名匠ダルデンヌ兄弟、キャリア最高傑作の呼び声高いカンヌW受賞作『そして彼女たちは』

ベルギーの代表的な映画監督であり、社会派リアリズムの最高峰に立つ現代の名匠、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟が、キャリア30年を超えるベテランの身にしてまたも鮮やかな自己更新を果たした。2025年の最新作『そして彼女たちは(原題:Jeunes mères/若い母親たち)』は、彼らの映画作家としての歩みを途中総括しつつ、未来へと開かれた瑞々しい傑作である。これまで主に“ひとりの主人公”の人生に寄り添い、その背中越しに世界を見つめてきた彼らが、本作では初めて5人の少女を主人公とする群像劇に挑んだ。第78回カンヌ国際映画祭では脚本賞とエキュメニカル審査員賞をW受賞し、第98回アカデミー賞の際は国際長編映画賞の候補としてベルギー代表に選出されている。

5人の少女たちはいかなる愛と未来を選択するか?
メインとなる舞台はベルギー東部ワロン地域の工業都市、リエージュ近郊の母子支援施設。ダルデンヌ兄弟が生まれ育った地元でもあるこの土地は、彼らの映画世界の原点であり、社会の周縁に追いやられた人々の声を拾い続けてきたシネアストとしての視線を形作った場所だ。『そして彼女たちは』では薬物依存、家族の崩壊、暴力、貧困といった問題に晒され、頼るものを持たずに妊娠し、赤ん坊を抱えた5人の少女たちが、同じ施設で共に暮らしている。ジェシカ、ペルラ、アリアンヌ、ジュリー、ナイマ。それぞれが深い傷と孤独を抱えながらも、母として、ひとりの人間として、未来を選び取ろうともがく姿が描かれる。

少女たちは“母になる”という現実の前で立ち尽くし、家族像を見いだせず、押し寄せる孤独に飲まれそうになる。それでも、時に誰かに寄り添われながら、自分なりの「愛」を選び取っていく。その姿はわれわれ観客の胸に、静かに、しかし確かな震えを残す。
本作の出発点は、ダルデンヌ兄弟が映画の撮影場所にもなったリエージュ近郊の母子支援施設を訪れたリサーチにあった。当初は“ひとりの若い母親”を主人公とする脚本を構想していたが、施設で目にした共同生活の風景──食事、赤ん坊の入浴、母性や暴力についての語り合い──に強く惹かれ、少女たち個々の人生に近づくために、主人公を複数にする決断を下したという。

この「世界の縮図」的要素──施設で妊娠・出産・育児のサポートを務めるナースやケースワーカー、職員たちなども含め、ひとつの場所で網の目のように絡まる人間模様という点では、フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリーを連想させる瞬間もある。だがダルデンヌ兄弟は「場所」そのものの構造や営為よりも、あくまで「人」に焦点を当てる。施設という空間は背景であり、困難を抱えた少女たちの内的必然性が物語を導いていく。群像劇でありながら、5つのポートレートが自然に呼吸し合うのは、その“人間中心の視線”ゆえだ。

例えばジェシカ(バベット・ヴェルベーク)は、生まれてくる赤ん坊に「決して見捨てない」と誓いながら、かつて自らを手放して養子に出した顔も知らない母親を探し続ける。ペルラ(リュシー・ラリュエル)は少年院帰りの彼氏に拒絶され、姉だけを頼りにしながらも、恋人への想いを捨て切れない。ジュリー(エルザ・ウーベン)は薬物依存から抜け出し、恋人ディランと未来を築こうとする。アリアンヌ(ジャナイナ・アロワ・フォカン)は赤ん坊を手放す決断をめぐり、虐待的な母との関係に立ち向かう。そしてナイマ(サミア・イルミ)の送別会は、他の少女たちにとって希望の形としてそっと置かれる。ほとんどが10代とおぼしき彼女たちはまだ“子ども”でありながら、すでに“母親”でもある。その矛盾を抱えた存在の揺らぎが、映画全体を当初鋭利に、やがて柔らかく照らしていく。

近年のティーンの“望まない妊娠”を扱った映画──『17歳の瞳に映る世界』(2020年/監督:エリザ・ヒットマン)や『あのこと』(2021年/監督:オードレイ・ディヴァン)が「中絶の選択をめぐる自由意志の闘い」を描いたのに対し、『そして彼女たちは』は妊娠を継続した少女たちの“その後”に寄り添う。そこには断罪も英雄化もない。あるのは、ただ生きようとする姿の尊厳だ。
この視線は、ダルデンヌ兄弟の代表作『ロゼッタ』(1999年)や『ある子供』(2005年)とも深く響き合う。『ロゼッタ』が17歳の少女の苛烈な孤独を刻み、『ある子供』が“父になる責任から逃げる少年”を描いたのに対し、本作はその両者を受け止めて新たに統合し、若い母親たちの揺らぎと選択を見つめる。逃げてしまう少年たちが容赦なくフレームアウトしていく構図は、『ある子供』のセルフアンサーのようでもあり、彼らの映画が長い時間をかけて問い続けてきたテーマが、ここで新たな形を得たことを示している。

手持ちカメラはノンプロも含む俳優たちの息づかいを拾い、彷徨う感情をリアルに映し取る(その裏には当然、作品の強度を端正に支える緻密な設計思想とリハーサルの積み重ねがある)。四半世紀を経て再びティーンの少女の物語に向き合うその背後には、『ロゼッタ』の主役でデビューして第52回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞し、昨年若くして亡くなったエミリー・ドゥケンヌ(2025年3月16日に43歳で逝去)への静かな追悼の気配すら漂うようだ。
さらに本作には、ベルギー映画界の新たな旗手ルーカス・ドンが共同プロデューサーとして参加している。ドン監督の『CLOSE/クロース』(2022年)にはエミリー・ドゥケンヌが重要な役で出演していた。ダルデンヌ兄弟は近年、レオナルド・ヴァン・デイル監督の『ジュリーは沈黙したままで』(2024年)、ローラ・ワンデル監督の『アダムの原罪』(2025年/本年6月5日に日本公開予定)など、新鋭監督のプロデュースにも積極的に関わっている。若い世代の作家たちと協働することで、彼ら自身も新たな刺激を受けていることが、本作のフレッシュな輝きにも繋がっているのかもしれない。

5人の主人公は各々の選択に(とりあえず)向かうが、映画は答えを提示しない。それでもダルデンヌ兄弟はフィクションだからこそ可能な意志表明として、彼女たちの人生に“前向きな提案”をもたらす。ピアノの伴奏に乗って歌われるアポリネールの詩篇「別れ」からモーツァルトの「トルコ行進曲」へ──美しい音楽の連なりは、少女たちの胸の奥に灯る小さな希望を象徴する。赤ん坊が世界に向けてふと見せる微笑みのように、未来はまだ壊れていないと囁く。わが子を抱きしめる少女たちの震える手は、同時に世界の未来をそっと揺らしている。その微かな波動や兆し──動き出した力と始まりの気配は、われわれ観客の心にも確かに伝わるはずだ。
『そして彼女たちは』
監督・脚本/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演/バベット・ヴェルベーク、エルザ・ウーベン、ジャナイナ・アロワ・フォカン、リュシー・ラリュエル、サミア・イルミ
全国大ヒット上映中
https://www.bitters.co.jp/youngmothers/
配給/ビターズ・エンド
ⓒLes Films du Fleuve – Archipel 35 – The Reunion – France 2 Cinéma – Be Tv & Orange – Proximus – RTBF (Télévision belge) / PhotoⓒChristine Plenus
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito
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