脚本家の生方美久にインタビュー「ドラマ『silent』に 込めた“言葉”への想い」 | Numero TOKYO
Interview / Post

脚本家の生方美久にインタビュー「ドラマ『silent』に 込めた“言葉”への想い」

度々Twitterで世界のトレンド1位を獲得するなど、大ヒットを巻き起こしたドラマ『silent』。登場人物の心情を繊細に描き出した脚本にも大きな注目が集まった。本作のテーマでもある「言葉」について、紡ぎ手である脚本家の生方美久に聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年3月号掲載)

──『silent』のシナリオブック刊行おめでとうございます。まずドラマを通して生方さんが伝えたかった主題からお伺いしたいです。

「大きなテーマは“想い”と“言葉”がどうつながっていくのかということ。特に、言葉は万能ではないというところを描こうとしました。言葉が通じたら気持ちも伝わるかというと、全部伝わるわけではない。言葉に対して私はそういうネガティブな気持ちもあったんです。でも、わかり合うための努力として、言葉は大事ということをあらためて伝えたかったところが大きいですね」

──「一緒にいたいと思う人と一緒にいるために言葉があるんだと思う」という台詞もありました。これは生方さんの考えと同じですか。

「そうです。人それぞれ違う考え方があって、生き方も違う。わかり合えずに間違っていると相手を否定したくなったり、かわいそうに思ったりすることは仕方がないことだという前提の上で、それでも自分の大事な人であれば理解し合うために言葉を使っていきたいという思いです」


──その結論は最初から考えていたことなのでしょうか。

「最初はもう少しポジティブに、言葉があればわかり合えるという普遍的なものをイメージしていました。しかし手話やろう文化を学んでいくうちに、きれい事にしてはいけないという気持ちのほうが大きくなりました。それは聴者同士のコミュニケーションであっても同じですよね」

──登場人物もそれぞれコミュニケーション能力に差がありましたね。

「主人公の紬は何でも思い込んでしまうタイプで、その恋人の湊斗は受け取るのが上手で察しすぎる、元恋人の想は伝えなさすぎる。いろんな人がいるのだから、コミュニケーションの齟齬が起こるのは当然ですよね」

──今作は台詞に対する評価が高かったですが、会話を際立たせる意識はありましたか。

「私は脚本において会話を書くのが一番好きで、台詞にもこだわっていたのでそこに注目していただけたのはうれしかったです」

──ドラマの登場人物を通してこれを言わせられてよかったと思う台詞はありますか?

「絶対に入れたいと思っていたのは、紬の『少ないって、いるってこと』という台詞です。想は18歳で難聴になり、中途失聴者となります。そういう場合、耳が聴こえなくても声を出す人は圧倒的に多いですが、想はそうではなかった。そのことに対して批判もありましたが、でも、多くなくても存在するんですよね、実際にそういう方は」

──マジョリティ中心の社会では、無意識のうちにいろいろな人や物を排除している可能性がありますね。

「そうですね、これはろう者や中途失聴者に限らず、あらゆる属性の人においてもいえることだと思います」

──ほかに気に入っている言葉は?

「最終回で出した『おすそ分け』です。もともとは品物の一部を下位の者に分配することを意味する言葉ですが、今は上下関係なく使われていていいなぁと思います。あとは好きな言葉というわけではないですが、10話で想の友達の奈々が湊斗ににんまりした顔をして「バーカ」と口パクするシーン。相手を侮辱する、普段は使用をためらうような言葉も、お互いに信頼関係や親密さがあればコミュニケーション手段として成立する、というのはあえてやってみたかったことです」

SNSの発達で感じる言葉の危うさや怖さ

──他者とわかり合う以外に、どういう場面で言葉の力を感じますか。

「SNSの発信もそうですが、自分の意思表示の際ですね。ただこれは相手がどう受け取るかがわからないので、怖いと感じることも多いです。言葉の力というより、むしろ危うさのほうが大きいかもしれません」

──特に日本語は他の言語に比べてハイコンテクスト文化なので、情報伝達の難しさを感じます。

「伝える努力も大切なのですが、受け取る側も努力が必要だと思います。テレビもそうですが、SNSなど発信媒体が多くなった影響もあり、受け取る側が個人の発言を都合のいいように受け取り、それを自己解釈してしまうケースも増えてきました。個人的に楽しむために自由に解釈することは別に悪いことではないですが、相手の真意などを深く考えることなく、それが安易に行われてすぎていることも多いと感じます」


──それにSNSという空間は議論や討論の場になりがちで、対話が難しいですよね。相手の表情もわからないので。『silent』を見ていたら、手話言語は表情を含めたコミュニケーションだからこそ、人物の感情がより伝わってくると感じました。

「わかります。私も実際に手話教室に通って学んだ際に感じました」

──言葉は今作のテーマでもありますが、生方さん自身も言葉を大切にされている印象を受けます。これまでどういう場面で、ご自身は言葉に影響を受けてきましたか。

「映画やドラマ、音楽などのカルチャーです。映像作品であれば台詞に、音楽であれば歌詞にこだわって聴くことが多いです」

──活字の本などが挙がらないのが意外でした。

「読書家ではありませんが、辞書などでいろんな意味や語源を調べるのは好きですね。家にいるときにパラパラと開くこともよくあるので、広辞苑は手元に置いています」

──言葉を扱う上で今後、脚本以外に挑戦したいことはありますか?
「私的なエッセイを書いてみたいです。私自身、不意に雑誌などで個人の考えに触れる機会が好きなので」

『silent シナリオブック 完全版』
著者/生方美久
価格/¥1,650(税込)
発行/扶桑社

Photo:Ayako Masunaga Interview & Text:Daisuke Watanuki Edit:Mariko Kimbara

Profile

生方美久Miku Ubukata 脚本家。1993年、群馬県生まれ。看護 師を経て現在は執筆に専念。2021年に『踊り場にて』で第33回フジテレビヤングシナリオ大賞、『グレー』で第47回城戸賞準入賞など数々の賞を受賞。22年10月期のドラマ『silent』(フジテレビ系)で初めて連続ドラマの脚本を手がけた。放送されなかったシーンも含めすべての脚本を収録した『silent シナリオブック完全版』(扶桑社)が発売中。

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