井之脇海インタビュー「役の人物に寄り添い、一番の理解者になりたい」
朗読劇として人気を博し、2014年にグザヴィエ・ドラン主演によって映画化された『エレファント・ソング』が5月、PARCO劇場で上演される。突然失踪した精神科の医師。彼の所在を探すため、寺脇康文演じる病院長グリーンバーグが、真実を話さない患者のマイケルとの対話を繰り返す。緊迫感のある会話から徐々に明らかになる意外な真実。周囲を翻弄するマイケル役に挑むのは、俳優の井之脇海。今回、舞台初主演となる彼に、演じることの面白さ、そして普段の素顔について聞いた。
グザヴィエ・ドランへの憧れは一時封印。自分なりの“マイケル”をつかむ
──舞台初主演ですが、意気込みを教えてください。
「舞台自体、出演するのは3年ぶりになります。昨年、僕の映画での初主演作が公開されたんですが、今回この戯曲、しかもマイケルという役で主演できるのは、嬉しさと同時に挑戦だと思っています。ここ数年、一つひとつの役を悩んだり苦しみながら演じる中で、僕なりの芝居というものを模索してきました。映像作品はシーンの合間に素の自分に戻って思考を整理することができますが、今回の舞台は、幕が上がったら上演時間中ずっと舞台に立ち続けなければいけません。そういった芝居体験をすることによって、自分がさらに成長できるんじゃないかという期待もあります」
──長い俳優のキャリアの中で、「自分なりの芝居」を追い求めるようになったのはいつ頃から?
「年々その意識が強くなっています。芝居って、いくら中身はその役になったとしても、どうやったって器は僕なんです。声色を変えることもできないし、毎回、顔を整形するわけにもいかない。だから、その役の深いところで何かを掴んで、僕なりの色を加えたいと思っています。同じ役をほかの役者さんが演じることもありますが、今回は僕なりのマイケルを演じられたら」
──この作品は、2014年にグザヴィエ・ドランが主演で映画化されていますが、それは意識しますか。
「僕はグザヴィエ・ドランのファンなんですが、憧れている限りその人を超えることはできないので、今は一旦忘れることにします。彼は、マイケルと似た経験があって同じ悲しみを背負うことができたのかもしれませんが、僕は残念ながら生きてきた環境が違うし、共感するところも少なくて。その代わりマイケルが抱えている、愛されたいという思いや、自分の存在意義とは何かという疑問に寄り添うことで、ドランとは違うマイケルを演じられるんじゃないかと思っています。誰しも人から愛されたいという欲求はありますよね。生まれた時から愛に恵まれる人もいるけれど、マイケルはそうではなかった。この作品のテーマは普遍的なものだから、多くの人の心に届くだろうし、僕たちが当たり前だと思っていることを見つめ直す機会にもなるはずです。これまで十数年、役者を続けてきましたが、この役を誰かに渡したくないと思ったのは初めてなんです。演じるからには僕が一番、マイケルを理解できる存在でありたいです」
──今回は3人の会話劇なので、台詞の量も膨大ですが。
「本当に多いんですよ(笑)。でも、初めての主演を、こんな濃密な会話劇で迎えられるのは、僕自身が望んでいたことでもあるんです。共演する寺脇康文さんは百戦錬磨のベテランですが、とても気さくに接してくれて、二人で『脇脇コンビでがんばろうね』と話しています(笑)。ほりすみこさんは、今作のキーとなるゾウについての面白い動画を教えてくれたり、そんな風にたわいもない会話から3人の関係を深めて行ければ」
毎日、変化していく芝居が、演じる人物像をより豊かにしていく
──マイケルは、巧みな話術で人の心をコントロールしますが、井之脇さんは人の心を読むのは得意な方ですか。
「そんなに鈍感じゃないと思うけど。集団の中に入ると聞き役に回るタイプで、話している人をよく観察しています。今この人の話したことは本音じゃないなと察してみたり。それに学生の頃、学級委員をしたり映画を監督した経験があって、論理立てて説明して、みんなに協力してもらうことは得意です。でも、マイケルみたいに自分の思い通りにコントロールはしないですよ(笑)」
──観察が演技の役に立つことは?
「頭の中で想像する人物像にはどうしても限りがあるので、例えば、電車で仕事帰りの会社員を観察して、疲れてる姿を役に投影したり、映画や本から得た感情を芝居に生かすことはありますね。そういえば学生の頃、よく嘘をつく友達がいたんです。その子は自己防衛のためだったと思うのですが、そんなときは少しソワソワしているように感じました。それは今回、生かせるかもしれません」
──映画やドラマにもたくさん出演されていますが、舞台ならではの魅力とは?
「役者としては、舞台に上がってしまったら、中断することなく演じられることです。その日の些細な変化によって演技は毎回違う方向に向かうだろうし、そんな変化を毎公演で体感できることがとても楽しみです。観る側としても、月に一本は舞台を観ていますが、劇場に足を運んで対価を払って観る映画や演劇は、その瞬間にしか得られない体験がありますよね。今はサブスクコンテンツなど、家の中で楽しめることもたくさんあるけど、画面ごしに観ることに慣れてる人ほど、生の舞台からもらうインパクトは大きいはず。ぜひ劇場に足を運んで直にパワーを浴びてみてください」
オフでも考えるのは役のこと。今は仕事が楽しい
──プライベートの趣味は山登りとのことですが、実はインドア派だそうですね。家での過ごし方は?
「山は好きなんですが、まとまった時間がないと行けないんですよ。家では映画を観たり、本を読んだりして過ごしています。コロナ禍で外出もままならないので、自宅のベランダを、半分芝生、半分ウッドデッキに改装しました。そこで夕日を眺めながら本や台本を読んだり、お酒飲んだりしてしています」
──本やお酒はどんなものが好きですか。
「SF小説や村上春樹さんが好きです。お酒はウイスキー、アイラ島のアードベッグの若いものが好きです」
──お酒を飲むなら、みんなで賑やかに飲むタイプですか。それともひとりでリラックスしながら?
「コロナ禍でここ数年は家で静かに飲んでいますが、本当はみんなで夜中まで語りながら飲んだりするのが好きなんですよ。コロナ前は、近所によく行くお店があって、そこに集まるご近所さんと飲むことが多かったんです。いろんな業種の方がいて、いろんな人生観の話を聞いて楽しんでいました」
──オンとオフは、はっきりと切り替えていますか。
「現場を離れても、ずっと役のことを考えているので、そういう意味ではオンオフがあまりないかもしれません。今もふとした瞬間にもマイケルのことを考えていることが多くて」
──完全に演技から離れられるのは、山登りをしているときぐらいですか。
「それが、山でも芝居のことを考えているんです。歩きながら考えた方が思考が整理されるし、新しい角度から物事を考えられていいんですよ。よく、あまり考えすぎない方がいいと言われることもあるけど、無意識に考えてしまうから、もうそれでいいと思っています。できることを全てやらないと後悔してしまいそうだし。年々、役に対して責任をもとうという意識が強くなっています。自分の中で芝居の比重が大きくなっているので、今は全てのことが芝居に繋がっている感覚です」
──お話を聞いていると、どんどん芝居にのめりこんでいるようですが。
「気付いたら首元まで浸かってしまって、そろそろ呼吸困難になりそうです(笑)。でも、この仕事は苦しいことが多いけど、それを味わえるのが醍醐味でもあって。一つひとつの役をこなすんじゃなくて、ちゃんと向き合ってトライアンドエラーを繰り返し、それを次の役に還元して行く。その経験を重ねることで強くなるし、それが楽しいんです」
──今後、監督業や製作側への意欲は?
「自分で映画を撮ったのは、単に自分の好きな世界を表現したいという思いだけでした。今後、また作りたいと思うかもしれないし、10年後はどうなっているかわからないけど、今はとにかく役者という仕事が好きです。ずっと職業・役者でいたいし、これからも邁進していきたいと思っています」
PARCO PRODUCE 2022「エレファント・ソング」
精神科医のドクター・ジェームス・ローレンスが失踪した。病院長のグリーンバーグは、ローレンスが失踪直前に診た患者マイケルに事情を聞くため、ローレンスの診察室を訪れる。病院の看護師ピーターソンは「マイケルを見くびらない方がいいですよ。弄ばれます」と忠告する。マイケルはつかみどころのない話でグリーンバーグを翻弄する。ローレンスが姿を消した真実を教えるために取引を持ちかけてくるが、それはマイケルの仕掛けた巧妙なゲームだった。マイケルは真実を知っているのか。象にまつわる話は何を意味するのか。ゲームには悲しく衝撃的な結末が用意されていた。
作/ニコラス・ビヨン
翻訳/吉原豊司
演出/宮田慶子
出演/井之脇海、寺脇康文、ほりすみこ
公演日程・会場/5月4日(水・祝)〜22日(日)PARCO劇場(渋谷PARCO 8F)、5月25日(水)愛知・刈谷市総合文芸術センター、5月28日(土)大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA
URL/stage.parco.jp/program/elephant/
Photos: Ayako Masunaga Text: Miho Matuda Edit: Yukiko Shinto