会田誠が描き出す“都市のヴィジョン”
楽観と悲観、希望と絶望――アーティストが「都市のヴィジョン」を表現するプロジェクトの第1弾。会田誠は何を思い、展覧会に臨むのか。深まる諦念、現実との葛藤……衝撃の光景、その予感がここに。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年4月号掲載)
都市の専門家ではなくアーティストが、未来の都市の在り方を提言するという意欲的な企画「都市のヴィジョン」。白羽の矢が立ったのは、あの会田誠だった――。エログロなモチーフやラディカルな皮肉が冴えわたる、当代一の“危険なアーティスト”。果たしてどんな眺めが現れるのか。矛盾だらけのヴィジョンが、そのヴェールを脱ぐ。 会田誠が考える、都市と人間の新地平 公益財団法人大林財団が創設した新しい文化助成プログラム「都市のヴィジョン」。2年に一度、都市の問題に強く関心を寄せるアーティストを選出し、建築系の都市計画とは違う視点から自由な発想で理想の都市の在り方を提言してもらおうというものだ。第一回の助成対象に選ばれたのは現代の日本社会を痛快に批評するアーティスト、会田誠。表参道の特設会場で開催される成果発表展「GROUND NO PLAN」に向けて制作中の彼のスタジオを訪ねた。 アトリエの一角で、製図台を用いて描画を試みる会田誠。「都市計画は建築家など専門家が携わるもので“上から目線”に陥りがちな領域。専門家ではないアーティストがあえて彼らの道具を使い、固まらない性質のサラダオイルで絵を描く試みです」(談) 暗澹(あんたん)たる未来予想図に浮かぶスラム 会田は過去作『新宿御苑大改造計画』(2001年)でも東京の都市計画への提言を試みている。当時この作品について筆者がインタビューした取材メモには「都市の近代化で失われた日本古来の自然を最新テクノロジーによって自然より自然風味に再現、サバイバル本能を刺激する21世紀型都市公園――という過激な正論」とある。あれから16年、会田の“都市改造論”はどう変化したのか。
『人プロジェクト』(2002年)広島市現代美術館蔵 ©AIDA Makoto Courtesy of Mizuma Art Gallery
「エコロジーみたいなものへの憧れがあり、かといって奄美大島とかで自給自足生活をしてるわけでもない作家の僕が考える“東京のド真ん中の公園に人工自然をつくるプラン”という矛盾に満ちた作品でした。もう一つ同時期に『人プロジェクト』(02年)という、公共空間に“実現させてはいけないプラン”をあえて思考実験的に提出した作品があります。両方ともニューヨークに滞在中、作業場がなくなったので毎日プラプラとセントラルパークの自然を味わいながら、頭の中で勝手に出来上がっちゃった発想なんです」と会田。とはいえ、おちゃらけを交えながら緻密かつ真剣に考えられたプランの根底には、初期から一貫して標榜し続ける「斜に構えた社会派」の目線で穿たれた鋭い文明批評があった。
「基本あえて洒落や皮肉でやってるところがあるんですが、今回はおふざけ100%でやるにはもったいない話なので、僕には似合わないかもしれないけど、ちょっと真面目に考えたいと。ところが今の世相や現実について考えを巡らすほど、暗澹たる未来予想図しか思い浮かばない。立派なオリンピック競技場を作ったって1964年の活気が蘇るとは思えない。そう考えていたらスラムやバラックのイメージが頭から離れなくなった」と語る。
『新宿御苑大改造計画』(2001年/部分)新宿御苑の改造計画案を幅約8.5メートルの黒板にチョークで描いた作品。「狭く険しい渓谷という日本の代表的な地形」を模しつつ、園内の生態系や茶店、周辺の商業地域までを詳細に構想した「日本オリジナル・東京オリジナル・21世紀オリジナルな公園のプラン」。今回の展覧会では本作品のジオラマ版も展示 ©AIDA Makoto Courtesyof Mizuma Art Gallery
白いプラスチック椅子と2階建て主義
彼の言うように、現在の東京から連想させられるイメージは決して明るく能天気なものではないはずだ。よって本展の通奏低音をなすキーヴィジュアルは、LEDの人工光で栽培した雑草によるインスタレーション、学園祭や学生運動のバリケードを彷彿させる殴り書きの立て看板、そして世界各都市の低所得者層の居住地にしばしば見られる味気ない白茶けたプラスチック椅子となる。都市計画展にお決まりの建築模型やパネルもあるにはあるが、目から鼻に抜ける秩序だったものを想像すると肩すかしを食らうだろう。
「『ジモティー』で手に入れた一脚50円の椅子や建築資材がフロアに散らばっていたりします。南のほうのあまり豊かでない国の下町に行くと、暑い日の夕方とか、家の前にこの椅子を昔の縁台みたいに出して、おじさんたちが幸せそうに缶ビールを飲んでたりする風景が好きで。あと『セカンド・フロアリズム』を提唱します。カラ元気でもせめて“2階建て主義”で生活に潤いを与えたいと。実際のスラムは衛生面とかデメリットだらけですが、有名建築家やゼネコンの“上から目線”の都市計画とは真逆に、テクノロジーの力で快適なスラムをつくれないだろうか? という矛盾に満ちた計画です」と展示の一部について語ってくれた。
『2nd Floorism』(2017年)“2階建て主義”=スラムの環境改善、素人のセルフビルドによる集落の自然生成、3階建て以上を人間の傲慢と見る……などの考えが混ぜこぜになった、架空の建築思想運動 ©AIDA Makoto Courtesy of Mizuma Art Gallery
『Shaking Obelisk』ドローイング(2017年)展覧会では立体化した作品を展示 © AIDA Makoto Courtesy of Mizuma Art Gallery
会田誠が視みる「人間のヴィジョン」
金色に輝く展覧会のフライヤーには、現実と理想、ギャグとシリアス、希望と絶望の間で千々に乱れる心情が絞り出されている。「素敵なオチもない無責任な思いつきのアイデアと、ひたすら混乱して困っている姿を両方さらけ出すことでしか、芸術家として誠意を見せられないのかもしれません」と言うが、そんな自虐的な着地をあえて望んでいる作家の心境とはいかに? それは会田がこの数年来考え続けてきた“専門家”と“一般市民”の立ち位置の問題に起因する。
会田誠展「GROUND NO PLAN」。フライヤーに掲載された会田からのメッセージ(グラフィックデザイン:LABORATORIES加藤賢策)
15年、東京都現代美術館で発表した教育問題をめぐる挑発的な作品『檄』が館から撤去要請を受け(後に撤回された)、ネット上に議論を巻き起こした。その頃から「アーティストが社会問題の領域で創作を行うとき、いったい何の権限があってアピールし得るのか?」ということを会田は疑い続けてきた。「人よりちょっと絵がうまく描けるやつが発表の場を与えられただけで、教育、都市、原発、米軍基地、諸々の問題について迷える子羊を導く権利なんてあるとは思えない。そんな複雑な思いを抱えながらやっています」
会田家『檄』(2015年)Photo:宮島径 ©AIDA Makoto Courtesy of Mizuma Art Gallery
『国際会議で演説をする日本の総理大臣と名乗る男のビデオ』(2014年)Photo:宮島径 ©AIDA Makoto Courtesy of Mizuma Art Gallery
さらに『檄』文を垂らしたこの展覧会と同時期に同館別会場で開催されていた、ブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤーの回顧展について「一人の男が一都市の計画をつくる、みたいな極端な建築家の在り方が強く印象に残りました。都市計画についても専門家は必ずしも人々の意見に耳を傾けてプランするんじゃなくて、ズバッと鶴の一声で決めたりするわけです。ツイッターなどを見ていると、普段マスメディア上では発言権を与えられていない普通の人たちの声にチラチラと触れることがあります。あれはアーティストにとっては雑音で、遮断したほうが心穏やかに過ごせるのかもしれないけど、そこに耳をふさいじゃいけないと苦い薬を飲むように覗いているんです」と語った。
そんな経緯があってこそ、「都市のヴィジョン」に臨む会田のプランは、都市の物質的な側面よりもずっと構造的問題をはらむ「人間のヴィジョン」に深く斬り込んでいくことだろう。先行きの見えないオリンピック景気に浮き立つ東京を斜め下から洞察する、その視点に刮目したい。
『題知らず(戦争画RETURNS)』(1996年)Photo:宮島径 ©AIDA Makoto Courtesy of Mizuma Art Gallery
会田誠展「GROUND NO PLAN」
会期/開催中〜2018年2月24日(土)
会場/会田誠展「GROUND NO PLAN」特設会場
住所/東京都港区北青山3-5-12 青山クリスタルビルB1F・B2F
TEL/03-3546-7581
URL/www.obayashifoundation.org/urbanvision/
「都市のヴィジョン ー Obayashi Foundation Research Program」の第1回助成対象者として、会田誠が考える“都市の未来”が公開される。
「都市のヴィジョン ー Obayashi Foundation Research Program」
公益財団法人大林財団による新しい助成プログラム。豊かで自由な発想を持ち、都市の在り方に興味を持つ国内外のアーティストを、推薦選考委員会の推薦により選出。建築系の都市計画とは異なる視点から都市のさまざまな問題を考察し、理想の都市の在り方などを提言する展覧会を2年に一度開催する。
Portrait : Tadayuki Uemura Interview&Text : Chie Sumiyoshi Edit : Keita Fukasawa