元モデルでフォトグラファーの奇妙な”ホームレス”生活
一流ブランドのランウェイに登場するなどモデルとして活躍し、華やかな生活を送っていたマーク・レイ(Mark Reay)。その後、彼が俳優、写真家の活動をしながらホームレスという生き方を選んだ理由とは?
若かりし頃はモデルとして「ジャンニ ヴェルサーチ(Gianni Versace)」「ミッソーニ(Missoni)」などのランウェイを歩き、仏版「ヴォーグ(Vogue)」に登場したこともある。そんな華々しい生活を送っていたはずのマーク・レイ。その後俳優、写真家へと転身するも、過酷な現実が待っていた。ギリギリの生活費しか稼げなくなった彼が選択したのは、NYのアパートの屋上でのホームレス生活だった。約6年に及んだその危険で奇妙な生活を、3年かけて追ったドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』が公開。ユーモアあふれる彼ならではの珍回答!?の詰まったインタビューをお届けする。
現在の暮らしぶりは?
──映画公開後人生はどう変わりましたか? セレブ生活を満喫していらっしゃるのでは?
「それがね、そういう風になればうれしい話だけれども……。映画でも登場しているあのジムではもちろんセレブ扱いだよ(笑)。公開して変化したことといえば、アパートのカギを替えられてしまって、本当に入れなくなったことだね」
──映画公開がきっかけで本当に替えられてしまったのですか?
「自分の顔写真にバツ印がついたものが貼られていたんだ。というのは冗談だけれど(笑)、まぁこの作品がもたらしてくれた大きな報酬に比べれば、些細なこと。報酬というのは必ずしも経済的なことではなく、クリエイティブという意味での満足感は間違いなく得られたし、僕にとってはそれが本当に大切なんだよ。劇中でも語ったけれど、人生の中でたくさんの冒険を経験したけれども、達成できたことというのが本当に少なくて。この映画は自分の人生において達成できたことの一つなんだ」
──では現在はどのような生活を? ファッション・ウィークでの撮影も続けていらっしゃいますか?
「今はニューヨークにアパートを借りて住んでいるけれど、ファッション・ウィークの撮影はしていないんだ。これまで400くらいのファッションショーは撮影したし、経験は十分したから次に進もうと思ってね。もっとお金になる写真の仕事をやっているよ(笑)。役者のポートレートが主に多いね。それから役者としてももちろん活動していて、今もエージェンシーを探しているところなんだ。『Numéro TOKYO』はコレクションを取材しているの? 君たちからのオファーならぜひやるけれどね(笑)!」
自らの生活をネタに映画監督に売り込み!?
──自らの経験を、映画を通して世間にさらけ出すことへの抵抗はなかったのでしょうか?
「もともと自分のことをストーリーテラーだと思っていたんだ。友人になにか話して聞かせるとき、手紙で伝えるときなど、ストーリーとして表現することが好きというか得意だったというか。周りからもそうだと言われていた。また、役者でもあり、写真家でもあるので、作品を通して人に何かを伝えるという意識は強いと思う。屋上での生活が始まって数カ月後には『あ! 今体験していることがアーティスティックな表現として、何かいいストーリーになるんじゃないか』って感じていたんだ。テイラー・スウィフトが、付き合ったダメな元カレのことを歌うのにちょっと近いかな。その自らの経験をネタに映画を作ったというのは」
──なるほど。そんな生活を続けていた頃に監督のトーマス・ヴィルテンゾーンと再会したのですね。
「トーマスとは、モデル仲間として若い時にお互い切磋琢磨し合った仲なんだけど、久しぶりにニューヨークで再会して近況を話す中で、『実はね』と自分の生活について打ち明けたんだ。トーマスは映画監督志望だったけれど、これまで長編映画は作ったことがなかった。彼は映像にするストーリーを探していて、そのネタを僕が持っていた。『じゃあやろうか!』ってすぐに話が決まった。映画監督としてはまだ経歴はないけれど、彼を友人として信頼していたから。ただ最初は2週間くらいしかきっと続かないだろうと思っていたのに、結果的に取材は150週も続いたんだ」
──劇中で「緊張」という言葉がよく出てきましたが、常に緊張している状態を逆に楽しんでいたということですか?
「それはあの屋上生活が見つからなかったから言えることでね。ただ、自分の感じていた緊張感とか恐怖は、実際に高い家賃を払うとか、ローンを払わなければいけないというほどのレベルのものではなかったと思う。特に2008年ごろなんて、リーマンショックでね。経済危機の真っ只中で、失業して家賃を払えなくなったら生きていけるのかって不安を抱えている人が本当に多かったから。僕はホームレス生活をオルタナティブなライフスタイルだと思っていたし、経済的な重荷がなく、ある種解放された、そして自分の好きなものを好きに追いかけられる生活を楽しんでいた側面もあった。いわゆる体制だったり、また社会のシステムっていうものに歯向かうというか、一枚上手を行くみたいな、そういうスリル感も少しはあったし」
華々しいファッション業界の魅力
──若いころはモデルとしてのキャリアを積んできた中で、他の職業ではなく、なぜフォトグラファーにキャリアシフトしようと思ったのですか?
「ファッション雑誌を見るだけではなく、実際にファッションビジネスに身を置いていた自分が、写真を始めるまでこんなに時間がかかったことのほうが不思議ではあるんだ。つまりごく自然な流れとして写真の世界に導かれていったんだ」
──リオ・デジャネイロで写真を学んだんですよね。
「当時住んでいたチェルシーのアパートが開発のために立ち退かされ、ヴァカンスも兼ねてリオに行った。写真を始めたころ、あまりにも腕が悪かったので、向上心もあって、写真を勉強しようという思いもあった。そのレッスンを取ったのが2003年。初めて撮った写真を見たときのスリルは今でも忘れないよ。フェルメールの絵画に近いような。まぁフェルメールの作品の美しさの1000分の1くらいではあったんだけれども、それでも忘れがたいものだったんだ」
──ファッション業界に身を置いてきたあなたにとって、この業界の光と闇についてどう感じていますか? 華々しくスポットライトを浴びる人がいる半面、地道な作業に追われる人々がいます。
「これは僕がよく口にすることなんだけれど、僕の選んだ、モデル、フォトグラファー、俳優という3つの職業は、成功するのがほぼ不可能、あるいは成功率が非常に低いものばかり。それでもまだこのキャリアを追いかけたいという情熱をもっているということは否めないんだ」
──写真や演技の世界へのこだわりがあるように、ニューヨークという街にもこだわりがあるのでしょうか。もしかしたら郊外でなら屋上ではない生活が送れたのでは?
「まぁニューヨークに対する僕の愛というのはもちろん否定できない。ニューヨークの街はすごく居心地がよくて、ここに住み続けていたいという気持ちには自信がある。それに自分が学んできた、役者としてそして写真家としての仕事は大都市にいないと成立しないしね」
──では最後にマークさんにとっての成功とは? そして理想の生活とはなんでしょうか?
「まず、充足を感じられるような仕事を通して非常に居心地の良い生活ができること。そして自分にとって重要な女性がそばにいること。屋上での生活を経験している僕には、理想な生活というもののハードルはすごく低いんです。ただ女性に関してのハードルは高いんだよね。常に美しい人々を対象に仕事をするフォトグラファーだからね」
Photos:Mark Reay
Interview &Text:Etsuko Soeda
Edit:Masumi Sasaki
Profile
クラウドファンディングによるマーク・レイ 日本就職活動支援実施中 motion-gallery.net/projects/hommeless