靴を好きすぎる私が、華奢なピンヒールをやめた理由。
2021年7月28日(水)発売の『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2021年9月号に寄せて。編集長・田中杏子からのエディターズレター。
理想に近づくための靴コレクションをやめて、本当に履ける実用品を選ぶようになったのは、自分が思い描く虚実の差異がなくなったからかもしれない。靴を収納する場所にも限りがあるし、履かない靴を所有しなくても完璧な女性とはそういうことではない、という人間的な深みを学んだこともあり、多くの靴をチャリティに出品したり譲ったりして整理をした。とはいえ「撮影現場にもヒールで登場しますよね」「妊婦なのに高いヒールで闊歩していましたね」「自転車に乗るイベントだと伝えたのに、あこさんヒールで参加されていました」などと周囲を驚かせてきた。そんな私も最近は、アクティブに動ける重ためなワークブーツやスニーカーを主役にして実用に走っている。しかもスニーカー敬遠派だったはずの私がスニーカーな日々に突入という信じられない現実を味わい、自問自答すらしているのだ。確かにスニーカーって歩きやすい(そもそも運動靴だから当たり前だけど)。
ファッションのトレンドは、華奢で美しいハイヒールからアクティブなワークブーツへと大きく変化している。ここ2年ほどの間に購入した靴を並べてみても、ほとんどがワークブーツだ。あんなに外反母趾にならないようにと足のマッサージやらに四苦八苦しつつ、楽しんできた高いヒールたちが、ワークブーツやスニーカーに主役を譲った理由は何なのだろう?長年、ファッションの世界に身を置く栗野宏文さんや栗山愛以さんに“靴と社会”について「ファッション好きによるファッション好きのためのあの靴、この靴」(p.74〜)で話を伺ったところ、女性の美の象徴とされてきたピンヒールが影を潜めた理由が見事に読み解かれていた。あのハイヒールマニアともいえるJUJUさんですら、エフォートレス推奨派だと。なるほど。靴と女性と社会には、深くて複雑な「物語」が絡み合っているのだ。私自身も気づかなかったピンヒールをやめた理由の一端が、今号を通して理解できた。
「靴」とひと言で言っても、ただの履き物やアイテムの一つではない。生活や日々の思考、気分などを通して社会とどう向 き合っているかを表現しているのだ。さあ、奥深い「靴」の世界へようこそ!