ジェーン・スー&堀井美香のオフライン放談 「それぞれの自己受容」
ポッドキャスト番組『OVER THE SUN』が、疲れた心に効くと評判だ。数々の名言やリスナーとの一体感を生み出すパーソナリティの二人は、いかにして自愛の力を養っているのだろうか。その心得を縦横無尽に語らってもらった。( 『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2021年5月号掲載)
「自己受容」が何%なら自分にとって“いい湯加減”?
ジェーン・スー(以下J)「自分を愛することは、自分を受け入れること。つまり『自己受容』ですよね。今の私は自己受容50%くらいだけど、自分にとってはそれで十分。残り50%は、成長の伸び代や、どうしても拭えない自尊心の低さ、社会が規定する役割を全うできない自分への苛立ちだったりするけれど、私の場合、むしろ自己受容100%は居心地が悪い。50〜70%の範囲だったらOK、ということにしています」
堀井美香(以下H)「私が今の自分に点数をつけるとしたら、100点かな。なぜなら、初めから目標をすごく低く設定しているから」
J「お、その話の入り口いいね。堀井さんが設定する値って?」
H「初めから多くを望んでいないから、いつも今が一番いい状態だと思ってます。だから昨日も今日も一年前も、そのときは幸せ」
J「堀井さんは、ずっとそうだよね」
H「私の目標設定は10年、20年のスパンなんです。目標とする人も10歳、20歳年上。まだ時間があるからきっとなれるだろうと思っていると、焦りも嫉妬もありません。だから、遠くを見ておくと楽ですよ」
J「ダイエットと一緒だよね。直近を目標にすると失敗しやすい」
H「でも、スーさん、自己受容が50%を切ったときはどうするの?」
J「いくつかルールがあって。例えば苦手な人に会わない、欲しくもないのに、自分にはないからと劣等感を持つものに近寄らない、私に低い価値をつけた人たちのSNSを見ない。あとは、おいしいもの食べて、好きな人に会って。今だと推しの写真を見たりしていると、お風呂のお湯が自動で溜まるように自然と50%に回復します。私みたいに深い浴槽に半分だけお湯を溜める半身浴タイプと、堀井さんみたいに浅い浴槽にお湯を満杯に入れる人。どちらも気持ちよく入浴できたら、それでいいと思うんですよ。これが『お風呂メソッド』です」
──自動でお湯が溜まらない人はどうすればいいでしょうか。
J「おすすめは、もやもやしたら文章にして書き出すこと。私はSNSに誰にも見せない鍵アカを持っていて、そこにみっともないことや恥ずかしいことを書き出します。しばらくすると、自分は何に悔しがっていたのか、自虐的になるのはどんなときか、パターンや周期が見えてきて、自分の癖がわかってくる。それさえわかれば、自分の取扱説明書を作ることができます。自分の急所を把握したら、急所を刺激してくる人に寄り付かない、自分でわざわざ急所を突きにいくようなことを避ければいいだけ。急所の克服なんか無理にしなくていいんですよ」
痛みを経験したからこそ例のあの言葉で笑い合える
──ヌメロ読者には20、30代も多いのですが、自分の愛し方を模索中の若い世代にアドバイスをするなら?
J「20、30代で、自分に納得がいかないのは健康的なことだと思います。それは伸び代の現れ。ただ『どうせ自分なんか』と価値を低く見積もっているのなら、どんな手段を使ってでも、それは今すぐやめたほうがいい。もし自尊心もあって、自分にも満足してるなら、まだ余裕があるから、むしろお尻に火をつけるべき。それから、若くて体力があるうちに、できることは全部やっておくといいと思います。番組でも『Mステ理論』として話したんだけど、私が音楽プロモーターだった頃、担当アーティストの『Mステ』出演を勝ち取るため、いや『Mステ』側に『出てください』と言わせるために、できることは全てやれと先輩に言われて。そんなふうにあがいた経験が、私にとってはすごく意味があった。無駄と思えることも、やっておくと経験値になって、まわり回ってプラスになるかもしれません」
H「うちの子はもう社会人なんですけど、仕事上、なんの役に立つのか疑問に感じることもやらなくちゃいけないんですね。たまにLINEが来るんだけど、私からは『その経験がいつかあなたを助けてくれるから』としか言えなくて。でも実際、私たちもそうだったんですよね。私は女子アナという職業で、恵まれていると思われるかもしれないけど、挫折して傷ついて、世間から消えてしまいたいと思ったこともありました。でも、若い時期には誰にでも大小問わずそんな出来事が訪れて、そのたびごとに大泣きしたり、すっ転んだり。だから若い人たちの気持ちはすごくわかる。わかってあげることしかできないけど」
J「困難を避ける方法は私たちにもわからないし、今『やがてあなたの力になる』と言われても、すぐに理解できないだろうけど、私たちもそんな経験をして、今ではあの有名なフレーズ『おちこんだりもしたけれど、私はげんきです』で笑い合えるようになりました。本当にヤバい状況になった人じゃないと、このフレーズで大笑いできないんですよ」
──スーさんと堀井さんは出会って何年になりますか。
J「番組で初めて一緒になったのが8年前ですね。しばらく一緒にいるから、何かあったらお互い目で見てわかるし、夜中に電話することもあります。でも、もともと私たちは価値観がほぼ真逆のタイプなんです。私は社会の固定概念の鎖を外そうとしてきたけど、堀井さんは鎖に縛られててもそんなに苦じゃなかったりして。でも、それはそれで尊重し合っています」
H「『それは間違ってる!』とお互いの意見を正すこともないですね」
J「私たちが共和党と民主党の党首だったら、アメリカの政治がうまく回ったりしてね。お互いに価値観は違っても、生きる姿勢が信用できるから一緒にいられるのかな。ズルはしない。人が嫌がることはしない。与えられた仕事は頑張って結果を出す。諦めが悪いとか。矜持とするものが似ているのかも」
「推し活」とは他者を通して自分を愛すること
──スーさんは、「推し活」にハマっていますが、推しを見つけることも自己受容につながりますか。
J「たぶんそうだと思います。真っすぐに自分を愛せないときは、誰かに愛を投影しているんだと思います。よく『朝、鏡の中の自分を褒めよう』という自己啓発的なアドバイスを目にするけど、そんなんできるか! という私みたいなタイプは、誰かに託すことで自分を愛せるのかもしれない。自分が愛されたいから、推しに『キャー! 好き〜!』と言ってるかもね」
H「スーさんを見てると、私には推しがいなくて寂しい気がしてくる」
J「私だって昨年までは、写真を見ているだけで時間が溶けたり、推しが生きてるだけで幸せを感じたりするなんて思いもしなかったもの。私にもこんな機能が備わっていたのかと、自分で驚いています。推しのSNSに自撮りがアップされただけで、お祭り騒ぎになって、つい堀井さんにSNSのスクショを送りつけたり、自作のLINEスタンプまで作っちゃったりしてるけど」
H「だから最近、私までスーさんの推しが可愛いかもと思えてきました。でも私はスーさんと真逆で、自分から欲望や余計なものがそぎ落とされていく感じがうれしくて。子どもたちが独立して、身の回りを整理したら、本当に必要なものはトランク一つの荷物で十分。モノや情報が整理されると、大事なことや、やるべきことがはっきりしてきて、それが清々しいんです」
J「それが『風の時代』っていうことだよ、堀井さん。ここまでのことをまとめると、自分のトリセツを作る。やれることは全部やってみる。自分を受容できないときは、他者に対するジャッジも厳しくなるから、他者といい関係が築けたり、異なる価値観を受け入れられるときは『セルフラブ』できてる証拠。『セルフラブ』とは『相手ラブ』。自分をうまく愛せないなら、誰かに投影してみるのもいいかもしれません」
Photos:Ayako Masunaga Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Chiho Inoue, Mariko Kimbara