2026年10月28日(水)発売の『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2026年12月号に寄せて。統括編集長・田中杏子からのエディターズレター。
例えば、取り憑かれたように何かを集める蒐集癖や大切なものを手放せない執着、譲れないこだわりなど偏愛にはさまざまな形があり、本人にしかわからない“沼ポイント”が存在します。それはいったい、どこから生まれるのでしょう。

今回の特集でわかったことですが、皆さん、きっかけは新しい自分に出会えたときや自分を肯定できた瞬間、もしくは気がつけば虜になっていたなど、さまざまです。それは極めて個人的で内省的な行為なので、惹かれた理由やこだわりの根幹をたどると、「自分は何者なのか」というところに行き着くように思います。偏愛は、自分探しの一つの方法なのではないでしょうか。
私自身、幼い頃から少し変わった偏愛がありました。出かけた先で自分が出したゴミを捨てられず、いつもポケットに入れて持ち帰っていました。飴やガムの包み紙から糸くずに至るまで、旅先で捨てるのはご法度。自分が出したゴミも自分に属していたモノだから、知らない土地で捨てるのはかわいそう、そんな不思議な感覚がありました。もちろん、家に持ち帰ったあとは迷いなくゴミ箱に一直線なのですが。いま思えば、これも私なりの「偏愛」の一つで、現在の、モノが捨てられない癖へきにつながっているようです。
誰にも理解されないだろうけど自分だけはわかる「偏愛」の理由。そこには、その人をその人たらしめる何かが潜んでいる気がします。「虜になって、好きなものと共に生きる」という行為には、底知れない奥深さ、想像力の源がありそうですね。
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