黒人文化の現在とこれから。「KYOTOGRAPHIE」出展写真家オマー・ヴィクター・ディオプにインタビュー
京都で開催される国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2020」。今年は新型コロナウイルスにより9月に会期変更となったが、奇しくもBLM(ブラック・ライブス・マター/黒人の命は大切)のムーブメントが発生した。出展写真家の一人、オマー・ヴィクター・ディオプが今の心境や作品について語る。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年10月号掲載)
アフリカ大陸から発信される黒人文化の新たなかたち
アフリカ大陸の最西端、セネガルのダカールを拠点に写真家として世界的に活躍するオマー・ヴィクター・ディオプ。「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2020」での展覧会に先立ち、話を聞いた。 ──本来であれば春に予定されていた展覧会ですが、新型コロナウイルスの影響により9月に延期されました。いまセネガルの状況はいかがですか? 「人口も1500万人ほどの規模で、国境も早い段階で閉鎖されたので、幸いそれほど影響は出ていません。変化といえば、自分が旅行できないことくらいかな。ソーシャルディスタンシングに関しても、僕はいつも家で作業することがほとんどだから、普段とあまり変わりないです」──今回の「KYOTOGRAPHIE」では2つの展示をされますが、まずアフリカ出身の偉人に扮したセルフポートレイトのシリーズ「Diaspora」について教えてください。
「黒人の歴史を特に若い世代の人々に知ってもらいたい、という意図を込めた作品です。どれも実在する肖像画や写真に基づいて作られていますが、単にオリジナルの作品を複製するのでなく、サッカーの要素を取り入れることで、関心を持ってもらうきっかけとしています。彼らはさまざまな分野で成功しているのですが、みんな肌が黒いというだけで人種差別の問題にも直面しているのです。サッカー選手たちもしかり」
──ご自身がモデルとなった作品はこのシリーズが初めてだそうですが、自分自身が投影されたセルフポートレイトという要素はあるのでしょうか?
「制作過程では自分も同じような疑問を持ち、これは『洗練された類のセルフィなのか?』とも考えました。でも、それは違うな、と今は思います。展覧会で作品を前に対話をしているとき、見ている人が写真を指してYouでなくTheyと言ったのを聞いて、自分の意図が伝わったのだな、と感じました。作品に写っているのは僕自身ではないのです」
──セルフポートレイトを題材とする写真家としてはシンディ・シャーマンも有名ですが、彼女の作品から影響を受けたということはありますか?
「制作段階では彼女のことを知らなかったのですが、展覧会などで比較されるようになり、作品について知りました。彼女が僕についてツイートしたのも見たことがあります。尊敬すべき写真家ですが、アプローチは違うと思っています。彼女の作品はどれも女優が素晴らしい演技をしているかのように見えるのですが、自分は作品の中ではピルグリム(巡礼者)というか、それぞれの偉人の子孫のような役割だと感じているのです。もしも僕が彼らと同じ時代に生まれていたとしたら、彼らと全く同じ人生を歩んでいた可能性があるからです」
──シリーズで取り上げられた偉人の一人で奴隷解放に尽力したフレデリック・ダグラス。NY北部に設置されていた彼の彫像がこの7月、何者かによって破壊されるという事件がありました。今年5月末、アメリカの黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警官に殺害された事件に端を発し、BLM(ブラック・ライブズ・マター/黒人の命は大切)運動はいま、世界中で大きな広がりを見せながら、一方で白人至上主義者の反発も見られます。アフリカ在住の黒人アーティストとして、この状況をどのように見ていますか?
「コロナウイルスの影響で多くの街がロックダウンしていたタイミングにも重なったので、BLMのマーチが、その反動的な行動、単に自己満足的なコーチェラみたいなことで終わらないのを願っています。この問題は黒人にとっては生と死、そして正義に関わること。いま全世界で起こっているマーチは社会的なストラクチャーを変えていくための始まりにすぎないからです。各々の文化やアイデンティティを大切にするのは良いことだけど、他者へのリスペクトも忘れちゃいけない。世界で多様なバックグラウンドを持つ人々がこの問題に関心を持ち、これまで見過ごされてきたコミュニティに投資をしたり、アートを作ったりしているのはとても良いこと。BLMは自分自身いつもフォーカスしてきたテーマで、特に『Liberty』のシリーズはこの流れに直結しています。BLMの発端ともなった事件、2012年フロリダで殺害されたトレイボン・マーティンさんに捧げた作品も含まれています」
──京都の出町枡形商店街の人々を撮影した「MASUMAS UMASUGATA」についてはどうですか?
「その土地や文化について知るのに、写真はとても良い手段。このシリーズを撮影したことで京都のスピリットに触れることができたような気がしています。セネガルと日本の共通点は和を大切にするところ。人の話をきちんと聞いて、他者へのリスペクトがある。自由を優先して尊重するアメリカなどとは違うな、とも感じました」
──6人兄妹の末っ子として大家族で育ったそうですね。子どもの頃の夢は?
「僕が生まれた頃はセネガルで6人くらい子どもがいるのは普通。今は少子化しているけどね。子どもの頃は庭師になりたかったけど、父が金融の専門家で自分も同じ分野に進みました。趣味で始めた写真がコンテストで入選し、最初は掛け持ちしていたけど、だんだん写真が忙しくなって」
──尊敬する写真家はいましたか?
「ジャン=ポール・グードですね。僕が初めて『パリ・フォト』に出品し、彼が見に来てくれたときは感激しました。『他の誰にも似ていない作品だね』と褒めていただきました」
──遊び心があり、グラフィックな作風はグードとも共通点がありますね。
「ウィットを利かせているところ、シリアスになりすぎないところも、たぶん」
──現在はどんなプロジェクトを手がけていますか?
「環境問題に関連したテーマ。どうしたらアフリカやブラックカルチャーにおいてこの問題を顕在化できるかについてリサーチしているところです。黒人差別の問題でみんな忙しいかもしれないけど、地球温暖化も待ってはくれないからね」
──短期間に夢を叶えてしまったようでもありますが、いま夢はありますか?
「単に楽しいから写真を撮り始めただけで、夢だと思ったことはないですね。今度NYにいるモデルをiPhoneを使い、Zoomでファッション撮影をするんだ。今はみんな世界を移動できないから、セネガルにいる僕みたいな写真家にも声がかかったってわけ。クレイジーな世の中だよね(笑)。夢っていえば、世界中に散らばっている友達に会うこと。早くみんなに会いたいな」
KYOTOGRAPHIE
京都国際写真祭 2020
国内外作家の貴重な写真作品や写真コレクションが集う国内最大規模の写真フェスティバル「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」。寺社や指定文化財など、趣ある十数会場で展覧会を開催。2013年より始まり第8回となる今年のテーマは「VISION」。セネガル出身のオマーは「出町桝形商店街」で働く店主たちをポートレートに収めた作品のほか、欧米で活躍したアフリカ出身の歴史上の偉人らと自らを重ねたセルフポートレート「Diaspora」シリーズを日本で初めて発表する。
会期/2020年9月19日(土)〜10月18日(日)
会場/京都市内各所にて開催
https://www.kyotographie.jp/
Interview & Text :Akiko Ichikawa Edit:Michie Mito