今シーズンの黒は、それぞれのための黒。そう、「だから、黒」なのです
2022年9月28日(水)発売の『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2022年11月号に寄せて。編集長・田中杏子からのエディターズレター。
小誌ではすでに幾度も特集を重ねてきた「黒」。今号の「黒」は、この「混沌とした世界へのメッセージ」であるとも感じています。世界中を襲った見えないウイルスの脅威に加え、地球のあちこちで起きている悲しい惨状、安定しない経済情勢、ライフスタイルの変化のみならず価値観さえも変えざるを得ない、新時代を迎える前の過渡期の真っただ中にいるようです。古くからの習慣を壊して新しい環境へと移行、もしくは新時代を迎える心の準備をしている段階…。だからこそコンサバティブな黒が、素材や組み合わせ配色によって、強い黒、優しい黒、エレガントな黒、攻撃的な黒といった着る人の個性で変わる多様な色として必要なのかもしれません。そう。今号の黒は、人それぞれ違っていいよね、といった、個々のストーリーを紡ぐ黒色十色(造語ですが)な「黒」なのです。
30年以上「黒」を使って反骨精神を表現し続けているコム デ ギャルソンの2022-23秋冬コレクションのテーマは「Black Rose」。「真っ黒ではない黒」で時代の気分を表現しました。クリエイティブの最前線にいる川久保玲さんに、小誌161号目にして初めて対面でのインタビューを受けていただきました。1981年のパリコレクション初参加で発表した「黒の衝撃」から何度も黒を発表してきた川久保さんは「今では黒は普通の色。皆さんの色になりました」と語っています。80年代初頭には「黒」は煌びやかなモードの世界とは別次元の色で、モード的にはタブーとさえいわれてきました。時代が変われば黒の存在意義も変わるのですね。インタビューでは話が弾み、今後のこと、クリエイションのこと、人生観なども話してくださいましたので、ぜひご一読ください「独占インタビュー 川久保玲とコム デ ギャルソン」(本誌p.50〜)。
(左)好きな黒色の食べ物は、美容家の神崎恵さんにいただいた黒胡椒(しかも生!)と、もちろんキャビア。 (右)ディオール ファイン ジュエリーのアーティスティック ディレクターのヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌがデザインした『ラ デ ドゥ ディオール ブラック ウルトラマット』。漆黒のジュエルウォッチに目が釘付けです。
さて、ここにきて前回(2018年12月号)の黒特集はどんな時代でどんな黒だったのか気になり見返してみました。コロナ前の好景気な「黒」特集。タイトルは「心を動かす黒」。エディターズレターには「心を動かされるのは、黒が物言う色だから!」と記されています(私が書いたのですが)。当時は女性蔑視やセクハラ問題が急浮上し、社会的に話題となった#Metoo問題に注目が集まっていました。同年1月のゴールデングローブ賞では、映画界にはびこるセクハラへの抗議の意思を表明すべく、すべての女優が黒を纏って参列した姿が記憶に甦ります。このときの受賞作も、娘をレイプ殺人で失った母が警察や権力に一人で立ち向かう姿を描いた「スリー・ビルボード」。4冠受賞も達成し「女性はもはや弱者ではない」という凛とした姿にオーディエンスが沸き立っていました。司会者であり自らも性的虐待を受けた経験のあるオプラ・ウィンフリーが黒人女性として初のセシル・B・デミル賞(生涯功労賞)を受賞した際のスピーチでも「誰も#Metooと声を上げる必要のない時代に」と強く訴え拍手喝采でした。
2018年の黒は、声を上げるための「物言う黒」でした。あれからほぼ4年半の歳月が経過しましたが、世界では相も変わらず#Metooと声を上げざるを得ない状況が続き、女性の地位向上は前進はまだまだの世の中です。
2018年の「物言う黒」から、2022年の「それぞれの黒」へ。時代は常に揺れながらも良い方向に向かっていると信じたいですね。
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