ジャック・オディアール インタビュー「絵はがきとは違う、現代的なパリを描きたかった」 | Numero TOKYO
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ジャック・オディアール インタビュー「絵はがきとは違う、現代的なパリを描きたかった」

デジタル化された現代社会を生きる30歳前後の男女の孤独、不安、セックス、そして愛にまつわる物語を描いたジャック・オディアール待望の最新作『パリ13区』が、4月22日(金)より全国公開。セリーヌ・シアマ、レア・ミシウスとともに世代を超えたコラボレーションで新しいパリを描いたオディアール監督に聞いた。

大人になりきれていない若者たちの姿を描く

──『パリ13区』はアメリカのグラフィック・ノベリスト、エイドリアン・トミネの短編「アンバー・スウィート」「キリング・アンド・ダイング」「バカンスはハワイへ」が原作になっていますが、彼の作品のどんな部分に惹かれたのでしょう。

原作には、カムガール(ウェブカメラを使ったセックスワーカー)のアンバー・スウィート、大学に復学するノラ、コールセンターで働くアジア系の女性、スタンドアップコメディアンを目指す吃音の女性が出てきますが、私ひとりだったら思いつかないキャラクターだと思いました。エキゾティックで異国情緒溢れていて、何かを探し求めて人生に迷っているようなキャラクターたちに惹かれたんです。アフリカ系フランス人のカミーユだけは今回、私たちがオリジナルでつくり上げたキャラクターになります。

──物語は若者と呼ぶには大人の年齢でありながら、完全に大人になりきれてはいない3人の女性と1人の男性の日々が軸となって進んでいきますね。

彼らはまだ若者ではあっても、ティーンエイジャーではないし、社会人としての経験がそこそこある30代前後の男女です。中流階級で、ある程度の教育を受けていて、親や家族からもさまざまな期待を課されている。そういった人たちが、一旦そのプレッシャーを切り離して、自分が何者なのかを追求するためにそれぞれのやり方でさまよいもがく、その様子を描きたかったんです。

──本作のシナリオに、『燃ゆる女の肖像』の監督セリーヌ・シアマと気鋭の監督レア・ミシウスという二人の女性を脚本家として迎えた経緯についてお聞かせいただけますか?

もともとは脚本をトマ・ビデガンにお願いする予定だったのですが、既に別の仕事が入ってしまっていたので、脚本家を探していたところ、セリーヌがいる!と思って、アポイントを取ったんです。彼女の脚本、監督した作品が素晴らしいことは知っていましたので。それで、トミネの三つの短編のうちの二つをセリーヌと一緒に脚色することになりました。ただ、その後すぐ私が別の作品の撮影に入ってしまって、戻ってきたときにはセリーヌのスケジュールがもう埋まってしまっていて。

──スケジュールの兼ね合い、という現実的な理由からだったんですね。

もちろん、それぞれの才能に惹かれたからこそのオファーでしたが。それで、残りの一つの短編をどうしようかと悩んでいたときに、レア・ミシウスのことを思い出したんです。レアは知人でもありましたし、監督デビュー作『アヴァ』(2017年/未公開)も素晴らしい作品だったので、彼女と共に三つ目の短編を脚色し、セリーヌと進めていたものも含めてまとめていったんです。

役者たちの内側から引き出される真実のテーマ

──本作はまさに現代を生きる私たちが身近に感じられる話ですが、あるシーンをのぞいてモノクロームで撮影されていますね。あえてモノクロでいこうと思ったきっかけはなぜだったのでしょうか。

私がよく知っていて、撮影もたくさんしてきたパリの街をまた違った角度から映し出したい、という思いがありました。みなさんの知っているパリの絵はがきのイメージを打ち破りたくて。

──確かに、古き良き都パリとは違った印象の、大都市のようなパリが映し出されていましたね。

そうなんです。私も住んだことがあるパリ13区は、1970年代に実施された再開発によって生まれた高層建築が並ぶ区域で、異国情緒にあふれています。美術館が多くて、歴史を感じさせるロマンティックなパリのイメージとはまったく違う。これまであまりフォーカスされたことない、パリの現代的な都市の側面を浮き上がらせるために、モノクロが使えると思ったんですよね。

──ノエミ・メルランら俳優陣との対話によって登場人物をつくりあげる際に、印象的だったエピソードがあれば聞かせてください。

まずはアイデアがあって、脚本があって、その後、役者たちが演じるという順番になりますが、実際、演じているうちに役者たちの内側から真実のテーマが引き出されたり、演じるなかでつくり上げられるものは大きいと思っています。それぞれの役者たちがどうその人物をどう捉えるか、その理解力によって、浮かび上がってくるものも変わってくる。最初のリハーサルで、ノエミ・メルランは自分が演じるノラを、思い悩んで気持ちが沈んでいる、ややシリアスな人物として捉えていました。でも、私はそうではないんじゃないかなと思って。例えば、ウディ・アレン作品に出てくるような、軽快で、コメディタッチに物事を捉えるような女性像なんじゃないかという思いを伝えたところ、ノエミはすぐに理解し、彼女なりに再構築したキャラクターを生み出してくれました。

──コロナ禍に本作は撮影されたわけですが、2カ月のリハーサル期間を経ての撮影というプロセスに関して、「すべての作品で、こんな贅沢ができたら最高なのに」とノエミさんがコメントされていましたが、2カ月の準備期間を設けることはあまり一般的ではないですよね?

コロナ禍だからという理由で入念な準備をしたというわけではなく、今回メインとなる俳優4人の演技の経験値がさまざまだったので、全員の足並みを揃えるために準備期間が必要だったんですよね。ただ、2カ月のレッスン期間を設けたことで、結果的に感染リスクを抑えてスピーディに撮影することはできたと思います。

──リハーサルの最後には、パリのロン・ポワン劇場を貸し切って、キャスト、スタッフ全員でランスルー(通し稽古)を行ったとか。

技術クルーも含めた全員で劇場でリハーサルをし、俳優がお互いの演技を客観視しながら微調整する機会を得られたことは、本番の撮影に大いに役に立ちました。クランクインの2~3日前にランスルーを行ったのですが、みんなすごく怖がっていたんですよね。かなりの緊張感とプレッシャーを事前に乗り越えたおかげで、恐怖心を全部置いてきたようにリラックスした状態で初日に臨めたのだと思います。

──その効果なのか、キャラクターたちが迷いから少しずつ解放されていくさまが生き生きとスクリーンに映っているように感じました。

そう思っていただけたらうれしいです。それが私の狙いだったので(笑)。

ジャック・オディアール監督   © EponineMomenceau
ジャック・オディアール監督   © EponineMomenceau

『パリ13区』
コールセンターでオペレーターとして働く台湾系フランス人のエミリーと、シェアメイトのアフリカ系フランス人の高校教師カミーユはすぐにセックスする仲に。同じ頃、ソルボンヌ大学に復学したノラは、元ポルノスターのカムガール(ウェブカメラを使ったセックスワーカー)に似ていることから、本人と勘違いされてしまう。冷やかしの対象となり大学を追われたノラは、教師を辞めたつなぎで不動産会社で働くカミーユの同僚となるが……。

監督/ジャック・オディアール 
原作/エイドリアン・トミネ 
脚本/ジャック・オーディアール、セリーヌ・シアマ、レア・ミシウス 
出演/ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・メルラン、ジェニー・ベスほか
4月22日(金)、新宿ピカデリーほか全国公開
https://longride.jp/paris13/

©PAGE 114 – France 2 Cinéma
©︎ShannaBesson ©PAGE 114 – France 2 Cinéma
配給:ロングライド

Interview & Text:Tomoko Ogawa Edit:Sayaka Ito

Profile

Jacques Audiard ジャック・オディアール 1952年4月30日フランス、パリ出身。94年、『天使が隣で眠る夜』で監督デビュー。『預言者』(09)でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞、マリオン・コティヤール主演『君と歩く世界』(12)ではゴールデン・グローブ賞外国語映画賞と主演女優賞にノミネートされた。続く『ディーパンの闘い』(15)で、コーエン兄弟、グザヴィエ・ドランら審査員たちの満場一致でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞を果たし、『ゴールデン・リバー』(18)ではセザール賞4冠、リュミエール賞3冠、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた。 『パリ13区』は、2021年第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で封切され、サウンドトラック賞を受賞。第47回セザール賞では、撮影賞、脚色賞、音楽賞、有望若手女優賞、有望若手男優賞の5部門に選出された。

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