ヴァルディミール・ヨハンソン監督インタビュー「正直に自分のためにつくり、やりたいことをやる」
『ミレニアム』シリーズで知られるノオミ・ラパスが主演、製作総指揮を務め、カンヌ国際映画祭で上映されるやいなや観客を騒然とさせた衝撃の話題作『LAMB/ラム』。ある日、アイスランドで暮らす羊飼いの夫婦が羊の出産に立ち会うと、羊ではない“何か”の誕生を目撃する。2人はその存在をアダと名付け育て始めるが──。本作が長編デビューとなる北欧の新たな才能ヴァルディミール・ヨハンソン監督に話を聞いた。
A24が拡張するホラー映画というジャンル
──『LAMB/ラム』は、喪失、癒やし、親でいること、自然と人間の関係といった古典的かつ普遍的なテーマの作品であるにも関わらず、味わったことのない映画体験を与えてくれるものでした。その体験は、意図的に構築されたのでしょうか?
「私たちは自分たちが観たかった、観ていなかったと感じる映画をつくりたかったんです。そして、観客が作品の一員になることを可能にしたかった。つまり、観客が自分たちで考え、時には答えを見つける必要があるということです。私たちは、あまり明白であってはいけないし、すべてを語ってもいけないと考えていました。物語を説明するのではなく、ビジュアルで見せようとしたため、セリフもほとんどありません。観客は、動物の行動から感情を想像するように、役者の身振り手振り、表情から答えを読み取ることになる。その答えも、誰もが同じように受け取るものではなく、それぞれがまったく違う方法で読み解けるように提示したかったんです」
──この映画は“ホラー映画”として売り出されていますが、個人的に、ホラー映画感はあまり感じなかったんです。自然、人間、どちらの側から見るのかでホラーにもドラマにもなるなとは思いましたが。
「実は、僕もホラー映画だとは思ってないんです。ホラー好きな人がホラー映画を観に行こうとして、映画館に来てこれを観たら、がっかりするんじゃないかと思うくらい。なぜなら、ただの家族ドラマなので。超現実的で神秘的な要素が一つある、とても古典的な物語だと自分は捉えています」
──「ホラー映画ではないんだけどな……」とは、宣伝チームに相談しなかったんですか?(笑)
「いやいや、しませんでした(笑)。彼らのほうが配給宣伝の特性や、どうセールスすべきかを熟知してると思いますし、お任せしました。でも正直なところ、この映画の軸になる要素がホラーとなったことには驚きました」
──そうなんですね。個人的にはホラーという感覚ではなかったからこそ、本作の北米配給権を担当しているA24は、本当にホラーというジャンルの定義を拡張しているなと思いました。
「そう思います。まぁ、観る人次第ですもんね。カタログに載っている映画の多くは、ホラーというスタンプが貼られていても、100%そうとは限らなくて、20%かもしれない」
自分のルーツに戻ったノオミ・ラパス
──構想8年で完成したという本作ですが、かなり時間をかけられてますよね。
「なぜかというと、私たちはそこまで急いでなかったので(笑)」
──急いでなかったのは、美術、特殊効果、技術部門で参加されているお仕事で忙しくされていたからなのでしょうか。
「そうですね。ほかの仕事もしていましたし、最初は趣味のようなものだったんです。一人でムードボードとグラフィックノベルをつくっていたところから、2010年にプロデューサーが作家のショーンを紹介してくれたんです。そこから、週に一度のペースでミーティングするようになりました。そこからゆっくり、3年ほどかけてストーリーラインができていきました。真剣に取り組むようになってからは、もっと時間をかけるようになりましたけどね」
──最初は、趣味だったんですね。
「まあでも、今は、監督業でちゃんと生きていきたいと思ってます(笑)」
──主人公のマリアは、生きるうえでのタフさ、強さを美しく表しているキャラクターだと思いましたが、マリア役として最初に浮かんだ人物が、ノオミ・ラパスさんだったのでしょうか?
「そうです。彼女は完璧だと思いました。5歳からアイスランドで育っている彼女が、アイスランド語を話せることも知っていましたし。ただ、大スターなので、そう簡単には参加してもらえないだろうと思ってて(笑)。でも、脚本を読んで、ムードも理解したうえで、作品をとても気に入ってくれて参加してくれたんです」
──マリア役として彼女に最も惹かれた理由は?
「みなさんご存じだと思いますが、彼女はとても強くてパワフルでありながら、柔らかくて優しい側面もあるじゃないですか。マリアはまさにそのような多面性を持つキャラクターだったんです。彼女を見て冷たい人だと感じる人もいるかもれないけれど、一度理解すれば、ただ悲しみのために自分を守っているだけで、実は苦しんでいることを見抜くことができるような。何があったんだろう?と思わせるようなところですかね」
──素晴らしい俳優だなと毎回思わされるのですが、今回はまたぴったりの役でしたね。
「どういうわけか、本作で彼女は自分のルーツに戻ったんだと思いますね。アイスランドの牧場で育って、アイスランドが本当に好きで、引っ越したくなかったんだそうです。だから、彼女が本当にやりたかったことなんだと映画から感じられたのだと思います」
アイスランドの自然の中で育って
──ヨハンソン監督が、オフィシャルのインタビューで、「自然は目に見えるものだけじゃなく、感じられるものだ」とおっしゃっていたのが印象的でした。
「そう思っています。最後にはわかってくることもあるかもしれないけれど、私たちには答えられないことがたくさんありますよね。自然界で何が起こっているのかは説明できない。でも、明らかに私たちは自然に近いところにいて、自然はこんなにも美しいけれど、残酷で厳しいものにもなり得る。コントロールできないんです。それなのに、人間はすべてをコントロールできると思ってしまう傲慢さがある。まさに、自然を敵に回しているわけです。私たちはもう少し、自然を尊重すべきかなと」
──そういった思想は、小さい頃、羊牧場を営んでいたというおばあさん、おじいさんの元で過ごした体験から来ているのでしょうか。
「そうですね。みんなが知り合いのような小さな村で育って、そこから15分くらいのところに、祖父母の家があったんです。そこで牧場仕事を手伝いながら多くの夏を過ごして、牧場の人たちのあり方、生き方を見ました。そこでの生活は、ちょっと夢を見ているような感覚があったんですよね。誰か一人は夜中も起きていなきゃいけなくて、とても疲れていましたし、白夜なので、夜中に目を覚ましても、外は常に明るくて。それでも普通に、時間通りに起きて、寝て。そのサイクルの一部になっているということが神秘的で、何もかもが新しく感じた。その記憶を思い出しながら生きてきたような気がします」
自分の道はそれぞれ違ったやり方で見つける
──2013年から15年にかけてヨハンソン監督は、サラエヴォ科学技術大学で開講された、タル・ベーラ監督による映画制作の博士課程、FILM FACTORYに在籍されていますが、彼から学んだ最も重要なことはなんだと思いますか?
「たくさんありますが、ベーラがいつも言っていたのは、自分自身にただ正直であれ、自分の心が望むことをすべきだということでした。誰かに変だとか違うとか言われても、正直に自分のためにつくり、やりたいことをやる。それが私が得た学びですかね」
──エンドクレジットに、同じくFILM FACTORYで学ばれた小田香さんの名前がありましたね。
「彼女にはいろいろ助けてもらいました。素晴らしい監督だと思いますし、彼女の作品を高く評価しています」
──FILM FACTORYは、映画をつくる技術を教わるというよりも、映画を観て飲みに行ったり、一緒に料理をしてごはんを食べたりしながら、映画関係者の人生について知る場所だったそうですね。
「なんというか、私にはすごくそれが正しい方法のように感じたんですよね。彼があの学校に連れてきてくれた映画関係者、例えば、カルロス・レイガダス、ティルダ・スウィントン、アピチャッポン・ウィーラセタクンといった人たちの映画に対する思いを聞くことができた。ただハウツーを教えるのではなく、どんな方法で、どんな思いで映画をつくったのかを話してくれる人たちと出会えたというのが、すごく大事というか。それぞれ違ったやり方で、自分の道を見つけている人は素晴らしいなと思ったからこそ、自分の場合はどんなやり方があるだろう?と考えることができたんだと思います」
『LAMB/ラム』
アイスランドの山間に暮らす、羊飼いの夫婦インヴァル(ヒナミル・スナイル・グブズナソン)とマリア(ノオミ・ラパス)。ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない“何か”が産まれてくる。子どもを亡くしていた夫婦はその存在をアダと名付けて育て始める。アダとの生活は夫婦に大きな幸せなをもたらすが、やがて二人を破滅へと導いていく……。
監督/ヴァルディミール・ヨハンソン
脚本/ショーン、ヴァルディミール・ヨハンソン
出演/ノオミ・ラパス、ヒナミル・スナイル・グブズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン、イングバール・E・シーグルズソン
新宿ピカデリーほか全国公開中
https://klockworx-v.com/lamb/
©︎ 2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON
配給/クロックワークス
Interview & Text:Tomoko Ogawa Edit:Sayaka Ito