ニコラ・ドゥジェンヌの新しく美しい価値観「レス(Less)のためにモア(More)を」
今年、就任20周年を迎えたジバンシイ メイクアップ アンド カラー アーティスティック ディレクターのニコラ・ドゥジェンヌ(Nicolas Degennes)にインタビュー。
親日家として知られる彼は、3.11の直後に「LOVE FOR JAPAN BY GIVENCHY」のキャンペーンを展開するなど、私たち日本人女性に勇気や力をくれるクリエイター。ジバンシイならではのクチュール感抜群なモードなパッケージに、一歩先行く機能性を宿したコスメを生み出す天才でもある。20年目という節目に、ニコラへインタビューを。本当の美しさを磨きあげるためには、自分の心や人間性と向き合うことだと教えてくれた。
──“GIVENCHY”=クチュールメゾン。ジバンシィというファッションメゾンのスピリットに、メイク部門のアーティスティック ディレクターとしてどんな影響を受けましたか?
「1999年にジバンシイでの仕事をスタートした当時は、創設者であるユベール・ド・ジバンシィの影響をとても受けていました。『ユベールならば、なにをコスメに表現していくだろう?』と考えながら、いろんなクリエイションを。その中で『4G』(ジバンシイのロゴ)を全面にもっと打ち出したりとブランドのDNAを再構築したり、再度深く考えるというような作業を繰り返しました。
ファッションというのは、どちらかというと“人間性(humanity)”の部分がとても重要視される。特にユベールに関しては、女性に対する大きな信頼というものがあったと思います。オードリー(・ヘップバーン)と彼の関係は有名ですが、それだけでなく、今まで全くスポットライトを浴びていなかったモデルにも積極的に仕事をオファーしたのです。そういった点で女性に対しても、働くことへのアプローチも、彼はとても最先端な仕事のやり方をしていたと思います」
──20年というジバンシイでのクリエーションのなかで、いままでで一番印象に残っていることは?
「やはり『プリズム・リーブル』はパッケージからテクスチュアに至るまで、最初から最後まで監修して作り上げたアイテムなので、ものすごく思い入れも深いです。また『プリズム・リーブル』のためのレザーのケースを作ったからこそ、全世界的にも大きな成功を収めたという点では、意義の深い商品。また『フェノメン・アイズ』もマスカラの中では革命的な製品に。みんなが『不可能だ』と言うことを可能にするということを証明しました」
──製品の開発は、どんなことがインスピレーションの源に?
「直感的なものが、やはり一番最初のステップですね。例えば『ルージュ・ジバンシイ・リキッド』だったら、リップスティックの形をしているのにリキッドという機能性とツイストを。この『ルージュ・ジバンシイ・リキッド』を実際に女性がつけるときにどうなるか?──その仕草まで意識して作りました」
「また、マスカラの『ノワール・アンテルディ』に関しては、ブラシをカットしている時にあの形(先端が90度に曲がる立体クシ型ブラシ)を思いつき、実際に横からマスカラをつけるよりも、真っ直ぐつけたほうが両目ともに同じようにつけやすいという、使う人の“動作”から商品アプローチを。つねに、“使いやすさ”と“アクセシビリティ”を意識して製品を作っています。もちろん、社内のマーケティングチームに『どんどんリサーチしてほしい』とプレッシャーをかけながら(笑)、お客様がどんなふうに”使いやすさ”を意識し、それが商品の機能と融合するかを考えています」
──たぶんラボの方は「次にどんな注文が入るだろう?」って、ドキドキしてるんじゃないですか(笑)?
「何人かはそうだと思いますよ(笑)。とはいえ、今後も新しいアイデアが満載です。やっぱり、自分がやっていることを楽しみたい。楽しんでこそ、新しいアイデアが生まれてくると信じていますから。同じことを何回も繰り返してしまい、自分自身が『つまらない』と考えてしまっては、新しいものは生まれないんです。
同じものでただ色だけを変える…といったことではなく、パッケージ担当者だったりマーケティングの担当者など、色々な人達とディスカッションをして、そのやり取りの中でたくさん学ぶことがあり、さらに新しい段階に進む──というプロセスで楽しみながらやっています」
──この20年間で、アナログからデジタル社会へ。人々の価値観や生き方がドラスティックに変わる時代でもありました。SNSの発展もあって、今は「自分らしく」「自分らしさ」を重視した時代となり、飾らない自分らしさを演出する美容のアイテムがトレンドにも。20年間という年月のなかで、時代の変化、人々の生き方、価値観がどのように変わり、それがどんなふうにビューティに影響を与えていますか?
「ブランカ・パディーヤ(モデル)を起用した今回の『ルージュ・ジバンシイ』シリーズのキャンペーンは、レタッチなしでライトだけを使って表現した広告です。レタッチをしなくても、あれだけ美しいヴィジュアルを作ることができたのは、世界的に見てもジバンシイが初めてでしょう。新たなステージへの第一歩だと感じています」
「現代の女性が求めるものは、“レス(LESS)”なんです。“ゼロ”ではないけれども、メイクなら今よりプロセスが短縮できたり、荷物や身に着けるつけるものを少なくしていきたいというニーズがあります。そのため、製品を開発する上では、”LESSのためにMORE”という考えに行き着かなければならないなと。そしてお客様に対しても、その気持ちを明確なメッセージで表現していかなければならない」
「ひと昔前、ファンデーションであれば、どんどん塗って隠して…というのが欠点を隠したい女性に対する安心感につながっていたと思うのですが、今はとても自然で軽く、なおかつ成分にもこだわって作る必要があります。たとえば『タン・クチュール・エバーウェア・ファンデーション』はとても革命的なファンデーションで、ほんの少し塗ればナチュラルな仕上がりを楽しめ、何度も重ねて塗るとカバー力をアップさせることができます。同じアイテムだけれど、使い方を変えるだけで個人のニーズに合わせて欲しい肌を手に入れられるのです。おまけに本当に崩れにくいから、自信を持っておすすめしたい(笑)。常に、最上級のエクセレンスを目指しています。
また、昨今では『たくさんのチョイスがある』ということも重要に。例えば、赤いリップひとつとっても、マットな赤もあれば、マットだけどツヤと光を感じさせる赤もあり、グロスのようなみずみずしいツヤ感もあるなど“選択肢”があることが大切です。今日と明日では、天気や気分、ファッションが違うと、女性は誰でも選びたいリップの赤が違ってくるはず」
──そういう“選択肢”として、「ルージュ・ジバンシイ」のファミリーを誕生させたのですか?
「はい。ひとつの家族の中で、いろんな性格を持った人がいるように『ルージュ・ジバンシイ』のなかに、全く別の性格を持つことを表現したいと思いました。『ルージュ・ジバンシイ・ベルベット』は『ルージュ・ジバンシイ』と真逆で、“唇を塗っている”という感触を感じてほしく、質感を強調しました。『つけている』ことを感じながら、同時に『唇が守られている』ということを感じられる…そういった、新たなセンセーションを感じてもらえるようなものを紹介したいと」
──ニコラさんは親日家としても知られていますが、ジバンシイのクリエイションのなかで日本との思い入れの深いエピソードがあれば教えてください。
「一般的に、日本人は『感情を表に出さない』とか『感情がない』国民性だと言われることが多いと聞きます。ちょうど3.11があったときに新しいファンデーションのローンチのために来日する予定だったのですが、会社から渡航禁止の通知が出て。でも私はそれを振り切って、自分で旅行会社に電話して飛行機を予約。日本には待っていてくれている人がいるし、行かなかったならば行かない自分を許せないと思って。今でも鮮明に覚えているのは、まだ19時なのに東京が真っ暗で電気がついていなかったこと。お店にはお客さんも私ひとりしかいない状況でした。
そしてそういう状況のなか、ジバンシイのチームの皆さんに会った時、ものすごい大きなエネルギーをもらいました。外国人から見て、“感情がない”日本人の皆さまから、ものすごい感情を感じて。それは本当にすごく忘れられない経験でした。あの時、東京でチームのみんなと一緒にいられたことを大変光栄に思っています。そしてこの出来事は、自分自身の人間というものを作り上げていく上でのすごく重要な経験だったと思っています。表向きでは感情を外にあまり出さないと言われるかもしれませんが、日本人の奥深くには、ものすごい情熱や感情のエネルギーを秘めているんだってことを感じています。あれから毎日、目が覚めるたびに人間の感情の奥深さというものを考えるようになりました。」
──では最後に、ニコラさんが考える「美しい女性」とは?
「外見だけではなく内面の美しさですね。笑顔とハート。そして幸せでいる女性。幸せを感じることで、女性は美しくなれると思っています」
Givenchy
パルファム ジバンシイ[LVMHフレグランスブランズ]
TEL/03-3264-3941
URL/www.givenchybeauty.com/jp
Interview & Text : Hisako Yamazaki