デザイナー・阿部千登勢が語るサカイの22年、これまでとこれから
Sacai(サカイ)を世界的な人気ブランドへと成長させたデザイナー、阿部千登勢。すでに成功を収めているように見える彼女はこれまでをどう振り返り、いま何を考え、これからどうしていくのか。アトリエを訪ねて話を聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年11月号掲載)
制約なしで自由に作り上げたゴルチエのオートクチュール
──昨年1月にジャンポール・ゴルチエがランウエイを引退し、毎シーズン、ゲストクリエイターを迎えてオートクチュールを制作するという新プロジェクトを立ち上げました。その第一弾に選ばれたのがサカイです。 「ゴルチエさんが以前サカイの青山店で洋服を見て、『やられた、僕もこれを作ればよかった』と思うアイテムが何点かあったそうです。それで、最初にブランドを託すのだったら私たち、と思ってくださったと聞きました」 ──最高の褒め言葉ですね! 「そうなんです。サカイを知ってくださっていたことだけでもうれしいのに。コレクションでは、20代の頃に見た、まるでタトゥーを施しているような『タトゥースキン』やマリンルック、1994-95年秋冬のランウェイに登場したビョークの姿など、私が好きな要素を凝縮し、彼の仕事への敬意を込めました。一応ゴルチエさんにどういうことをやりたいか事前に説明しましたが、にこにこしながら『うんうん、いいね』と言うだけ(笑)。一切リクエストがありませんでした」──どのようにものづくりを進めたのでしょうか。
「制作中はアトリエの責任者にしてくださり、スタッフとも自由にやり取りできました。アトリエにマドンナのボディが置いてあったことには思わず感動しました。私は語学が堪能ではないのですが、アトリエのスタッフたちとは洋服を通じてわかり合うことができました。作り方の過程やコストの考え方がプレタポルテとは全く違っていましたね。量産化する必要がないので究極のサステナブルです。ものづくりにおける良しあしについてはいつもと同じ基準で判断しました」
──そしてついに7月7日、パリのジャンポール・ゴルチエの本社でショーが行われました。
「コロナ禍で、何度かオンライン発表の話が出たのですが、私はどうしてもリアルで見せたかったんです。洋服だけではなく、空気感も皆さんに届けたいと思っていました。今回はいつもとは違うタイプのモデルもキャスティングしましたが、多面性を自由に表現できる、サカイらしい女性像を描けていたと思います」
──ゴルチエのシグネチャーとサカイらしさがパワフルに融合していて、オンラインで見ても圧倒されました。現地での反応はいかがでしたか。
「いつもサカイのショーに参加してくれているスタイリストのカール・テンプラーやヘアのグイド・パラオたちがコレクションを見た瞬間にテンションが上がっていて。それってすごく良いサインなんです。客席では、ゴルチエさんが一番盛り上がっていたかもしれません(笑)。興奮しながら話していましたから。本当に楽しく良い経験をさせてもらいました」
──発表後にはプレタポルテのカプセルコレクションを販売されました。
「この素晴らしい出来事を、ファッション関係者だけではなく、より多くの人に知ってほしいと思いました。タトゥーアーティストのドクター・ウーに描いてもらってアップデートしたタトゥープリントTシャツや、ゴルチエさんがファッション界の『アンファン・テリブル(恐るべき子ども)』と呼ばれていたことにちなみ、複数形にして『アンファンツ・テリブルズ』とプリントしたTシャツなどを揃えました」
サカイに関わってもらったら絶対に後悔させたくない
──今回の「ゴルチエ パリ バイ サカイ」をはじめ、サカイはこれまでたくさんのコラボレーションを行ってきています。
「安価なサカイを作りませんか、といった依頼もありますが、そうしたコラボには関心がありません。それが売れたとしても売れなかったとしても、あくまでも私が興味あるブランドと仕事をしたい。ダウンを作りたいと思った時、知識がそこまでなかったので、モンクレールはどうか、スニーカーを作るなら最前線を行くナイキの人たちとやりたいなど、サカイにはない技術を求めてコラボすることが多いです」
──コラボレーションの制作を進めるにあたってはどんなことに気をつけていますか。
「尊重し合い、お互いに成長できることが一番重要です。主張ばかりするのではなく、意見交換をしながら50/50になるようバランスを考えています」
──11月に発売されるディオールとのコラボレーションも話題です。
「メンズアーティスティックディレクターのキム・ジョーンズとは旧知の仲です。彼がルイ・ヴィトン在籍中から、何かやろうよと話していてようやく実現しました。コラボというとどうしても戦略だと思われがちで、ビジネス的にももちろん成功した方が良いと思いますが、実際はもっと直感的にやることが多いです。7月にコラボコレクションを発売したアーティストのカウズとも昔からの知り合いで、『何かやりたいね』とずいぶん前から話していました。実は私たちはブライアン(カウズの本名)のためだけにTシャツなど作っていて。そういう関係性もあって、これまで彼もやっていない『ファインアートを服にしよう』という深いやり取りができました。長年コラボレーションを続けているアー・ペー・セーのジャン・トゥイトゥも自家製ケッパーやお弁当を届けてくれたりする仲です(笑)。2022年プレスプリングでコラボしたアクロニウムを手がけるエロルソンも、パリに行くとご飯を食べたりする友人。彼が『レディースもやってみたい』と言っていて、そこから話が発展していきました」
──世界中のあらゆるジャンルの重要人物たちと交友をお持ちで、いつも驚かされます。
「最近は皆に会えなくて寂しいですが、すごく周りに恵まれています。彼らをサカイの『ファミリー』と呼んでいますが、知り合うきっかけは洋服であることがほとんどです。一緒に大坂なおみさんのテニスを観に行ったナオミ・キャンベルもそうですし、ファレル・ウィリアムスも家族やスタッフと5時間くらいショールームにいたりするんですよ(笑)。もともとはエディソン・チャンもサカイの服が好き、ということで声をかけてくれました」
──服がコミュニケーションのきっかけになっているのは素晴らしいです。阿部さんはラブコールにちゃんと応えるんですね。
「1いただいたら、10返したいです。コラボも同じで、相手に良い思いをしてもらいたい、私もしたい。サカイに関わっていただいたら後悔させたくないというか」
──誰に対してもそうやって接していらっしゃるのでしょうか。
「スタッフや工場、生地屋さん、取引先に対してもそうですね。ファッションは正解が読めない世界です。『売れるの?』と思われながら、私は先が見えない道を引っ張っていかなければならない。不安になることもありますが、彼らを裏切りたくあり
ません。『大変だったけど、信じて付いてきてよかった』と思ってもらいたい。決して楽ではない仕事ですが、『ショーが素晴らしかった』とか、『お客さんが喜んでくれている』とか、『売り上げがアップした』といった結果が付いてきたら最高じゃないですか。ただつらいだけ、なんていやじゃないですか?」
──そこまで自分のことを思ってもらえると、皆「サカイに付いていきたい!」という気持ちになりますね。
「それも結局はサカイが良くなることにつながるんです。私にリーダーシップや包容力があるから皆が付いてきてくれるのかなと思っていたのですが、周りに聞くとそうでもないみたいです(笑)。次は何をやってくれるんだろう、と面白がる気持ちのほうが勝っているようです」
どんどん変わり続ける自分自身とサカイの今後が楽しみ
──一歩一歩着実に階段を上られていて、10周年以降はさらにスピードアップされている気がします。
「日々一歩ずつ前に進んでいるだけなのですが、11年に初めて海外のチームでパリコレクション発表を行ったときに一つ景色が変わったのではないかと思っています。カール・テンプラーとはよくスタイリング中に話すのですが、最初の頃は『チトセはどうしていきたいんだ? 何になりたいんだ?』『このまま日本のブランドの一つで終わっていいのか』と言われ続けていました。世界が広がりました。以降キャスティングやヘアメイクなど、サカイの見せ方や女性像の方向性が定まっていったような気がします」
──ご自分に正直に行動されているからなのか、サカイの姿勢はずっとぶれていないように見えます。
「売り上げだけのためにものづくりをする必要がなく、好きなことができているからでしょうか」
22年春夏メンズとプレスプリングウィメンズコレクションはエロルソン・ヒューによるファッションブランド「アクロニウム」とコラボ。サカイのメンズラインは09年からスタートし、メンズとウィメンズコレクションはリンクした内容に。
──ご自身の中で、ビジネスとクリエイティビティのバランスはどのように取られているのでしょうか。
「ファッションはビジネスですから、売り上げのことももちろん考えています。ただ、売り上げを優先させるとうまくいきません。常にクリエションが一番でないといけない。それに『良いもの』は売れます。去年売れたものが今売れるとは限らず、お客様のほうがよく見ていて同じデザインは見抜かれる。だからといって裏切りすぎると皆さん付いてこれない。例えば、去年の6月に発表したプレコレクションは、家にいることが多かった時期なので『裏切り』を少なくしましたが、21-22年秋冬は『外に出たい』という気持ちを打ち出しました。そうして世の中の情勢も見ながらバランスを取っています」
──デザインも経営も手がけられていて、数々のプロジェクトもこなし、日々お忙しいかと思います。自分のための時間はあるのでしょうか。
「昔は夜中まで仕事をしていましたが、本当にスタッフが育ってくれて、だいぶ任せられるようになりました。今は一人一人に自分で考えて仕事を進めてもらうようにしています。そうすると皆も責任感を持つようにもなりました。ですから今は難しいですけど外に出たり、普通に料理をしたり、ネットフリックスを見たりできています。仕事のことは何をしていてもずっと頭にあるので、朝起きて『あっ、あれはああしよう』と思いつくことも多いのですが、別に苦ではなく、生活の一部というか。すごく楽しく毎日を過ごしています(笑)」
──お話を伺っているとポジティブなパワーしか伝わってこないのですが、思い悩んだりされることはないのでしょうか。
「服をデザインするにあたって、『どうしようかな、次』みたいなことはもちろんありますが、会社をどう進めるかについてはあまり悩むことはないですね。『こういうのがやりたい』『ああいうのがやりたい』という思いのほうが強いでしょうか。すごく楽しくやっています。行動に対して結果が出ることが面白いし、売り上げを伸ばすことにもやりがいがあります」
──阿部さんにとって、サカイとはどういう存在なのでしょう。
「サカイの服を着ると、ちょっとパワーが出たり、優しい気持ちになったり、自信がついたりするといいなと思っています。ミュージシャンにとっての歌、作家にとっての本と同じで、服は、私にとって感動を世の中の人に届けられるツール。それを駆使するのが面白いし楽しいです」
──今後についてはどのように考えていらっしゃいますか。
「まだまだやれることはたくさんあるので、これからどんどん変わっていく自分、そしてサカイが楽しみです。そして、今こんなにたくさんのブランドがあるので、その中でユニークな存在でありたいです。そういえば、子どもの頃から皆と同じ服を着るの
がいやでした。そのまま大人になっただけかもしれませんね。
Photos:Motohiko Hasui Hair : Kotaro Makeup:Yuka Washizu Interview&Text:Itoi Kuriyama Edit&Text:Michie Mito