People / Interview

中村獅童&息子・陽喜くん「家族の伝統を大切に、犬や猫と暮らす賑やかな日々」

愛情によって結びついている家族。動物たちを家族の一員として迎え入れることで得たスペシャルなものとは?写真家、篠山紀信が捉えたポートレートとインタビュー。(「ヌメロ・トウキョウ」7・8月合併号掲載)

──お子さんの陽喜くんはいくつ?

「いま、1歳4カ月。動き回るので目が離せないです。自分をすごくアピールして、一生懸命何かをしゃべったり。意思疎通ができるようになってうれしいですね。歌舞伎の映像を見るのが大好き。僕が海外などで買いためた服を着て歩くようになりました」

──可愛い年頃ですね。いつからペットを飼っていますか。

「わが家は実は猫派で、僕が幼稚園のときに拾ってきて、飼ったのが始まり。僕はなんと、その猫に鴈治郎という名を付けました(笑)。決して鴈治郎のおじさんに似ていたわけではなく、なんとなく耳に残っていた名前を付けたみたい。今は三代目の猫チーちゃんがいて、もう16〜17年一緒に暮らしています。僕がベッドに入ると必ず潜り込んできて、毎晩一緒に寝ています。昨日、犬たちが妻の実家から帰ってきてからは2階の奥に隠れちゃって出てこない。警戒心が強いので」

──犬もいるんですよね?

「エル(柴)とプーちゃん(トイプードル)ね。鎌倉に住んでいた頃、母と結婚前の妻と一緒に買い物に行き、そこで出合って一目惚れ。ちょうど勘三郎兄さんが亡くなって、母も僕もずっとショックを受けていた頃。だからというわけじゃないけど、たまたま出合ったのがエルです。『この子、可愛いね』『飼おうか?』と、その場で即決。エルの名は、父と母が飼っていた初代コッカースパニエルからいただきました、エルヴィス・プレスリーに由来しているんです。両親は結婚して10年以上子どもができず、ようやく僕が生まれたところで、初代エルが亡くなった。父と母は彼が役目を終えたように思えて、悲しさからしばらく犬を飼わなかったそうです。プーちゃんはエルと出合った同じ場所で、またすごく可愛い犬を見つけちゃって! その子だけスポットライトが当たって見えたんです(笑)。妻はもう1匹飼う自信はないと言っていたけど、『大丈夫だよ!』と、その場で家族になりました」

──ご家族が増えて、生活は変化しましたか。

「やはり家が賑やかになりますよね。陽喜は動物がすごく好きで、ペットと一緒の生活を喜んでいます。エルやプーちゃんとも大の仲良し。チーちゃんは猫らしく、初めのうちは陽喜にちょっと嫉妬しましたね。陽喜と僕がベッドで一緒に遊んでいると、チーちゃんが、ここは私の指定席よ! と、僕の胸の上に乗っかってくる。だけど、陽喜を攻撃するわけでなし、陽喜にいじられても動じない。今はうまくやっています」

──動物たちにとって、家でのヒエラルキーは誰が一番上でしょう?

「妻はお世話してくれる一番身近な人だろうけど、主人は僕だとわかっているみたい。今回の撮影でも僕がリードを持った途端、エルもプーちゃんもおとなしくなりましたしね。実は、犬たちが帰ってきたのは数カ月ぶりなんです。陽喜が生まれて、僕も公演が続いていたため、妻の実家に預かってもらっていたんです。昨夜0時頃に僕が帰ってきたら、2匹とも玄関で待っていてくれましたよ。うれしかったですね」

──家族がいることで、獅童さんご自身が変わったことは?

「一緒にいると心穏やかに過ごすことができて、明日への活力につながります。男は一歩外に出ると戦いじゃないですか。家族ができたことで、オンオフが明確になりました。子どもや動物と接していると、そのことだけに集中できて、余計なことを考えない。究極の気分転換です」

──歌舞伎においてはいかがですか。

「歌舞伎は家族が支え合う芸能。歌舞伎の舞台に立つときは、いつもご先祖様が見守ってくれると意識します。現代劇ではそうは思わない。やはり歌舞伎の役は代々受け継ぐもので、演目にも歴史があるからでしょう。例えば庭のお地蔵様は、長いこと僕たち家族を常に見守ってくれる存在です。毎日お水をあげて『行ってきます』とご挨拶。僕が病気になった箇所と同じ位置に穴が空いて、身代わりになってくれたことがありました」

──すごい話ですね。敬う気持ちが良いのでしょうね。

「また歌舞伎の劇中で使う道具や備品も代々受け継がれたもの。役者は大抵、襟拭き(白粉がついたときなどに胸元を拭くもの。小さな座布団の形)を家族やお付きの人が作ってくれて、岡持ちに入れておくんです。昔、母が僕の子役時代に襟拭きを大量に作ってくれて、大幹部の役者さんや相部屋の先輩に配ったことがありました。僕は子ども心に富十郎のおじさまにあげたことを覚えていて、亡くなるまでその襟拭きが岡持ちに入っていたことに気づいていました。もちろん、ご本人に母があげたものですよなんて言いません。大事に使ってくださっているのがうれしかったです。富十郎おじさまが亡くなって何年もたってからご子息の鷹之資くんの岡持ちを見たら、その襟拭きが入っていたんです。彼はまだ20歳で、僕が子役の頃には生まれていなかった。『それ、うちのお袋が作って、おじさまにあげたものだよ。君が持っているの、うれしいなぁ!』と言ったら、鷹之資くんは驚いていましたね」

──獅童さんと陽喜くんは今日、お揃いの浴衣をお召しですが。

「この陽喜の桐蝶柄の浴衣も、うちで一番古いお弟子さんの故・中村時蝶さんの浴衣を解いて、時蔵兄さんの奥さまが作ってくださったものです。歌舞伎には亡くなった方のものを受け継ぐ文化があり、陽喜の浴衣に時蝶さんの魂が生き続けているわけです。衣裳も同じ。『大先輩のおじさまが着た衣裳だよ』と言われると、その役への重みが感じられます。むしり(浪人やならず者のかつら)も、ちょっと頑張ったときに『獅童さんだったらもうこれ出していいかなぁ。勘三郎兄さんが使っていたもの』と、床山さんが見せてくれて、ジンときました。裏方として僕の紆余曲折を長く見てきた人が、合図を出して道しるべとなってくれる。裏方も家族同然なんですね」

──素敵なお話ですね。

「現代人が忘れた精神が歌舞伎には残っている。もう一つ。母が古い家に残した梅の木があって、かなり弱っていたのです。家族をずっと見守ってきたこの木を、僕はどうしても残したかった。ありがたいことに植木屋さんが優秀で、新居への移植が済み、この春、立派な梅の花を咲かせました。僕の中に受け継ぐ精神が染み込んでいて、どんなに時間がたっても、大切なものは変わらない。移植する様子を陽喜がじっと見ていたのが感慨深かったです」

──では陽喜くんも歌舞伎役者に?

「道をつくるのは親の責任だと思います。お稽古を積みつつ、そこから先は本人の選択ですね」

篠山紀信が撮りおろす家族の肖像〜動物編〜

Photos: Kishin Shinoyama Hair&Makeup : masato Text : Maki Miura Edit : Yuko Aoki, Michie Mito

Profile

中村獅童Shidou Nakamura 1972年生まれ、東京都出身の歌舞伎俳優。祖父は昭和の名女形と謳われた三世中村時蔵。父は、その三男・三喜雄。叔父に映画俳優の萬屋錦之介、中村嘉葎雄。古典から新作まで幅広い歌舞伎に挑戦しつつ、映画やドラマ、CMにも出演中。日本固有の演劇、歌舞伎を新しい視点でグローバルに発信し続けている。

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