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上田義彦インタビュー「地面に落ちた椿の花と、古い家の記憶から生まれた映画」

日本を代表する写真家のひとりであり、「サントリー」「資生堂」「TOYOTA」など人々の記憶に残る広告を手がけている上田義彦が監督した映画『椿の庭』が完成した。季節ごとに咲き誇る庭の草花や葉山の海を背景に、古民家に暮らす祖母と孫を、日本映画界を代表する女優・富司純子と、『新聞記者』で日本アカデミー賞最優秀女優賞を受賞した沈恩敬(シム・ウンギョン)が演じる。美しい映像美で綴った物語に、上田義彦が込めた想いとは。

取り壊された家の残像と、庭の椿から生まれた物語

──初監督作となった『椿の庭』ですが、この物語を着想したきっかけを教えてください。

「15年ほど前、元麻布のあたりに住んでいたのですが、犬の散歩のために毎日、近所を歩いていました。僕は家の佇まいを見ることが好きで、所々に在った気になる家を眺めながら散歩していたのですが、ある日、その一角を通ると、そこがやけに明るくなっていたのです。覗き込んでみると家が既に取り壊され、更地となった空間にはごろごろとした土塊が転がり、歩道に大きな涼しい影を作ってくれていた大木は無残に伐採され、その切り口を生々しく見せていました。僕はそこに住んでいたであろう人のことは全く知らなかったし、いつもただその家の前を通り過ぎるだけでしたが、その時なぜか不思議に深い喪失感のようなものを感じたのです。ある日突然、住宅が駐車場に変わったなんて光景は、みなさんも時々見たことがあると思います。その頃、僕は和洋折衷の古い家に住んでいました。その庭に咲いた椿の花や、その花が苔むした地面いっぱいに落ちた光景に取り壊された家の残像が重なり合いました。この家も放っておけば、いつか取り壊されるかもしれない。家に戻って、すぐにその思いを書き留めました。それがこの映画の原型になったのです。それから15年の間に、企画を何度も練り直し、葉山で美しい古民家に出会い、この映画が完成しました」

──その喪失感から生まれた物語だったんですね。

「家は小さな宇宙です。そこに住む人の記憶が堆積し、植物や生き物たちの居場所にもなっています。家が失われてしまうと、それらが全て消えてしまう。それまで大事にされていたものが、意味を失ってしまいます。日本の至るところでそんなことは当たり前のように起きていますが、この作品ではそういった喪失感を描きたいと思いました」

「沈恩敬と張震、日本の俳優の共演で、東アジアの豊潤な香りを表現したかった」

──キャスティングについてお伺いします。祖母の「絹子」を富司純子さんにオファーした理由は?

「脚本を書いている間は、自分の母や祖母をイメージしていたのですが、ある時、偶然、着物姿の富司さんをお見かけして、瞬間的にこの映画と結びつき、次第にそのイメージが大きくなりました。知人を介して、富司さんにお時間をいただいて話を聞いていただき、半ば強引に脚本をお渡ししました。富司さんが引き受けてくださらなかったら、この映画は実現しなかったかもしれません」

──沈恩敬(シム・ウンギョン)さんが演じる「渚」は、亡き母の姿を求めて日本にやってきたシアトル育ちの孫娘という役柄です。この設定はどのように?

「当初、渚という役は12、3歳の大人になる前の不安定な存在感を想定していました。ですから、その年齢の少女をキャスティングしようと考えていました。しかし、沈恩敬さんに出会い、まだ、たどたどしかった日本語に彼女の全てを託すように話す姿がとても印象に残りました。渚の持つ、理屈を考える前に行動する“生き物”のような、森の中の小さな美しい野生動物のようなイメージが、沈恩敬さんの持つそれと重なりました。そこで渚の設定を急遽変更することを決意し、彼女にオファーしました」

──台湾の人気俳優、張震(チャン・チェン)さんが、税理士の黄(ファン)を演じていますが。

「彼とは、2010年にサントリー烏龍茶のCMを撮影して以来の友人です。彼にはだいぶ前から、もし僕が映画を作る時はぜひ出演してほしいと伝えていました。だから、この映画で一番最初にオファーしたのは張震さんということになりますね。映像の中での彼の存在感は僕にとって特別なものがありました。彼は、日本語は難しいため自分に務まるのだろうかと心配してくれていましたが、とにかくどうしても出演して欲しかった。言葉の壁を超えて自然に共存している、そんな姿を撮りたかったのです。調べてみると、日本でも実際に中国系の税理士が多く活躍していました」

──沈恩敬さんと張震さんがいることで、葉山の海がその先までずっと続くような広がりを感じました。

「そうですね。僕は当初から、“東アジアの映画”を撮りたいと考えていました。日本、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナム……、アジアには欧米とは異なる、匂い立つような独特の湿度や香りがあります。それを表現するためには、どうしても張震さんが必要でした。彼に出会ったとき、なんて白い半袖の開襟シャツが似合う人だろうと思いました。日本にも当然似合う人はいるのですが、彼の後ろ姿にアジアの男の湿潤な匂いを感じました。この作品には、台湾の張震さん、韓国の沈恩敬さん、日本の富司純子さんたちの香りが入り混じり、アジアのもつ豊潤な空気を表現できたのではないかと思っています」

──サントリー烏龍茶のお話が出ましたが、渚の叔母「陶子」を演じる鈴木京香さんとは、以前、資生堂のCMでご一緒だったとか

「鈴木京香さんとは、いつか映画という場で、ご一緒できたらと思っていました。彼女を見ていると、たおやかな日本の風景が浮かんできます。それは都市でも無く田舎の風景でも無い、何か原風景を想起させるようなものです。それは柔らかな霞が谷をたなびく悠々と清々とした姿に似ています。いつの頃からか陶子のイメージは鈴木京香さんの姿と重なっていきました。彼女のもつ外面の美しさと内面の強さとやさしさは、まさに陶子のイメージそのものなのです」

「ある出来事のあとの、宙に浮いてしまった想いを撮りたかった」

──スタッフには、葛西薫さん、中川敏郎さん、伊藤佐智子さんなど、サントリーや資生堂のCMでご一緒だった方が多く参加されています。

「この作品は、映画だからということではなく、自分がこれまでやってきたことの延長線上にあると思っています。2時間強あるので、映画と呼ばざるを得ないのですが、映像であることはCMも同じです。これまでに出会った方が多く参加していただいたこともあり、いつもと変わりなくリラックスして撮ることができました。15秒や30秒というCMでもそうだったのですが、今回も時間が足りないと思ってしまいました。あるシーンの後の、誰かの想いが宙に浮き、それが漂う、そして余韻、そういうものを撮りたいと思うものですから、どんどん時間が足りなくなってしまう。本当は3時間くらいの映画にしたかったのですが(笑)」

──映画を見ながら、渚や絹子と同じ時間を共有したという感覚があり、実際には行ったことがないあの家が、とても愛おしく感じました。それは、その余韻を感じたからなのかもしれません。

「写真を例にすると、写真を撮る人が、その瞬間に経験した状況や時間は、その写真を見る人も同じように経験するのです。撮る人間の思考や感情は全て写真の中にあって、写真を見る人は、1枚の写真から全てを読み取ることができます。映画でも同じことが起こるのでしょうね。僕の映画も、僕というある一人の視線で撮影していますから、観客がその視線を共有することによって、僕と同じ経験をするのだと思います」

──『椿の庭』では、庭の樹木や、家、人などの移り変わりが描かれています。今の時代、コロナ禍もあり、さまざまなことが目まぐるしく変化していますが、この時代をどう捉えていますか。

「僕は今年で64歳になります。還暦になったとき、またゼロに向かうつもりで、これまでやりたかったのに着手できなかったことを始めました。そのひとつが映画です。この2、3年はそうやって過ごしてきたのですが、その中でコロナ禍となりました。その影響は大きく、やはりコロナ以前とは、同じ感覚で世界を見ることはできなくなりました。でも、不思議ですよね。人間は生死が危ぶまれ、移動も制限されるのに、その辺を歩いている猫や空を飛ぶ鳥にとっては、以前と何も変わっていません。人間だけが変化を強いられるというのは、どういうことなのだろう。壊された家の記憶がこの映画に影響したように、今の経験も、これからの作品に確実に影響はあるだろうと思っています」

『椿の庭』

海を見下ろす坂の上の古民家で、絹子(富司純子)の夫の四十九日法要が行われた。東京から参列した娘の陶子(鈴木京香)は、姉の娘の渚(沈恩敬)と二人きりで住んでいることが心配になり、マンションで一緒に暮らそうと勧めるが、絹子は思い出深い家を離れるつもりはないと断る。しかし、相続税の関係で税理士(張震)から家を手放すことを求められていた。季節が移り変わり、絹子や渚に決断のときが迫る……。

監督・脚本・撮影/上田義彦
出演/富司純子、沈恩敬(シム・ウンギョン)/田辺誠一、清水綋治/内田純子、北浦愛、三浦透子、宇野祥平、松澤匠、不破万作/張震(チャン・チェン)(特別出演)/鈴木京香
音楽/中川敏郎
4月9日(金)よりシネスイッチ銀座ほか、全国順次公開
URL/bitters.co.jp/tsubaki
配給/ビターズ・エンド
©️2020“A Garden of Camellias” Film Partners

Photos:Masakazu Kouga Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Saki Shibata

Profile

上田義彦Yoshihiko Ueda 1957年生まれ、兵庫県出身。写真家、多摩美術大学教授。福田匡伸・有田泰而に師事。1982年に写真家として独立。以来秀徹した自身の美学のもと、さまざまな被写体に向き合う。ポートレイト、静物、風景、建築、パフォーマンスなど、カテゴリーを超越した作品は国内外で高い評価を受ける。またエディトリアルワークをきっかけに、「サントリー」「資生堂」「TOYOTA」などの広告写真やコマーシャルフィルムなどを数多く手掛ける。

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