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ライナー・ホルツェマー監督に聞く、映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』の制作秘話

マルジェラによるデザイン画と布見本
マルジェラによるデザイン画と布見本

モード界のゲームチェンジャーとして一世を風靡しながら、姿を隠し自らについて語ることはなかったマルタン・マルジェラ。ファッションの最前線から退いて13年を経て、ついに本人がドキュメンタリー映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』で、出生から若き日の思い出、ファッション界に入りブランドを成功させるまでを語った。その肉声は、思慮深く哲学的で、繊細。時々、ユーモアとアイロニーも滲み出る。本作の取材と撮影を手がけたライナー・ホルツェマー監督に本作の見どころと制作秘話、それからマルタン・マルジェラについて訊いた。

ライナー・ホルツェマー監督 Photo:Fritz Beck
ライナー・ホルツェマー監督 Photo:Fritz Beck

マルタン・マルジェラとはどのような人物なのか

──普段のマルタン本人は、どんな服装でしたか。

「驚くべきことに、シンプルな服装を好むようでした。Tシャツ、ブルージーンズ、セーター、ブーツ、チェック柄のシャツ……。ユニフォームのように奇抜さのない落ち着いた出で立ちで、一見ファッションデザイナーだった人物だとは分からないでしょう。過去に、常にキャップを被っていたそうで『ブランドを辞める日には、シェルフのものやハンガーに掛かっていたものなどあらゆるものをキャップに詰めてオフィスを後にしたよ』と語っていました」

──撮影する中で、マルタンにインスパイアされたことは?

「インスピレーションとなったのは、彼の声。それから発言です。常々、ファッション史についてどのような考えを持っているか尋ねたいと思っていました。そのためには、全面的に参加して作品の一部になってもらわないといけない。『ティザーのグラフィックの扱いによっては、協力しない』と言われていたので、彼が居心地悪くならないようにしないと、と思いドキドキしていました。でも、それは互いを批判するためではなく、いい作品を作るために必要だったこと。彼の半生と哲学を理解して、撮影した素材と情報、ヴィジョンを共有しながら、作品の構成を伝え、信頼関係を育んでいきました。ラフカット版は一言も発さずに鑑賞して、上映が終わるとハグして感謝の言葉を述べてくれました。そしてすぐ、いつものマルタンに戻り、分単位の120項目に及ぶ変更箇所のリストを作り上げたんです。変える必要はないと私は伝え、段階を踏みながら互いに協力して作品を完成させました」

四隅の白いステッチがマルジェラの目印
四隅の白いステッチがマルジェラの目印

初めて自身で作った服。「既にマルジェラっぽい」とは本人の談。
初めて自身で作った服。「既にマルジェラっぽい」とは本人の談。

──マルタンのファッションデザイナーとしての素質を築いたものは、お絵かきや人形遊びなど。その過去を語る姿はどのような様子でしたか。

「当時のドローイングは、彼の想いや夢、一種の現実逃避だったと思います。堅実な家庭だったためか、両親は洋服の絵を描いたり、バービー人形で遊ぶ息子をよく思っていなかったはず。ファッションデザイナーになる願望を口にできなかった過去を語る姿は、エモーショナルで心を動かされました。学校の宿題の傍ら、祖母が縫製で不要になった布の切れ端を拾っては人形に貼り付けていたことからは、洋服への愛情やエネルギー、いかに完璧主義者であるかが見て取れます。古いスケッチブックは、最後のページの半分が白紙のままだったので、思わずなぜか尋ねると、『あまりに深く入り込んでしまい、自分を見失いそうになったからだ。このまま作り続けたら自分を消耗してしまうと思って白い余白のままにしたんだ』と」

──本作の最後に、あなたが投げかけた質問に対する回答は、彼のパーソナリティを見事に表現していました。

「あの質問には、長い間をとって“NO”と答えました。素晴らしい間合いでした。また、マルタンは語るときに手を動かしたり、何か持ったりすることが多く、その所作はとてもエレガントでした。手の撮影がないときは、壁や床に向けて音だけの撮影をしていたのですが、あるとき絵的には何も起きない前提なのに、突然彼が眼鏡を放り込んできたんです。その偶発的な瞬間が、本当に最高で。この二つを合わせたものがラストシーンです。一緒に作り上げたので、彼もとても気に入っているんですよ」

初めて東京に来た際に地下足袋から着想を得て生まれた、マルジェラのアイコンともいえる足袋シューズ。
初めて東京に来た際に地下足袋から着想を得て生まれた、マルジェラのアイコンともいえる足袋シューズ。

『Margiela / Galliera 1989-2009』展の準備中
『Margiela / Galliera 1989-2009』展の準備中

ドキュメンタリーができるまでの道のり

──どのようにドキュメンタリーを撮影する許可を得たのですか。

「運よく、彼はパリでの展覧会を準備中でした。私は展覧会のキュレーターにメールを書き、マルタンへそのメールを回してもらえないかと頼んでみました。でも返信は何カ月も来ませんでした。その後マルタンが信頼を寄せる人たちが、私の『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』を見ていてくれていて、『最高の組み合わせだ』と彼に助言してくれたことから、コンタクトを取ることができました。最初のメールを出してから半年後に来た返信には、『もしまだ映画作りに興味があるのなら、会わないか』と書いてありました。

初めてパリで会ったとき、マルタンは単刀直入に話を始め、それは初めて会ったとは思えないほどでした。そして私が展覧会を撮影して、何らかのものを作ることを了承してくれたんです。そこで翌週から、美術館の地下ですべてのガーメントを使って、撮影準備を始めました。私としてはテスト撮影のつもりで、いったいどこまで踏み込めるだろうかと考えていました。

一方で彼は、ポートレイト・ドキュメンタリーの件については話をしたがってはいませんでした。単に展覧会を誰かに撮ってもらいたかっただけで。それでも、決して希望を捨てずにいました。一旦、一緒に仕事を始めれば、きっと私を信用してくれるはずだ、と。我々が決断する決定事項の一つ一つに、彼に関わってもらうことが極めて重要だと考えていました。そうすれば、打ち解けてくれ、安心もするから。ドキュメンタリーはすばらしいものになると、ずっと映画製作を提案し続けました。するとマルタンは、『自分が話したくなくて、顔も出したくない場合は、どんなことが出来るのか』と尋ね始めたんです。そこで、さまざまなことを話し合い始めて、テスト撮影を開始したんです。撮影中に私がいろいろ質問をすると、彼は答え始めました。そして、これが映画に向けた出発点となり、ついに『イエス』と言ってくれたんです。彼は『ドキュメンタリーを撮ることに同意する』という手書きの小さなメモをくれました。あれには感激しました」

デビューショーのランウェイ。
デビューショーのランウェイ。

2009年春夏コレクション
2009年春夏コレクション

──作中で流れる音楽も、効果的で印象に残っています。

「音楽はベルギーのバンドdEUS(デウス)が手がけています。彼らは、マルタン・マルジェラのファッションショーのランウェイでも音楽も担当していました。ファッションショーでは、デヴィッド・ボウイやローリング・ストーンズなどの既存曲をよく用いて、それをコンピレーションアルバムとしてまとめて使っていました。本作では、これまでの曲をアレンジし、さらに新しい楽曲も提供してくれたんです。彼らの起用は、もちろんマルタンの提案でした」

──マルタンと時間を共にして、彼自身は、何に対してこだわりが強いと感じましたか。

「まず重要なのは、髪の毛でしょう。モデルの顔を髪の毛で覆い、その上に髪の毛を装着したかなり風変わりなスタイリングがあります。これには、子どものときに父親が運営するバーバーショップで多くの時間を過ごしたことが影響しているのかもしれません。人の髪が切られ、床に落ち、溜まったら片付けられていく様子を見て育ったわけです。あとは、プラスティック。彼のクリエイションでは服や靴を包み込んでカバーしたり、パーツの一部として用いたりしていました。この素材が持つ特有な透明感や光の反射の効果をファッションとして有効に、頻繁に使っていました。また、スーパーマーケットのバッグや食べ物のカップなどをファッションアイテムのモチーフに使い、固定概念にとらわれない素材使いやデザインを数多く世に送り出しました。日常生活で身の回りにあるものから、多くのインスピレーションを得ていたと思いますね」

初期マルジェラのアクセサリー代表作の一つのコルクネックレス。
初期マルジェラのアクセサリー代表作の一つのコルクネックレス。

マルジェラ自身によるドローイング
マルジェラ自身によるドローイング

ファッションデザイナーの人生を記録する理由

──次にファッションデザイナーのドキュメンタリーを撮影するなら、誰がいいですか。

「COMME des GARÇONSの川久保玲ですね」

──あなたがファッションデザイナーのドキュメンタリーに魅せられる理由は何でしょうか。

「ファッションは完全にビジュアルの世界で、映画に向いているからです。ファッションデザイナーたちは、それぞれ異なるアーティステイックな世界観を持っていて、彼らの手から生まれる素材や刺繍、洋服のシルエットなどによる美の創造に本当に引き込まれます。さらに才能があるファッションデザイナーたちは、センシティブな感性の持ち主。しかし、彼らが働く世界は経済的なプレッシャーやファッション産業の特有の時間の制約、こなさなくてはなならないコレクションの数に、クリエーション以外に公の場で果たすべき役割も求められるのです。亡くなったアレキサンダー・マックインは、年間6つのコレクションをこなしていたと言います。そんなファッション産業の中で生まれる彼らのストーリーは、美しいデザインが生みだす瞬間と完成したコレクションを世に出す喜びがある一方で、その裏側にはとても壮絶で感情的なドラマがあります。そんな彼らのローラーコースターみたいな日々にフィルムメーカーとして、大変興味を惹かれます」

10番マルジェラ・メン。マルジェラはメンズラインを「コレクション」ではなく「ワードローブ」と呼んだ。
10番マルジェラ・メン。マルジェラはメンズラインを「コレクション」ではなく「ワードローブ」と呼んだ。

マルジェラのアトリエ
マルジェラのアトリエ

──ひとりのパーソナリティを描く上で、大切にしていることは何ですか。

「私を信じてもらうことです。これは最も重要なことで、誰かの映画を撮影するとき、その人と距離が近いところから生活や生き方を見つめて深く知ることが必要です。それは、その人の人生の一部に立ち入ることになります。とてもプライヴェートな世界に入り、その人物のポートレートを描かなくてはならない。そして何よりも、ポジティブな面とネガティブな面、双方を捉えた映画を作りたいと考えています」

──クリエイターとの信頼感を築くための秘訣は?

「誠実さと透明性です。何に興味を持ち、なぜ撮影をしたいのか、どのように描きたいのかを明確にして伝えるようにしています。常に人物を観察しスケッチしながら、一方で自分自身のことについても語り、フィルムメイキングのプロセスを説明して理解してもらうように努めています」

『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』
Martin Margiela: In His Own Words

監督・脚本・撮影/ライナー・ホルツェマー
出演/マルタン・マルジェラ(声のみ)、ジャン=ポール・ゴルチエ、カリーヌ・ロワトフェルド、リドヴィッジ・エデルコート、キャシー・ホリン、オリヴィエ・サイヤールほか
配給・宣伝/アップリンク
9月17日(金)より全国順次公開
渋谷ホワイトシネクイント、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか
© 2019 Reiner Holzemer Film ‒ RTBF ‒ Aminata Productions
https://www.uplink.co.jp/margiela/

Interview & Text:Aika Kawada Edit:Chiho Inoue

Profile

ライナー・ホルツェマーReiner Holzemer ドイツ・ゲミュンデン出身。独立系フィルムメーカーのグループを結成し、文化、歴史、社会的なテーマのドキュメンタリーで共同監督、撮影、編集を担う。83 年に自らの名を冠したプロダクションを設立。日本公開作品は『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』など。 Photo:Fritz Beck

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