中村佑子インタビュー「”母”という言葉をあえて世界に向かって放ちたかった」 | Numero TOKYO
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中村佑子インタビュー「”母”という言葉をあえて世界に向かって放ちたかった」

映画作品『はじまりの記憶 杉本博司』『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』など、映像作家として、繊細な映像表現が高く評価されてきた中村佑子が初めての著書『マザリング 現代の母なる場所』(集英社)を出版した。娘を出産したことをきっかけにスタートした雑誌連載をまとめたものだ。

『マザリング 現代の母なる場所』中村佑子/著(集英社)
『マザリング 現代の母なる場所』中村佑子/著(集英社)
この本は単なる妊娠出産本ではない。中村は自分の妊娠出産から出発、周囲の女性たちに少女期から妊娠、出産、子育て、女性として生きることについてインタビューし、女性とその周囲の人たちの「言葉にならなさ」を綴ってきた。その中でたどりついた「言葉を失った存在」への眼差しや「弱いものに寄り添いたいという気持ち」を「マザリング」という一言に見いだしている。 産む女性、産まない女性、あるいは弱い立場に陥った者として一度は引っかかったことのある小さな棘を丁寧に見つめていく作業はどのようにして始まり、そして、どこへ向かったのか……”母”をめぐる考察について聞いた。

妊娠出産期について、知りたいことの書いてある本がなかった

──そもそも、こうしたテーマの連載(連載時のタイトル「私たちはここにいる」)を始めようというのは、どういったきっかけからですか?

「私は東京生まれ、東京育ちで。都市で生きることが自分にすごく馴染んでいるという実感があったんです。でも、妊娠出産を機に、自分が文明生活から遠く離れた場所で、皆とは疎外され、孤立しているような感覚に陥りました。駅のホームで授乳ケープをして授乳していると、私はどこにいるんだろうと迷子になったような気持ちがして。きっと、この感情は私だけのものではないはず、世のお母さんたちはこの体験をどのように受け止め感じているんだろうという問いが、まず浮かびました。

同時に、母、祖母と曾祖母と脈々と受け継がれてきた女性たちの営為の先にしか、私がここでいま出産している状況が存在しえないということにも感動して。横のつながりとして、現代のお母さんたちはどう感じているんだろうということと、縦のつながりとして、これまでの女性たちは妊娠出産期をどのように振り返っているのかということ。そういう大きなつながりの中に自分を位置づけてみたいと思い、たくさん本を読んでみたんですよね。でも、抱腹絶倒の体験談や保活の苦労話とか、そういった本はたくさんあっても、自分が読みたかった、存在論的な問いに迫ったり、文明と自分、社会と自分といった関係を問いながら母である自分のことを考えたり、女性の身体がどういうものなのかを根本的に追究するものにはなかなか巡り合えなくて。もしかしたら、この領域はまだまだ言語化がなされていないのかもしれない。ならば、自分が母たちの話を聞きながら、考えてみたいと思ったというのが初期衝動でした」

撮影/藤澤由加
撮影/藤澤由加

──『マザリング』は、さまざまな女性たちの妊娠、出産、子育てから少女時代の話、そして、養子を迎える方の話、妻の出産に寄り添った男性の話、病気のお母さまの話と多岐にわたっていきます。このような広がりは最初から想定していましたか?

「当初は、純粋に母親たちの話から聞き取りをしようと思っていました。それも、世に名の通った人ではなく、自分のごく身近にいる母親たちの話から、と思っていたんです。お茶を飲みつつゆっくりリラックスしながら、女性たちと一緒に言葉をさぐり当てるような時間は、とても豊かでした。そういった女性たちの言葉を聞いていくうちに、徐々に、これは「母親」だけに閉じている問いではない、もっと大きな文脈に接続するはずと感じて。少女時代から続く、この社会での女性の生きにくさにについて、論を深めることになりました。

そして、例えば介護職に就いている人や、病の人に付き添う人にとっても、この社会での生きにくさはきっと一緒だろうと思い、取材の対象を拡張していくことになりました。父親や、子どもを産まないと決めている女性、養子を迎えた女性など、回を重ねるごとにインタビューのお相手が生成的に広がっていったのがこの本の一番の特徴ですね。

もう一方で、「言葉」も非常に大きなテーマになりました。妊娠出産期にこれまでたずさえてきた言葉では今の体験を表せなくて、失語症のような状態に陥ったんです。常に言葉で創ったり考えたりするタイプの自分にとっては、本当に衝撃的な体験でした。子どもが成長し社会性を持つにつれ、私も文明のほうに引き戻され言葉を取り戻していったのですが、そのときに、「言葉にならなさ」はもっといろいろな人が抱えている問題なのだと気づいて。言語化がままならない子どもはもちろん、障害を持つ人、精神的な病の人など、言葉にできないという思いを抱え、また社会の方から言葉を奪われている人たちもたくさんいる。社会はこの脆弱性をどのように受け止めるのかと、さらに問いも広がりました」

──未婚の方、子どもを産んでいない方には、手に取るきっかけが難しいタイトルにも感じます。

「「マザリング」と名付けることで遠ざかってしまう人もいるだろうということは、私も意識していました。私自身も母にならないかもしれないと思い、30代前半はお母さんになった人たちに対して引け目を感じたこともありましたので……。でも「マザリング」という言葉には、ケアをする人全般を包括する意味があり、欧米のフェミニズムの文脈では今の社会へのアンチテーゼでもあるということを知り、この言葉を使うことによって逆に、この社会の中で使い古された「母」という言葉や「母性」の意味を壊し、「母が抱く気持ち」というものをもっといろいろな場面で使い倒せる可能性を見出したんです。それで、今回は戦略的に「母」という概念をこの今の世界に放つんだ、投下するんだって思いました」

生きることに傷ついた人のためでもある「マザリング」

──「マザリング(mothering)」という言葉は、オックスフォード現代英英辞典によれば「子どもやその他の人々をケアし守る行為」だと紹介されています。

「「マザリング」という概念は、女性も男性も若い人も老いた人も関係なく、もちろん対象も子どもだけはなくて、誰かが誰かをケアしたいという気持ちや、傷ついた人を守りたいという気持ち、生命が弱まっているものに対して、なんとか息を吹き返させてあげたいと願い、行動することだと捉えています。そういうケアする行為を指して「マザリング」と呼んでしまおう、と。

現代を生きる人にとって、「母」は忌避感のある言葉かもしれないと思うのですが、この本を読んでくれた若い男性や大学生の女性が、傷ついた経験のある人間にとっては響く箇所がものすごくたくさんあったと感想を伝えてくれて、それがすごくうれしくて。

生きることに何かしら傷ついて、あまりにめまぐるしいこの現代社会からどうやって降りて、その後どうやって生きていこうかと悩んだり、一度降りてから社会に復帰するにはどうすれば良いのだろうと思いつめたことのある人には、きっと響くところはあるんじゃないかと思っています。そういう「社会から取り残される」という経験も、母なる経験の一要素としてあって、だからこそ、同じような感覚を持ったことのある人に読んでいただきたいと思うんです。あらゆる人にひらかれた本なので、「母本なんだ」という勘違いを何とか取り除いていくのが本を出した後の今の仕事(笑)。幸い、届くべき読者に、じわじわと届いているような気がしています」

──決して耳触りの良い話だけではなく、多くの女性が経験した少女時代のトラウマのような経験も語られています。でも、その体験を読むことで読者が自分だけでは無かったと思える。

「そう言っていただけるとうれしいです。経験を共有する場所を作りたいという思いも強くありました。定まった価値観について書くんじゃなくて、こういう人がいる、ああいう意見もあると、他者と共有する場。誰かが言葉を探していたらみんなで探すし、思いを共有するなら集まって共有する。そういうコミュニティというか、女性たちが自分たちのことをゆっくりじっくり言葉にしてみようとする場所が少ないという実感もあって。

いろいろな人の言葉を聞いて、本を読んで、考えつづけたい。この本自体が私にとっての考える場所なのかもしれません。ただ共有するだけではなくて、この本を始まりの場所として、これからもさまざまな人の経験に触れ、考えていきたいです」

──ご自身の中で、この執筆を通して変わったなということはありますか?

「この本の最終章で、初めて母の話を詳しく書きました。実は、『あえかなる部屋』を撮ったときも、母の後ろ姿や手元を写したりと、作品の中で母を描いたことがあったんですが、核心には触れられなかった。でも、連載の終わりが見えてくるにつれ、きっと自分の母を書くことになるんだろうなと確信していって。

私の母は、子どもの頃から精神的な病の上がり下がりがあって、ある種社会の犠牲者として、言葉を奪われてきたような歴史があるんですね。この連載の取材を通して、さまざまな言葉を受け取ってきたけれど、自分の母こそ、まさに「マザリング」を象徴するような存在だと気づいたときに、そういう母の歴史に言葉を与えることこそが最終目的地になるのだと自然に思うことができました。そのことが、一番の自分の変化かもしれません。連載完結後には、『サスペンデッド』という、精神的な病を抱える母を持つ子どもの視点を描いたARの映像作品を撮りました。この作品でも、これまでライフワークのように取り組んできた「母」や「病」について表現を深めることができ、作り手としてまた一歩先に進めたのではないかと感じています」

──このインタビューを読んでいる人の周りにいる男性に『マザリング』を手に取ってもらうとしたらどんな糸口が良いでしょうか

「一人の男性が「いろんな世代の女性たちが自分たちの生身の言葉で切実に経験を語っているところがおもしろい」と言ってくれて。「小説を読んだような気持ちになった」とツイッターでもつぶやいてくれたんです。そういう、複数の登場人物たちの物語を読むという気持ちで入ってもらうのが良いかもしれませんね。

女の人がどんな存在なのか、女性とあまりに接点を持たずに育ってきた男性にとっては、謎が多いのかもしれません。学校でも性教育はまったく行き届いていないですし、学びの機会がない。この本を読んで、「妻の不思議が解けました」というような感想を持つ40代、50代の男性も多いんですよね(笑) 。「出産後に妻が荒れて、何だろうと思っていたけど、この本で勉強させてもらいました」って。気づくのが遅い! と思いつつ、でも、遅すぎることはないですからね。子育てだけではなく、介護や、病気療養、怪我といった、あらゆるケアの場面に「マザリング」は応用可能なのだと思います。

「自分たちにはわからない」と思っていた女性たちの内的な言葉が、実はこんなにも豊かで社会を読み解くような大きな意味を持っていたのだということを、知ってほしいです。若い女性が同世代の男性に「これ読んでみて」、と渡してくれたらいいなと思います。 女性の人生にはこういうことが待っているし、私たちはこういう言葉を持ちうるんだということをわかってほしい。そして、「マザリング」を未来へと繋げていってくれたら。そんなことを願っています」

『マザリング 現代の母なる場所』

著者/中村佑子
発行/集英社
詳細はこちらから

Interview & Text:Reiko Nakamura Edit:Sayaka Ito

Profile

Yuko Nakamura中村佑子 1977年、東京都生まれ。映像作家。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。哲学書房にて編集者を経たのち、2005年よりテレビマンユニオンに参加。映画作品に『はじまりの記憶 杉本博司』(2012年)、『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』(2015年)がある。主なテレビ演出作に、「幻の東京計画 ~首都にありえた3つの夢~」(NHK BSプレミアム、2014年)、「地球タクシー レイキャビク編」(NHK BS1、2018年)など。本書『マザリング 現代の母なる場所』(集英社)が初の著書となる。

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