松居大悟・池松壮亮・伊藤沙莉鼎談「ある恋人たちの6年の物語と、映画のこれから」 | Numero TOKYO
Interview / Post

松居大悟・池松壮亮・伊藤沙莉鼎談「ある恋人たちの6年の物語と、映画のこれから」

松居大悟監督の13作目の映画『ちょっと思い出しただけ』が公開される。ジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』(92年)にインスパイアされたクリープハイプの新曲『ナイトオンザプラネット』をもとに制作されたラブストーリーで、池松壮亮が演じる佐伯照生の誕生日、7月26日を1年ごとに遡り、今はもう別れてしまった恋人・野原葉(伊藤沙莉)との終わりから始まりの6年間を描く。今回は、この作品の制作の経緯や撮影のエピソード、そして6年という時間について、松居大悟監督、と主演の池松壮亮と伊藤沙莉に聞いた。 

「二人は、どうして別れなくちゃいけなかったんだろう」

──作品の中で、お気に入りのシーンやセリフは?

 

松居「やっぱり照生と葉が出会った高円寺のシーンです。長回しで撮影したんですけど、演出でエモーショナルにするのはやめようと思っていて、撮り方もシンプルにして、台本にはセリフだけしか書かなかったんです。普通に暮らしていたら出会わないような二人が、とあるきっかけで知り合って、夜にお店が閉店した後の商店街で……という設定だったんですけど、池松君と伊藤さんが自然に演じてくれて。撮りながらすごくいいなと」

 

池松「松居さん、泣いちゃってましたね」

 

松居「どうだったかなぁ。撮影中もそうだけど編集しながらも、なんでこの二人が別れなきゃいけないんだろうって」

 

伊藤「自分で書いたのに(笑)。私が大好きなシーンは、照生が『夢で待ち合わせね』と言うシーンです。可愛いですよね。そのセリフはもちろん台本に書いてあったんですけど、自由にお芝居させていただけたので、池松さんとセリフの掛け合いもすごく楽しくて」

 

池松「実際に『夢で待ち合わせね』と言われたことあります?」

伊藤「そんな人に出会ったことがないです(笑)」

 

松居「僕の実体験です」

 

伊藤「えっ! 本当に言ったセリフだったんですね!?」

 

松居「言ったんです」

 

池松「松居さんは結構そういうことするらしい」

 

伊藤「そういうタイプなんですね」

 

松居「いや、一回だけです(笑)」

──池松さんはいかがですか?
 
池松「色々ありますが、葉と照生が車の中でケンカするシーンがあるんです。長回しでワンカットで撮ったシーンなんですけど、3分くらいありました?」
 
松居「もっとあった。二人がすれ違うシーンだね」
 
池松「今、映画で車内のシーンを撮影するときは、ほとんどがグリーンバックで、編集で風景を合成するんです。でも今回は、牽引で実際の車で撮影したんですよ。その分撮影は非合理的で時間がとてもかかります。ガラス越しに映るネオンや街の景色と人物をワンカットでいくと選んでくれた監督に痺れました」
 
松居「あのシーンが成功して本当に良かったですよ。一般道で撮影したので、車が走るコースは決まっていたけど、信号がいつ変わってどのタイミングで停車するか、後続車が来るかどうかもコントロールできないし、シミュレーションもできない。でも、二人の車の後ろを偶然タクシーが走ってくれて、それも良かったなぁ」

──俳優のお二人が、今だから監督に物申したいことはありますか。
 
池松「難しいですね。可愛らしいやつが出てこない(笑)」

伊藤「私、ひとつありますよ。照生の頬についたケーキのクリームを舐めるシーンで、私はほっぺを舐めるという行為が嫌だったんです、本当に。池松さんにも申し訳ないので、なるべく早くOKが出るように芝居したんですけど何度もNGが出て。もうちょっと舌を出してくれとか、アップも撮らせて欲しいとか、それは監督、完全にあなたの好みですよねっていう。なぜそこまであのシーンにこだわったのかという疑問はありますね」
 
松居「あの……、夢中になってる時って何も覚えてないというか、周りが見えなくって。いい芝居が撮れたので、次はちゃんと舌が映るアングルで撮りたい…と何度も撮影してしまいました。自分でもわからない」
 
池松「たしかに撮り過ぎでしたね(笑)」
 
松居「そこに映画の強さがあると信じてた……」

──ところで今作は、クリープハイプの新曲『ナイトオンザプラネット』が、制作のきっかけだったそうですが。
 
池松「曲自体は2020年の4月頃に出来ていたそうなんです」
 
松居「尾崎君とは付き合いが長いんですけど、2年前の春に尾崎くんから『松居君と作りたいものができた』と、この曲が送られてきたんです。その頃、コロナの影響で、彼らの大きなライブが中止になり事務所の運営も厳しい状況だという話を聞いていて。そもそも、尾崎君がバンドを始めたのは、ジム・ジャームッシュの映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観たことがきっかけで、劇中に登場した『ハイプ』という言葉から『クリープハイプ』と名付けたんです。今、その映画と同じタイトルの曲を作ったことに彼らの覚悟を感じたし、勝負しに来たんだと感じました。自分もその思いに応えるなら、MVや短編ではなくて長編にしようと。そこから1年ほどかけて脚本を書きました」

伊藤「この曲は私自身もすごく好きなテイストだし、この1曲の中に物語が広がっていて。クリープハイプのいつもの感じとはまた違う雰囲気だけど、それもまた良いですよね。この曲が照生と葉のことを物語っている気がしたんですが、監督がそれに沿って台本を書いたわけじゃないというから、それも含めて奇跡だなと思いました」

池松「脚本を読んでこの曲を聴いたとき、この企画の可能性を感じました。映画の撮影より先に主題歌が完成していることは珍しいんです。今回は撮影中に、観客のみなさんに、劇場で最後にこの曲を聴いてもらうとするとどこをどう構築していけば良いのか考えることができたし、コロナで変わりゆく時代にもう戻れない時代の終わりと始まりと、絶対に戻れないあの頃を歌うこの曲とを作品とリンクさせて、撮影中の指標にしていきました」

監督として役者として6年で変化したこと

──物語は2021年7月26日から6年間の物語です。6年に設定した理由は?
 
松居「最初の構想では5年だったんです。でも、2019年から以前は普通の世界で、それ以降はコロナ禍。そう考えたときにもう1年足そうと。それから『花束みたいな恋をした』が5年の期間だったので、あと1年足せば勝てるかなと」
 
伊藤「めちゃくちゃ意識してるじゃないですか(笑)」
 
池松「あとは、今の東京を描写するなら、東京オリンピックまで入れるべきだという話はありましたよね」
 
──個人的にこの6年で大きく変わったことはありますか?
 
伊藤「2016年というと『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』の頃ですよね。私はドラマ育ちなので、ずっとテレビドラマのお仕事が多くて、映画にも挑戦したかったけど、あまり縁がなかったんです。6年ぐらい前から少しずつ映画の機会をいただいて。映画公開時に、舞台挨拶しているな自分、と感慨に浸る経験はこの6年で増えました」

──松居監督の2016年は『アズミ・ハルコは行方不明』が公開された年です。
 
松居「ちょうど30歳になった年でもあって、肩の力が抜けて来た時期です。20代は『どうしてもこれを描きたいんだ!』と思って撮っていたけど、30代に入って現場の一番いい方法で撮ろう、メッセージも別に伝えなくてもいいかと思い始めました。『アズミ・ハルコ』以前は高校生までの年代を描いていたけど、それ以降は『バイプレイヤーズ』もあり意識が変わりました」

──何かきっかけが?
 
松居「20代は自意識が強かったんでしょうね。メッセージを伝えたいと頑張ってもそんなに伝わらない。それで、諦めのようなものが出てきたというか」
 
池松「諦め。いい言葉ですね」

──池松さんの2016年は、映画・ドラマ合わせて出演作が十数本ありました。
 
池松「映画は撮影したものが1年後に公開されるので、2016年の公開作は2015年に撮影したものなんですが、それまで僕はものすごく働いたんです。ざっくりと話すと2016年からガラッとやり方を変えていて。20代前半までは、日本映画界を自分はどう下から若手としてバックアップできるかを考えていたんですけど、20代後半になって、いかにその作品に深く携わり、自分が生まれた国の映画と深く関わっていけるかを考え始めました。2016年以降は、自分の立場とか、自分が関わる作品とか、自分が歴史や社会との繋がりの中で俳優という仕事をやっているということに自覚的になっていったように思います」

松居「60代みたいなこと言うね」

「映画館で観たい」と思わせる、いい作品を作るだけ

──この6年で映画の鑑賞スタイルも、映画館とDVDに加えて、配信の割合が劇的に増加しました。それは制作に影響を与えましたか。
 
松居「僕は、映画館や劇場に憧れてこの業界に入ったので、配信がまだわからないというか。映画館の暗闇の中で、みんなが一つの作品を見て、同じシーンで笑ったり、泣くタイミングが違ったりして、観客の数だけ作品に対する感情があるというのが好きなんです。だからこの作品を映画館の大きなスクリーンで見たときに、発見や気づきがあるようにして、あえてテロップを入れたりわかりやすい描写はしませんでした」

──配信の利用者が増えたことについては、コロナ禍という事情もありますよね。

松居「僕は劇団も主宰しているんですが、コロナ禍で、演劇も上演中止や定員50%の制限がありました。正直、定員50%なんて採算が立たないんですよ。しかも、誰かがコロナにかかったら終了。不要不急と言われ、みんなは家で配信でエンタメを楽しんでる。細い一本橋を負けるために渡るような状況が続いていても、劇団も劇場も上演を続けています。この状況をどうにかしたかったし、コロナ禍の中でも演劇を信じたかった。この作品にもダンスや劇場が登場するんですが、この映画を観てそのことも感じて欲しかった」
 
伊藤「演じる側の作業としては、配信でも映画館での上映でも変わらないんですが、大きいスクリーンで気づけることもたくさんありますよね。背景の小道具や美術も目が行きやすいから、こだわった点が見つけやすい。それに映画館は作品と向き合いやすい環境ですよね」 
 
池松「今でもありますけど、本当に影響してくるのはまだまだこれからなんじゃないかと思っています。映画に携わってきた人間からすると、映画館は掛け替えのない場所です。でも大きく捉えると配信も映画が生き残るための進化だと思うんです。フィルムがデジタルになり、白黒がカラーになったことと同じように、配信によって映画が生き残る可能性が生まれた。それにコロナ禍でも実はヒット作は生まれていて、映画を映画館で観たい人も映画を求めている人もまだいるのだと思います。それならやるべきことは、配信であっても『映画館で見たかった』と思わせるくらいの作品を作ることなんじゃないかと思っています。それから、ミニシアターについても、コロナ禍でいろんな議論が交わされました。ミニシアターブームを作った『ナイト・オン・ザ・プラネット』が東京で公開されたのは、ちょうど30年前です。それから30年後の今、各地のミニシアターでジム・ジャームッシュ特集が組まれて、当時、まだ生まれてもない若者が、コロナ中にこぞって観に行ったと聞きます。いい作品を作れば必ず人は映画を求め、必要としてくれると思ってやるしかないと思っています。映画館でも配信でも良かったと思わせる映画が増えすぎたのは作り手側の責任です」


 
松居「映画館だと帰り道がいいじゃないですか。余韻に浸って、夜景を見ながら二駅ぐらい歩いちゃうあの感じ」
 
池松「あれでしょ、なんか昔の友達とか恋人のSNSをチェックしてしまうって言ってたやつ(笑)」
 
松居「元気でやってるな?みたいな。いや、それだけじゃなくて(笑)」
 
伊藤「(笑)」

Profile

池松壮亮
1990年7月9日生まれ、福岡県出身。2003年、映画初出演となったハリウッド映画『ラスト サムライ』で第30回サターン賞で若手俳優賞にノミネート。以降、映画を中心にドラマ、舞台など数多くの作品に出演し多数の映画賞を受賞。近年の出演作に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)、『君が君で君だ』(18)、『斬、』(18)『宮本から君へ』(19)、『アジアの天使』(21)など多数。2023年には主演を務める映画『シン・仮面ライダー』の公開を予定している。

伊藤沙莉
1994年5月4日生まれ、千葉県出身。2003年にドラマデビュー後、数多くのドラマや映画、舞台などで活躍。2020年には、アニメ「映像研には手を出すな!」やドラマ「これは経費で落ちません!」などに出演し、第57回ギャラクシー賞テレビ部門個人賞、東京ドラマアウォード2020で助演女優賞を受賞。21年は映画『劇場』『ステップ』『タイトル、拒絶』『ホテルローヤル』『十二単衣を着た悪魔』などで第63回ブルーリボン賞助演女優賞、第45回エランドール賞新人賞に輝いた。22年はドラマ「ミステリと言う勿れ」(フジテレビ系)が放送中のほか、ドラマ「拾われた男」がDisney+で夏配信予定。

松居大悟
1985年11月2日生まれ、福岡県出身。劇団ゴジゲン主宰。12年、初監督作『アフロ田中』が公開。その後、『自分の事ばかりで情けなくなるよ』(13)『スイートプールサイド』(14)などを発表し、『ワンダフルワールドエンド』(15)で第65回ベルリン国際映画祭出品、『私たちのハァハァ』(15)ではゆうばり国際ファンタスティック映画祭2冠を受賞した。主な監督作品に、映画『アズミ・ハルコは行方不明』(16)、『アイスと雨音』(18)、『君が君で君だ』(18)、テレビ東京「バイプレイヤーズ」シリーズ、『くれなずめ』(21)のほか、多数のミュージックビデオや舞台を手がけている。

『ちょっと思い出しただけ』

怪我でダンサーの道を諦めた劇場の照明スタッフ、佐伯照生(池松壮亮)は2021年7月26日、34回の誕生日を迎えた。今日も猫にエサをやり仕事に向かう。タクシードライバーの野原葉(伊藤沙莉)は、ミュージシャンの男を乗せコロナ禍の東京の街を走っていた。1年前の7月26日、照生は部屋でリモート会議、葉はタクシーに飛沫シートを取り付けてる。1年ごとに時間が巻き戻されると、二人が別れた後の日、喧嘩した日、冗談を言い合った日、愛し合った日、出会った日……。特別だった日もあれば、なんでもない、だけど二度と戻らない愛しい日々が丁寧に描かれる。

監督・脚本/松居大悟
出演/池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、尾崎世界観/國村隼(友情出演)/永瀬正敏
主題歌/クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」(ユニバーサルシグマ)
制作・配給/東京テアトル
2021年/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/115分
©︎2022「ちょっと思い出しただけ」
2月11日(金・祝)全国公開
公式サイト / Twitter / Instagram

Photos: Takao Iwasawa Interview & Text: Miho Matsuda Edit: Yukiko Shinto

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DECEMBER 2024 N°182

2024.10.28 発売

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