あなたの知らないユートピアへ vol.15 超長編もここまで読めばトリップ必至!
世の中には、まだまだ体験したことのない快楽の世界がある。その世界にたどり着くには与えられた「数値」を意識するだけ!? あなたはどの楽園に行ってみる? ここまで読めば、物語がグッと面白くなる!長編小説をピックアップ。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年4月号掲載)
『オーバーストーリー』
リチャード・パワーズ/著
木原善彦/訳(新潮社)
物語の「世界」を現実と虚構に分岐する節目
622ページ
米国最後の原始林の巨木に“召喚”された人々が挑む、原始林を救うための戦いを描いた巨編。20世紀後半に起きた環境保護運動がモチーフとなっているが、ラストに近いシーン(622ページ目)では物語が彼岸と此岸に分岐する段落が差し込まれる。これまで描かれてきたのは“あり得たかもしれない過去”であり、先に続くのは“あり得ない未来”の物語だと気づかせる言葉は、私たちが正しい選択をすることを願う著者の痛切な祈りのように響く。
『ゲームの王国』上・下巻
ともに小川哲/著(ハヤカワ文庫JA)
異空間で果たされる、45年ぶりの邂逅
下巻392ページ
内戦下の1970年代(上巻)と2020年代(下巻)のカンボジアを舞台に、ポル・ポトの隠し子とされるソリヤと天賦の智性を持つムイタックが辿る数奇な運命を描いた本作。上巻の最後で訣別した二人が、ソリヤへの復讐を目論むムイタックが開発したゲーム空間で相対し、最後に交わす言葉(下巻392ページ目)は作中の半世紀の時間も、読書中に蓄積した疲労も一瞬で吹き飛ばす感動に満ちている。重い話が続く上巻でどうか諦めないで。
『豊饒の海』全4巻
『豊饒の海(一)春の雪』『豊饒の海(二)奔馬』『豊饒の海(三)暁の寺』(新潮文庫)『豊饒の海(四)天人五衰』すべて三島由紀夫/著(新潮文庫)
物語の壮大な伏線に気づく最初の「輪廻」
二巻48ページ
国語の授業などで『豊饒の海』が『浜松中納言物語』を典拠とした夢と転生の物語であることと、最終巻の入稿日に起きた事件について学んだ人も多いだろう。しかし、その前知識があったとしても最初の輪廻を描いた絵画的なシーン(二巻48ページ目)がもたらす、物語のスケールを一瞬で膨張させる感覚に打ち震えずにはいられないはず。折しも今年は三島没後50年、“三島由紀夫の『失われた時を求めて』”とも評された名作をぜひ読破してみて。
あなたの知らないユートピアへ
Text: Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito, Saki Shibata, Mariko Kimbara