『コーダ あいのうた』のエミリア・ジョーンズにインタビュー「知らない世界を恐れないで」
「CODA(コーダ)」という言葉をご存知だろうか? 「CODA」とは、“Children of Deaf Adults”の略で、耳の聴こえない両親に育てられた子どもを指す。『コーダ あいのうた』は、家族で唯一の健常者でCODAの少女ルビーが、耳の聞こえない家族の中で「歌う」ことを夢見る感動の物語。
劇中ルビーの家族を演じるのは、全員が耳の聞こえない役者たち。その家族の耳となり、声となって支える主人公ルビーを魅力的に演じているのが、Netflixオリジナルシリーズ「ロック&キー」で人気爆発中のエミリア・ジョーンズだ。ラストシーンでは涙で顔が大洪水になったと話したところ、「泣かせちゃってごめんなさいね」とチャーミングに答えてくれた彼女の歌声と、今作のためにマスターした手話、そしてインクルーシブな社会について聞いた。
唯一無二の役に出会えるチャンスだと思い挑戦した“コーダ”の役
──100人以上の役者がこの役のオーディションを受けたと聞きましたが、自信はありましたか? 「オーディションを受けた当時はまだ17歳で、手話も釣りもしたことがなければ、歌のレッスンも受けたことがなかった。しかも私は英国人なので、正直自分では見込みは低いなと思っていました。でも脚本があまりにも素晴らしく、色々なことを学べる唯一無二な役に出会えるチャンスなんて滅多ないのは分かっていたので、思い切って挑戦したんです。でもオーディション時は具合が悪くて声も出ず、半ば諦めていました。だから役を得たと知ったときはものすごく嬉しかった! 役を得た後に監督のシアンからオーディションを受けた人たちの人数を聞いて驚きました。最初に聞いていたらプレッシャーに負けていたかもしれなかったので」──体調不良でもオーディションでは歌われたのですか?
「はい。ビデオオーディションだったので、セリフのシーンと、フリートウッド・マックの『ランドスライド』をギターに合わせて歌ってビデオに収めました。この曲を歌ったのは、もともと脚本には映画のラストシーンで、ルビーが『ランドスライド』を歌うと書かれていたから。その後、監督のシアンから『手話の映像を送るので、見よう見まねでいいからやって撮影してもらえる? あなたが手話で話すところを見たいの』と言われました。劇中のいくつかのシーンで使う手話だったのですが、これを期限までに必死に覚えて、録画した映像を制作側に送ったところ、役を得ることができたんです」
──号泣必至の感動的なラストシーンでルビーはジョニー・ミッチェルの「青春の光と影」を歌われますが、原案はフリートウッド・マックの歌だったんですね。
「そうなんです。今作はインディペンデント映画なので予算も限られていました。そのため、楽曲使用の権利のために大金を払うことはできない。そんな条件下でルビーらしい曲をみんなで探しました。劇中に登場する楽曲はどれも大好きですが、なかでもジョニー・ミッチェルの『青春の光と影』は、本当に今作にぴったりだと思っています。実は最近ジョニー・ミッチェルのドキュメンタリーを観たのですが、そこでジョニー・ミッチェルは『青春の光と影』は、自身の幼年期の終わりを告げる歌だと語っていたんです。人生において、愛している人たちと別れ、自分は何者なのかを理解しようとしていたときの歌だと。それってまさに劇中のルビーと同じ状況なんですよね。さらに『光と影』という物事や感情の二面性を表現した歌詞も今作にぴったり。ルビーも耳の聴こえない家族との世界と、健常者たちの世界という2つの世界の中で生きるも、どちらにも属せていない気になっていますから」
──手話(劇中はASLと呼ばれるアメリカ手話を使用)の習得は大変でしたか?
「本当に大変でしたが、手話の動きはとても理にかなっているので、それが分かってくると覚えやすくなってくる。私はクランクイン前に9カ月かけて手話を習った後、撮影地のマサチューセッツ州で2週間追い込み特訓をしました」
──セリフ部分だけでなく、手話そのものをマスターされたということですか?
「完ぺきにマスターしきったといは言えないけれど、コミュニケーションをとれるレベルは習得しました。でないと物語で描かれる父親役のトロイ(・コッツアー)、母親役のマーリー(・マトリン)、兄役のダニエル(・デユランド)との家族の絆も嘘になってしまうなと思ったから。同時に、ろう者の人たちのカルチャーも知りたいと思ったんです。手話はとても美しくエモーショナルな言語なので、もっともっと上達したいと思っていましたが、その言語を話すろう者たちの世界を知らなければ意味がないなと。練習では脚本に沿って手話をすることが多かったのですが、とにかくずっと練習をしていたので、トロイ、マーリー、ダニエルと初めて会ったきに普通に自分の手話が通じたことに驚いてしまいました。セリフ以外の手話も自分が思っている以上に身についていたんです。おかげで、すぐにみんなと打ち解けることができました」
──ルビーが家族の中で通訳の役割を背負っていたように、自分に求められる役割に苦しんだり、高すぎる期待に悩んだりしたことはありますか?
「幸運なことにそういう経験はなかったように思います。幼いころからすでに役者の仕事をしていたからか、『自分は何者なのか?』と悩むようなこともありませんでしたし、期待されすぎることもなかった気がします。自分で気がついていなかっただけかもしれませんが(笑)」
──役作りために実際にCODAの人たちの話を聞いたりしましたか?
「撮影現場の通訳さんたちがみんなCODAだったので、たくさんの人たちと話をしました。彼らが自らの体験を聞かせてくれたことが、ルビーという役を理解するのにとても役立ちました。劇中ルビーが耳の聞こえない父親に軽トラックの後ろに座って歌を聴かせるシーンがあるのですが、監督がトロイに伝えたいことがあると通訳さんたちを探したのに、誰もセットからいなくなってしまったことがあったんです。通訳さんたちはみんなCODAのため、そのシーンに気持ちが重なり号泣して見ていられなかったそうなんです。彼らのリアクションが、私たちは間違ったことをやっていないんだという証明にもなったので嬉しかったです」
──インクルーシブな社会についてどのような意見をお持ちですか? 今作の出演で得た事、気づきなどがあったら教えてください。
「今作の取材で『ろう者の方々と仕事をするのは挑戦でしたか?』という質問を受けました。でも、それは今回の撮影において最も苦労しなかった部分だった。私たちはそろそろ、自分たちの知らない世界のことを恐れるのをやめてもいいのではないでしょうか。例えば今作に出演しているろう者の3名は素晴らしい役者で、本来どんな役でも演じられるわけです。なのに『ろう者の役』しか演じさせてもらえない。私はその枠を取り払うべきだと思っています。そういう意味でも『コーダ あいのうた』が、少しでもインクルーシブな社会への扉を開いてくれたらいいなと思っています。一方で、今作はCODAとろう者の家族の一物語でしかありません。語られるべき物語は無限にあるので、多様な人たちをキャスティングして、新しい物語を作る勇気が人々の間で連鎖したらいいなと思っています」
──人は自分の知らない世界を怖がり、その恐怖が偏見へとつながっていく習性がありますよね。
「撮影初日にみんなが『今回はどう進行していこうか?』と考えていましたが、それはどの現場の初日でも見る光景。例えば『決められた日数でどう撮影を組むか?』といったことが、今回はたまたま出演者たちがろう者だったことから、『どうやってコミュニケーションをとったらいいんだろう?』と思う人たちがいたわけです。でも、結局みんな自分なりに色々と試し、相手と通じ合う方法を見つけるんです。そしてスタッフたちも日に日に変わっていった。今作は関わった人たち全員に、コミュニケーションの真意を教えてくれたように思います。私は手話をマスターしていましたが、そうではないスタッフたちも、最終的にはお互いにコミュニケーションをとる術を得ていた。これは本当に素敵なことだなと私は思っているんです」
──生きる上で大切にしていたり、モットーにしている言葉や歌はありますか?
「うーん、なんだろう。『すべての出来事には意味がある(Everything happens for a reason)』というのは本当だと思っているし、『決してあきらめない(Never Give Up)』という言葉も信じているかな。共に月並みすぎると笑われるかもしれませんが、私自身絶対に諦めなかったことで学んだことがたくさんあるんです。どうしてもやりたかった役に落ちて悔しい思いをしたこともあるけど、その後に、より自分にふさわしかったり、挑戦しがいのある役が回ってきたりする。すべての出来事に意味があるんだなと思うんです。音楽はキャロル・キングの曲が大好き。あらゆる世代のあらゆる人に愛される素敵なメロディだなと思って聴いています」
『コーダ あいのうた』
監督・脚本/シアン・へダー
出演/エミリア・ジョーンズ、トロイ・コッツァー、マリー・マトリン、ダニエル・デユラント、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ
配給/ギャガ GAGA★
© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
2022年1月21日、TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
https://gaga.ne.jp/coda/
Interview & Text:Rieko Shibazaki Edit:Chiho Inoue