、ぼんやりと頭に情景が残るような作品になったらいいのかなと思いました」
──余白が多く、受け手側に委ねるような役柄は演じやすいですか? それとも難しいですか?
坂口「演じやすいかどうかで言うと大変でした。監督の頭の中を読み解いて咀嚼した上で、それを表現してみるという作業は、他の現場よりもアンテナをずっと張り巡らせていないといけないんです。今は割とはっきりとしたストーリーがあって答えを導きやすい作品が多くて、そういう作品の良さももちろんありますが、この作品は『わからなかった』という答えも正解だと思う。この作品をはっきりと理解して演じていたら、ここまでの透明感や不明瞭さは生まれなかったと思います。戸惑いながら演じたことが実は良かったのかなとも思います。飛鳥ちゃんは監督に『時が止まっているように見せてほしい』と言われてましたが、作品の中でも時は動いているわけなので、すごく難しいですよね。僕も『存在だけしてほしい』と言われたんですけど、『わかりました』と言いながらも、『どういうことなんだろう?』と思って演じていました。その探っている感じが作品の味付けになったんじゃないでしょうか」
齋藤「私もすごく難しかったです。莉子ちゃんは何を考えてどう生きてきた人なのか全くわからなかった。でも、坂口さんがおっしゃっていたように、それ以上わかろうとしなかったんです。現場でもキャストの皆さんもスタッフの皆さんも何かをずっと探り続けていて、『この画が正解だよね』っていう結論を出すのではなく、窓を入れるか入れないかひとつ取っても、細やかに考えながら丁寧に作られていました。そういう現場に私がいられたということが経験値として充分だったんじゃないかって思います。端から私がこの作品に対して何か色を付けたり、味をつけたりすることはできないと思っていたので、現場で坂口さんや実日子さんのお芝居を見て、それに対してどう向き合おうか考えながら動けたのが良い経験ですね」
心の壁は作るタイプ? 人との距離の取り方
──『サイド バイ サイド 隣にいる人』というタイトルには「距離の取り方を意識する時代において、これまでの人生で誰が隣にいたか、誰に隣にいてほしいか」ということを意識するという想いが込められているそうですが、作品を通じてそういうことは意識されましたか?
坂口「少し話はずれてしまうかもしれないんですが、僕は人との距離感の取り方がうまいタイプなんですよ(笑)」
齋藤「確かに上手そうです(笑)」
坂口「それに、愛情や幸せな感情の自己発電能力がすごく高いと言われます。時々はピリピリすることもありますが」
齋藤「私はめちゃくちゃ下手だと思います。最初はとりあえず分厚い壁を作るっていうことが自分の中で決まっちゃってますね」
坂口「今、その壁はどうなんでしょう?(笑)」
齋藤「今は半分ぐらいにはなってます(笑)。坂口さんはやっぱりすごく柔らかい雰囲気を作っていただけるので……あと、これは実日子さんにも言えることなんですが、おふたりともすごくカラッとしてるので、『こう思われるかな?』とか『こう思われたいな』っていう風に考えて行動する必要がない方たちというか。最初はいつものように分厚い壁を作っていたんですが、しばらくしたら『なんでもいいか』と思えるようになりました」
坂口「それはもしかしたら俺が『どう思われてもいいか』って思ってるからなのかもしれない」
齋藤「ああ、そうなのかもしれないです」
坂口「ちなみに、壁の質は何で厚みはどれくらいあるの?」
齋藤「質は鉄で、厚みはこの部屋ぐらいです」(※80㎡程度の部屋でした)
坂口「結構な壁なんだね(笑)。それが半分になったということは俺は割と頑張ったんだね」
齋藤「さっき私のことを『明るい』と言ってくれましたけど、それって10年私のことを応援してくれたり、10年一緒にいるメンバーが言うようなことなんです。ひとつの作品で共演した距離感の方からはそんなことをあまり言われたことがないんですよね」
坂口「え、でも明るくない? めっちゃ笑うし」
齋藤「あははは。でも付き合いが短い方からはあまり言われないんですよね」
──では、『サイド バイ サイド 隣にいる人』というタイトルにかけて、すぐそばにないと困るものというと?
齋藤「私はコーヒーです。ないと困りますね。でも、坂口さんも結構飲んでましたよね?」
坂口「俺もコーヒー大好き。だから俺もコーヒーかな。バリスタの資格を持ってるって言ったっけ?」
齋藤「あ、言ってました」
坂口「そうなんです。小自慢を挟ませてもらいました(笑)」
齋藤「あははは。私、さっきからすごく気になっていたんですが、(坂口の手元に置かれたタンブラーを見て)そのタンブラー、私がずっと使ってるものと一緒なんですよ」
坂口「そうそう。これ飛鳥ちゃんが『サイド バイ サイド 隣にいる人』の現場で使ってたのと一緒だよ」
齋藤「あ、わかってたんですね?」
坂口「そうだよ。現場でこれを飛鳥ちゃんが使ってて『これいいね』って話したあとに、ドラマの撮影現場に行ったら、いつも良くしてくださってるスタッフさんが『坂口くん、コーヒー毎日飲んでるから』っていって誕生日プレゼントとしてくれたんだよね。『飛鳥ちゃんが使ってたやつだ!』って思って。すごく使い心地が良いからずっと使ってる」
齋藤「そうだったんですね! いろんな人にお薦めしてるのに誰も使ってくれてなくて(笑)。初めて私以外に使ってる人を見ました。すごい偶然」
──次に、未山の不思議な能力にちなんで、「目に見えないものを信じますか?」という質問をしようかと思っていたんですが、その兆しが見えました (笑)。
齋藤「確かに(笑)」
坂口「……信じます!(笑)」
齋藤「あははは。たまたまですよ」
坂口「ほら、やっぱりめっちゃ笑う人なんですよ。飛鳥ちゃんは実日子さんと俺がカラッとしてるって言ってたけど、例えばさっきの『現場に飛び込んでみようと思った』っていう話はどこかリンクする気がしていて。最初は壁はあるにせよ、『もういいや』と思って飛び込める力強さを持っているというか」
齋藤「ああ、そうかもしれないですね」
サイド バイ サイド 隣にいる人
そこに存在しない“誰かの想い”が見える青年・未山(坂口健太郎)。その不思議な力で周りの人々を癒し、恋人で看護師の詩織(市川実日子)とその娘・美々(磯村アメリ)と静かに暮らしていた。 そんな未山はある日、これまで体感したものとは異質の強い想いを感じ始める。それは、高校時代の後輩で、遠く離れた東京で活躍する草鹿(浅香航大)のものだった。その真意を確かめるため草鹿と対面を果たすが、草鹿から明かされたのは、過去に未山と恋人・莉子(齋藤飛鳥)が遭遇した事件の顛末だった…。
監督・脚本・原案/伊藤ちひろ
出演/坂口健太郎、齋藤飛鳥、市川実日子、浅香航大 ほか
配給/ハピネットファントム・スタジオ
©2023『サイド バイ サイド』製作委員会
4月14日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。
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Photos: Takao Iwasawa Interview & Text: Kaori Komatsu Edit: Yukiko Shinto, Naomi Sakai