逆境が私を強くした。モデル・ギャビーの「前向きに生きる5つのこと」 | Numero TOKYO
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逆境が私を強くした。モデル・ギャビーの「前向きに生きる5つのこと」

ファッション誌『JJ』の専属モデルであり、抜群のスタイルとポジティブマインドで人気のギャビー。アメリカで育った日本人の父と、アメリカ人の母との間に生まれ、4歳で日本に移住。両親の離婚により奔放な父に育てられ、義母との生活や貧乏も経験し、親戚の家や保護施設を転々とすることも。言葉の壁と戦い、思春期には荒れてしまったこともあるが、モデルになるという夢を叶えた。厳しい境遇を「全部、糧にした」と明るく語る彼女が、伝えたいメッセージ、これからの夢とは?

1. 自信をもつ
日本語がわからない。家に帰っても親はいないし、夕飯もない。そんな過去を乗り越えた経験は、新しい世界に躊躇なく飛び込める強さと自信に変わった。

「中学校までの環境を語ると、きっと驚くと思います。4歳の頃に日本に移り住み、すぐに両親は離婚して、母はアメリカに帰りました。父親は破天荒な人だったので、しばらくどこかに行ってしまうこともありました。アメリカに住む祖父母が年に1回来てくれたり、日本に住む親戚が助けてくれたりもしたけど、実は何度か保護施設にもお世話になりました。でも、私自身、そんな環境を悲観していません。今だから言えることかもしれないけど、過去の経験の全てが、今の私の糧になりました。マイナスの部分だけを見つめすぎず、少し俯瞰して自分を眺めてみると、自分の力で変えられることが見つかるんです。私の場合は、少しずつ環境が整っていくことが自信に繋がりました。今も新しい挑戦やリスクを冒すことに怖くありません。努力すれば願いが叶ったという自信があるから、自分の選択に間違いはないはずだと信じて突き進むことができます」

2. 恩返しがモチベーション

壮絶な経験を乗り越えられたのは、手を差し伸べてくれる人がいたから。恩返ししたい、他の人にも同じように親切にしたいという気持ちが生きるモチベーションに。

「どうして今までの過去をポジティブに変換できたかと言うと、今までどんな局面でも、私を助けてくれたり、愛してくれてた人たちが必ずいたから。小学校の頃、不規則な生活を見かねた担任の先生が前日の給食をこっそりとっておいて、朝ご飯って食べさせてくれたり、全てが嫌で不登校になりかけたときも、毎朝迎えに来てくれたり。家にも学校にも居場所が無くて寂しかったし、環境や周りのせいにしようとした時もあったんです。小さな頃は気が付かなかったけれど、周りの人たちが支えてくれていたんです。傷ついた過去をいつまでも引き摺っていたら、助けてくれた人たちや、今、私を支えてくれる人に対して失礼になると思うんです。笑顔で明るく乗り越えることが、恩返しになるし、これまで親切にしてもらったように、私も周りの人たちを愛したい。そんなふうに感謝の気持ちを大切にすることが、生きるモチベーションに繋がっています」

 

3. 見極める

「昔の自分と同じような境遇の人に伝えたいことは?」という質問に、「見守ってくれる人を見つけてほしい。信頼できる人を見極めてほしい」という。

「絶対に自分を見守っている人がいるはずです。そのことを忘れないで。他人に助けを求めたり、誰かを頼るのは難しいかもしれません。勇気を出して、誰かを頼っても、失敗してしまうかもしれない。失敗は次への教訓になればいいけど、まずは、誰が信頼できる人なのかを見極める力をつけること。

人に迷惑をかけたくない気持ちもよくわかります。でも、それをやりすぎると何もできなくなっちゃう。だから、信頼できる人に助けを求める。でも、依存しないことを心がけてください。きっと、周りの環境に絶望して、全てを拒否したくなる瞬間があるかもしれないけど、そこに佇んでいては、自分の可能性も終わってしまいます。今、厳しい状況でも、客観的に自分を観察して、1つでも可能性が見つかったらそれを信じて。勇気を出して行動したら、次の可能性が見つかって、それを繋いでいったら未来が変わるはずです。自分の可能性を信じられる、正直な人になることが、幸せへの近道です。それが、私の人生から伝えられることです」

4. 自分を貫く

周囲からの「無理」という声ををひっくり返して、夢を叶えてきたギャビー。自分を信じること、周りに流されないことで、最強の仲間たちにも恵まれた。

「日本語が苦手な私にとって、マンガよりもファッション誌が憧れの世界でした。だから、小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「モデル」。高校に進学せず、上京してモデルになると決めました。思い切って上京して、スカウトされたくて渋谷をうろうろしていたら、当時の『BLENDA』の編集長に声をかけてもらい専属が決まったんです。そして、専属を務めた『BLENDA』『Happie nuts』も休刊が決まり、事務所のスタッフに『JJ』の専属モデルになりたいと伝えたら、それは難しいだろうと言われました。でも、お願いして編集部に連れて行ってもらったら、専属が決まったんです。『JJ』の専属になったときは、髪色からSNSの使い方まで「脱・ギャル」をしました。そしたら、その直後にY2Kやギャルブームがきて(笑)。周りに合わせてスタイルを変えるのは、キリがないと学びました。その後私らしさを尊重してくれたJJには感謝しています。友達付き合いも同じこと。誰でも独りぼっちになりたくないけど、それを恐れて自分のモラルやポリシーを曲げる必要はありません。いつもハッピーで愛情に溢れ、仕事に一生懸命な人と心で向き合ってきたら、同じ価値観の人たちと出会い、今は最強の味方に恵まれています。友達の多さ、イケてるかどうかは、自分の価値に繋がりませんよね。自分自身を投げ打ってでも、守りたい人がいるかどうか。自分を貫けば、自然に出会うべき人と出会えると信じてます」

 

5. 好きなものを愛する
ギャビー・スタイルの基本はヴィンテージ。新しく買うものも、マイ・ヴィンテージにするくらい長く着る。昔から好きだったスタイルを続けていたら、今のトレンド、Y2Kに重なった。

「服を選ぶ基準はその日の気分。いろんなスタイルを楽しんでいるんでいます。でも、ベースにあるのはヴィンテージです。小さいころ、お母さんが残した服を、よく着ていたんです。オーバーサイズだけど着ていると安心するから。小学校には、父のビッグサイズのTシャツにスニーカーを合わせて登校したりしてました。私にとって、ファッションはお守りのようなものだったんです。お金もないから、父や母、義母からもらった服を長く着ていたら、いつの間にか、それがトレンドのY2Kスタイルに重なりました(笑)。

(左)古着屋で見つけた1970年代のドクター・マーチン。(右)19歳の時に初任給で購入したクリスチャン・ルブタンのシューズ。
(左)古着屋で見つけた1970年代のドクター・マーチン。(右)19歳の時に初任給で購入したクリスチャン・ルブタンのシューズ。

今もファストファッションより、高くても10年単位で長く着られる服を買うようにしています。いいものなら全然古くならない気がして。好きなものを長く愛することは、結果的にサスティナビリティにも繋がって、今は、環境のことや、健康的なライフスタイルにも興味が出てきました。モデルの次の夢は、同じ目線で楽しく活動できる仲間を集めて、サステナブルなライフスタイルを発信していくこと。まずは、もっとモデルを経験を詰みながら、次のステップでその夢が叶えられるように勉強していくつもりです」

Photos:Kouki Hayashi Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Saki Shibata

Profile

ギャビーGABBY 1996年アメリカ生まれ、福岡県育ち。アメリカで生まれ育った日本人の父、アメリカ人の母を持つ。4歳のときに福岡県に移住。『JJ』(光文社)専属モデルを中心にテレビや広告などでも活躍の場を広げている。ものを大事にする気持ちから、サステナビリティやウェルネスの情報をYouTubeでも発信中。
Instagram:@gabby1020 @gabby1020
YouTube:ギャビーTV

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