稲垣吾郎・二階堂ふみインタビュー「狂気と幻想の『ばるぼら』の世界を生きる」
1973〜74年に発表された、手塚治虫の異色の名作『ばるぼら』。耽美派の小説家として成功しながら、異常性欲と創作の苦悩に苛まれていた美倉洋介は、ある日、自堕落な生活を送るフーテンの少女・ばるぼらに出会う。幻想的なストーリーを、美しくファンタジックな映像で実写化したのは、映画『白痴』などを手掛けた手塚眞。そんな狂気と魅惑の世界に挑んだ、稲垣吾郎と二階堂ふみは、どんな想いでこの作品に挑んだのだろか。二人に話を聞いた。
憧れの手塚眞、クリストファー・ドイルとの夢の時間
──今作は手塚眞監督がメガホンをとり、撮影はクリストファー・ドイルさんが手掛けました。お二人の印象はいかがでしたか。 稲垣吾郎(以下稲垣)「ちょうどオファーをいただいたとき、環境が変わり、新しいスタートを切ったときで、新しい自分を見せるにはぴったりの作品だと思いましたし、それに、20代の頃、手塚眞監督の『白痴』(99年)を見て、すごく衝撃を受けたんです。クリストファー・ドイルさんが手掛けた映画も大好きで、写真集も持っていて。お二人ともずっと僕が憧れていて、いつか一緒にお仕事ができたらと思っていたので、断る理由はありませんでした。撮影の合間に、映画や音楽のお話しもたくさんさせてもらって、ドイルさんには、写真集に直筆のサインもいただいて。僕にとって本当に夢のような時間でした」 二階堂ふみ(以下二階堂)「監督はとても穏やかな方でした。今作は、監督のお父様である手塚治虫さんの原作ということで、撮影の合間にお父様のお話しもしてくださったんです。それに監督のパートナーである漫画家の岡野玲子さんも、撮影現場に来てくださって。お二人ともずっと笑顔だったのが印象的でした。クリストファー・ドイルさんは、いつもポジティブで陽気なんですが、繊細な部分もあって、周囲にもいろいろと気を遣ってくださいました」──演じる上で、原作漫画の『ばるぼら』は意識されましたか?
二階堂「原作は以前、読んだことがあったんですが、ばるぼらは、男性芸術家のミューズというか、ある意味で願望の象徴のような存在。それを完全に理解できたかというと、迷いもあって、まな板の鯉のような状態で演じたところもありました」
稲垣「撮影の最初の頃、二階堂さんが迷っているという話を聞いて、すごく意外でした。すごく、原作のばるぼらの雰囲気があったから。でも、むしろその迷いがあったから、幻想的で魅力的な人物像になったのかもしれないですね」
二階堂「もしかしたら、自分の感情を役に入れ込んだら、演じるのが難しかったかもしれません」
「『ばるぼら』が発表された1973年に、僕が生まれたんです」(稲垣)
稲垣「僕も、この美倉という人物に完全に共感するのは難しかったですね。ただ、彼は小説家として求められるものと、自分のやりたいこととの狭間で悩んでいました。もしかしたら手塚先生ご自身のことも表現されているのかもしれませんけれど、この主人公のそういう思いは、理解するところもあって。僕も何十年とこの仕事をしてきて、ずっとエンターテインメント性を意識して活動してきたし、グループだった頃はキャラクターを演じる部分もあって、それと自分自身との戦いもあったんです。でも、それがあるからこそ今の自分なのですごく感謝してるんですけど、その悩みはわからなくはない。まあ、異常性欲っていうのは理解できないけど、突然、ミューズが現れて、自分を変えてくれたらという願望はあるかもしれないです」
二階堂「心の中に欲望や願望があっても、社会生活を送るために抑制しますけど、それを解放した美倉に憧れる人もいるだろうなとは思います。70年代という時代だったからこそ、生まれた物語なのかもしれませんね」
稲垣「今の時代だったらどうだったろう」
二階堂「70年代はいろんな価値観が混在していていましたよね。カオスだったけれど、今よりも自由だったかもしれないなと」
稲垣「原作の『ばるぼら』が発表された73年は、僕が生まれた年なんですよ」
二階堂「そうだったんですね!」
稲垣「1973年12月生まれです。この作品が、当時の少年漫画誌に連載されていたっていうことも、今、考えるとすごいですよね。あと原作の美倉が男性の権威主義的なところがあるんだけど、それは今回、手塚眞監督が手掛けて僕が演じたことで、マイルドになったかもしれない。美倉はばるぼらに翻弄されるけれど、ぞんざいに扱っているところもあって。それが今回の映画では、2人の立場がより対等になって、ラブストーリーの側面が強くなった気がします。監督はこの作品を愛の物語にしたいんだって、ずっとおっしゃってました」
「普通の大衆居酒屋で、当たり前のように寛ぐ稲垣さんに助けられました」(二階堂)
──撮影中は美倉とばるぼらのシーンが多かったと思うんですが、お互いに助けられたことはありましたか。
稲垣「やっぱり、二階堂さんがばるぼらを生きてくれたことに一番助けられました。月が月に見えるのはすごく大切なことで、僕はその幻影を追いかけながら演じることができました。さきほど、二階堂さんは迷いながら演じていたとおっしゃっていましたけど、それは僕も、きっと手塚監督もクリストファー・ドイルさんもみんなそうだったかもしれません。その中で、最後まで走り抜くことができたのは、ばるぼらの存在がそこにあったからだと思います」
二階堂「私は最初、稲垣さんは偉大なグループにいた、雲の上の存在という意識があったんです。それは周囲が勝手にそう思ってるだけなのかもしれないですけど、現場には自然体の稲垣さんがいて。クランクアップ後の打ち上げは、新宿に古くからある大衆居酒屋で行われたんですけど、特に個室があるわけでもなく、普通のお座敷だったんです。そこで当たり前のように稲垣さんが寛いでらして、クリストファー・ドイルさんのマシンガントークをふむふむと聞いてらっしゃる姿を見て、とても素敵な方だな、と思いました」
稲垣「考えてみたら、二階堂さんが生まれる前から僕はグループで活動していたんですよね。そんな人から急に“美倉です”と言われても戸惑いますよね」
二階堂「稲垣さんは、私の先入観を全部取り払って、美倉として存在してくださったので、本当にありがたくて」
稲垣「それならよかった(笑) 僕も二階堂さんの存在感が印象的だった瞬間がありました。クラブで、エキストラの方も交えて踊るシーンがあるんだけど、二階堂さんは、その場にすっと馴染むんですよ。家にいつく猫のように。ばるぼらという役を纏っていたからなのかもしれないけれど、その佇まいが素晴らしいと思いました。あと、二階堂さんと撮影の合間に雑談しているとき、ふとボーイズラブの役をおすすめされたんです。『私が企画するので、ぜひやりましょう』と。それまで緊張で張り詰めていたから、肩の力が抜けました」
二階堂「すみません。私が見たいんです、というお話をしました(笑)」
──最後に、美倉にとってのばるぼらのように、ご自身がインスパイアされる存在は?
稲垣「ひとつに限らず、映画や小説、音楽、いろんなものに触発されます。ワインもそのひとつです。1本に歴史や造り手などたくさんのことが詰まっています。あとは、花も。週に1回、自分で活けているんです。コロナの自粛期間中に、94年頃に使っていたフィルムカメラが出てきたんです。僕はロバート・メイプルソープが好きなんですけど、そのフィルムカメラを使って、花の写真を撮ることにハマっています。インスパイアというと大袈裟かもしれないけれど、そうやって自分の好きなものに囲まれて生きています」
二階堂「私は動物です。一緒に暮らしている彼らもそうだし、お馬さんとか全ての動物がインスピレーションソースです」
稲垣「どこに行ったら会えるの?」
二階堂「乗馬クラブでも会えますが、北海道に野生の馬が生息している地域があって、いつか会いにいきたいと思っています。それから日本は、動物愛護や動物福祉が立ち遅れていて、それをポジティブに変えていきたいという気持ちがあって。発言だけじゃなくて、自分の活動とつなげながら、実際に行動できたらと思っています。表現はまた違うフィールドだと思われるかもしれないけれど、彼らに教えられることがたくさんあるんです。人間以外の動物を無視して生きて行きたくないので、彼らの現状を少しでも改善していきたいです」
『ばるぼら』
小説家の美倉洋介は、新宿駅の片隅でホームレスのような酔払った少女・ばるぼらに出会い、思わず家に連れて帰る。大酒飲みでだらしないばるぼらに、美倉は奇妙な魅力を感じ手元に置くことに。すると、不思議なことに、新たな小説への意欲が湧き上がってきた。一方で、美倉は異常性欲により常に幻想に苛まれていた。ばるぼらは、そこから美倉を救い出すのだが、現実か幻想か曖昧なばるぼらに、美倉は翻弄され混乱していく。そして、次第に狂気の世界に堕ちてゆくのだった。
監督・編集/手塚眞
撮影監督/クリストファー・ドイル・蔡高比
出演/稲垣吾郎、二階堂ふみ/渋川清彦、石橋静河、美波、大谷亮介、片山萌美、ISSAY/渡辺えり
原作/手塚治虫
脚本/黒澤久子
©️2019『ばるぼら』製作委員会
R15+
全国公開中
衣装(稲垣吾郎):ジャケット ¥300,000 シャツ ¥180,000 ベルト 参考商品 パンツ ¥60,000 ブーツ ¥135,000/すベてSaint Laurent by Anthony Vaccarello(サンローラン クライアントサービス 0120-95-2746)
(二階堂ふみ):ジャケット¥56,000 パンツ¥39,000/ともにLokitho(アルピニスム 03-6416-8845) ブーツ¥17,800/Yello(03-6804-8415)その他スタイリスト私物
Photos: Hiroki Sugiura(foto)Hair&Make: Junko Kaneda(Goro Inagaki), Mariko Adachi(Fumi Nikaido)Styling: Ayano Kurosawa(Goro Inagaki), Eri Takayama(Fumi Nikaido)Interview & Text: Miho Matsuda Edit: Yukiko Shinto