カン・ドンウォン インタビュー「演技でいちばん大切にしているのは、想像力とリズム」
是枝裕和監督が韓国の俳優、韓国のスタッフで作り上げた『ベイビー・ブローカー』が公開になった。是枝監督はこれまで様々な作品で家族を描いてきた。赤ちゃんポストに捨てられた赤ん坊とその母親ソヨン(イ・ジウン)、そしてその赤ん坊を売ろうとするベイビー・ブローカーのふたりの男をめぐるロードムービーでもある『ベイビー・ブローカー』もまた、是枝映画で描かれる家族が家族に「なる」物語を描いている。
カン・ドンウォンは、ベイビー・ブローカーのひとりで、自身も捨て子であり赤ちゃんポストのある施設で働くドンスを演じている。自分と同じ境遇の赤ん坊に自分を、ソヨンに自分を捨てた母親を重ねながら、変化していく心情と関係を見事に演じたカン・ドンウォンに聞いた是枝作品と演じることの根拠のあり方。
是枝監督は聞いていたとおり、優しい人だった
──是枝裕和監督作品への出演は初めてでしたが、是枝作品への印象、イメージはどんなものでしたか?
「是枝さんの映画は温かさの中にとても鋭い目線があって、それが話を紡いでいくことが特徴的だと思います。今回ご一緒して感じたのもまさにそのことでした。是枝さんは、韓国にお知り合いが多くて、周囲の人から是枝さんはとても優しい人だと聞いていました。お会いして実際にそのとおり優しい方でしたね」
──是枝監督は家族をモチーフに映画を撮ってきましたが、是枝作品の家族像についてどうご覧になっていましたか?
「みなさん思うことだとは思うのですが、不完全な家族、それがひとつの家族になっていく、なっている。『ベイビー・ブローカー』も同じで、ひとつの家族としての形式に当てはまらない人たちが家族をなしていく。韓国ではそうしたことを題材にした映画がなかったので、そこにはとても興味を惹かれました」
──今回演じたドンスという人間は、過去に捨て子としての経験を持ちながらも捨てられた赤ちゃんを売ろうとします。絶望や失望、諦めのようなものを持ちながら、物語が進むにつれて、そこに希望が混ざり合っていくキャラクターでした。ドンスというキャラクターをどう作っていったのでしょうか。ご自身でつくった部分、是枝さんとのやりとりで生まれた部分はいかがでしょうか。
「監督と一緒に作った部分という意味では、そもそも監督が書かれた台本を読み込むことがそれに当たると思います。感情的な部分が台本には多く書かれていなかったので、自分でキャラクターを作ったときは、赤ちゃんポストの当事者や関係者などに会ってインタビューをし、そこで感じたこと、考えたことを演技に込めるようにしました。自分がインタビューした内容については監督に話しましたね。
例えば、台本に指示がなかったことのひとつとして、ドンスを暗くて憂鬱なキャラクターとして演じたくなかったんです。それは話を聞いた施設出身の彼らが人生に希望を持って生きていこうとしていたから。彼らへの同情を誘うような演技はしたくなかった」
──役作りのためのインタビューという手法は普段から?
「どの作品でもやっています」
──演技をする上で、頭のなかの想像だけでなく、実際に社会でどんなことが起きているのか、人がどう生きているのかを知ることが大事、必要であるということでしょうか。
「まず台本を読んでからそうした方々に会うので、プロセスの第一段階としては自分だけの想像、イメージがあります。その後、自分が台本だけで作ったキャラクターに、深みを与えるために取材をして話を伺っています。最初の想像から変わることもあれば、大きく変わらないこともあります。演技をする人それぞれ、何をいちばん大事とするかは変わりますが、ある方は真心が大事だと言っていました。僕は想像力とリズムが演技にとっていちばん大事だと思っているんです」
──リズムというのは作品全体のリズムですか? 自分の演技のリズムですか?
「ベテランの監督は作品全体のリズムまでしっかり演出される方が多い。いっぽうで、新人監督の作品だと私が演じるリズムによって映画全体を引っ張っていくことが多いので、映画全体を見ながらリズムを決めていきます」
赤ちゃんを抱っこするのは得意
──是枝さんはかつてジュリエット・ビノシュとの対談の中で、映画にとって大事なのは「(登場人物が)映画が終わったあともそこで暮らし、もちろん映画が始まる前もそこで話したり、笑ったり、泣いたりしていたんだろうという『世界』」を立ち上がらせることだと話していました。そのことを実際に演じた俳優としてどう感じられましたか?
「監督からその話をされたことはないですね。でも、演技をする人も、観客が映画を観たあとに、登場人物の前後の人生が気になるようにという思いを込めて演技をするのは監督と同じだと思います」
──今回の台本は3分の2までの決定稿が渡され、後半は撮影が進行してから決まったそうですね。
「クランクインするとき、これを最終稿とするという結末まで書かれたものがありました。でも、注釈としてこれは変わることがあるとも書かれていました。他の出演者がどうだったかわかりませんが、私は最初のプロデュースの部分にも参加していたので何度も修正稿を見てきました。実際いろんなバージョンのエンディングがあったのを覚えていますが、出来上がった作品の結末も、いくつかあったエンディング案のなかにあったと記憶しています」
──今回の撮影は、映画の進行どおり順撮りで撮影していったそうですが、そのことによって現れた変化や効果はありましたか? 子どもの演技が映画のポイントになる作品ですが、是枝監督はあるインタビューでヘジンが大変だったというお話をされていました。後半はドンスが抱っこひもで赤ちゃんを抱っこするシーンもたくさんありましたが、子どもたちとの関係も徐々に深まっていったのかなと。
「映画を作るとき、誰もが順番通り撮りたいという思いがあると思います。それは叶わないだけで。今回はロードムービーの形式だったので、順撮りができました。よかったのは自然とソヨンを演じるイ・ジウンさんと仲良くなって、関係をビルドアップできたことですね。子どもたちとの関係についても、僕は昔から赤ちゃんを抱っこするのが上手なんですよ! 犬を抱っこするときも、豚を抱っこするときも、赤ちゃんを抱っこするときも、抱かれている立場になってどうしたら楽かなと考えるんですけれども、抱っこひもはよくできていて抱っこも楽でした」(出演映画『プリースト 悪魔を葬る者』で豚を抱っこするシーンがある)
──赤ちゃんから豚まで、かなりエンパシー能力がありますね(笑)
うれしくて鳥肌がたった瞬間
──善悪や答え、思想が明確でなく、キャラクターや関係性は状況で変化していきました。ロードムービーという形式がそれに対応していたとも思います。揺れ動く人物たちを演じることは難しかったのか。どうその時々の感覚をつくっていったのでしょう。
「そのことについてはそれほど大変ではありませんでした。ドンスのキャラクター、立ち居振る舞いはスムーズに受け入れることができて、あまり気負わずに淡々と演じることができたんです。赤ちゃんポストの当事者への取材で聞いた話が、ドンスの記憶となるようなプロセスを経ることで、彼らの心を持って演技できたことも大きかった。それらは正確にセリフとして現れているわけではありませんが、ドンスの演技を通して当事者の方々に聞いた話や思いを観客に感じてもらえたらと演じました」
──インタビューでお話を伺った方たちは映画をご覧になりましたか?
「ひとりはタイミングが合わず試写会では見てもらえていないのですが、もうひとりは来ていただいてすごくよかったと感想をもらいました。あと、話を聞いた子ではない施設の子どもが、お母さんと呼んでいる施設の園長と一緒に試写会に来てくれたんです。ソヨンが『生まれてきてくれて、ありがとう』と暗闇の中でささやくシーンで、その子と手をギュッと握り合いましたと園長がメッセージをくれて。それを読んだとき、うれしくて鳥肌が立ちましたね」
『ベイビー・ブローカー』
監督・脚本・編集/是枝裕和
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
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配給:ギャガ
Photos:Takao Iwasawa Interview & Text:Hiroyuki Yamaguchi Edit:Sayaka Ito