鬼才監督ヨルゴス・ランティモスが放つブラックユーモアの異形作『ブゴニア』 | Numero TOKYO
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鬼才監督ヨルゴス・ランティモスが放つブラックユーモアの異形作『ブゴニア』

第82回ヴェネチア映画祭コンペティションに出品され、来たるべき第98回アカデミー賞(2026年3月15日予定/現地時間)では作品賞・主演女優賞・作曲賞・脚色賞の4部門にノミネート。賞レースで話題沸騰中の『ブゴニア』だが、本作は『女王陛下のお気に入り』(2018年)や『哀れなるものたち』(2023年)の鬼才、ヨルゴス・ランティモス監督のフィルモグラフィの中でも特異な位置を占める一本だ。

彼らしい冷徹なユーモアと権力構造への眼差しを保ちながら、あえてB級カラーを強く打ち出したジャンル映画的な作りが特徴。監禁スリラーのように始まりつつ、蓋を開ければブラックコメディや風刺SFの領域へと転じていく。これはランティモスに加え、製作のアリ・アスター、そして本作のオリジナルである韓国映画『地球を守れ!』(2003年/監督:チャン・ジュナン)を手がけたCJエンタテインメントのエッセンスが混ざり合った結果といえるだろう。

韓国カルトSF『地球を守れ!』をエマ・ストーン主演でリメイク。陰謀論と企業支配がねじれ合う現代の悪夢の行方は!?

脚色を担当したのは『ザ・メニュー』(2022年/監督:マーク・マイロッド)やHBOドラマ『メディア王~華麗なる一族~』(2018年~)などのウィル・トレイシー。ブラックユーモアや社会風刺を得意とする彼の参加によって、企画のコンセプトはより明確に研ぎ澄まされている。全体としては117分の長編でありながら主題はミニマムに絞られており、星新一や筒井康隆、あるいは藤子・F・不二雄の異色短編SFを思わせる“ショートショート的”な味わいもある。

物語はこうだ。世界に名を轟かせるセレブリティであり、業界の新しいトップリーダーと目される超大手製薬会社オークソリスのカリスマ経営者ミシェル・フラー(エマ・ストーン)が、何者かに誘拐される。犯人はミシェルの会社の末端社員であり、彼女のことを“地球を滅ぼす宇宙人”だと固く信じる陰謀論者のテディ(ジェシー・プレモンス)と、彼を慕う従弟のドン(エイダン・デルビス)だった。

二人は彼女を自宅の地下室に監禁し、地球から手を引くよう要求する。また養蜂も手がけるテディは、昨今の世界的問題であるミツバチの絶滅危機や、それをもたらす地球の環境破壊も、すべてアンドロメダ聖人であるミシェルの仕業だと決め込んでいた。ミシェルはSNSの影響を受けたテディの妄執が全部勘違いであり、警察とFBIがあらゆる手段を使って自分を捜索するはずだと警告するが、まったく話の噛み合わない両者。だがやがてテディの隠された事情が明らかになり、荒唐無稽な誘拐劇は予想外の方向へと転じていく──。

本作の基盤には『地球を守れ!』のプロットの強さが、批評的かつ現代的に最適化された形で活かされている。格差社会や階級闘争を描いた同作は、のちにCJエンタテインメントの代表作となるポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019年)に影響を与えた“元ネタ”のひとつだ。『ブゴニア』はその構造をスライドさせつつ、誘拐される製薬会社CEOを男性から女性へと変更し、さらに原作にあった刑事パートをばっさり削除。これにより「グローバル企業のカリスマ女性社長 vs 陰謀論に囚われた末端社員の男性」という対決構図がよりソリッドに浮かび上がった。

ここで炸裂するのが、エマ・ストーン演じるミシェル社長と、ジェシー・プレモンス演じるテディの“屁理屈合戦”だ。例えば『異端者の家』(2024年/監督:スコット・ベック&ブライアン・ウッズ)などを思わせる言葉の応酬は、ウィル・トレイシーによる脚色のとりわけ秀逸な部分。徹底的に分断された二人の対話はひたすら平行線をたどる。その状況を受けてミシェルがふと「これはダメだ」と悟り、相手の論理に乗るふりをしてスイッチを切り替える瞬間なども、構成の巧みさが光る。

ミシェルはテディの言説を冷静に解析し、「あなたはエコーチェンバー現象に陥っている」と指摘する。インターネットのアルゴリズムにより同調空間に閉じ込められ、陰謀論へと絡め取られているという説明は、フィルターバブルとも呼ばれる現代社会の病理を鋭く突く。

しかし本作の最大のアイロニーは、こうした“定番的・教科書的な陰謀論批判”の裏側に隠れている。テディ役のジェシー・プレモンスは役作りのため、ジャーナリストのナオミ・クラインが2023年に発表した著書『ドッペンゲンガー 鏡の世界への旅』(訳:幾島幸子/岩波書店刊)を参考に読み、多くの人々が陰謀論に染まっていく時、論拠はフェイクでも、その心の中に恐怖心を起こしている“種”自体は本物だという視点に影響を受けたという。つまりテディの不信感の“種”は現実に存在するのだ。グローバル企業が「多様性」を掲げながら地球を破壊する構造、そしてミツバチの絶滅危機を象徴する“養蜂”のモチーフが、現代文明の破壊性を照射する。

『ブゴニア(Bugonia)』という謎めいた映画のタイトルは、牛を意味する「bous」と、誕生・発生を意味する「gonos」が組み合わさった言葉。古代ギリシャの民間信仰に由来し、「牛の死骸からハチが生まれる(死からの再生)」を指す。ランティモス監督の説明によると、本作では腐敗した人類文明(雄牛)が消滅し、新たな生態系(ミツバチ)が生まれるという、寓話的なメタファーとして用いられている。

これはどっちが正義で、どっちが間違っているといった話ではない。それは『地球を守れ!』を踏襲しつつ、終盤に待ち構えている驚愕のクライマックスが鮮やかに示す。もちろん詳細の記述は控えるが、それまでの視点が高次へと上昇し、ワンステージ上の目線から人類の世界を見下ろす構図は圧巻かつ戦慄、同時にどこか爽やかだ。小鳥のさえずりとともに流れるのは、マレーネ・ディートリッヒが歌う反戦歌「花はどこへ行った」。ピート・シーガー作詞作曲、バート・バカラック編曲による名ナンバーが、映画の余韻を深く響かせる。

この結末を知ってから逆算的に『ブゴニア』本編を再見すると、おそらく初見の時にはわからなかった要素や細部がいろいろ飲み込めてくるはずだ。例えばミシェルが車内で流しながら一緒に歌うチャペル・ローンの大ヒット曲「Good Luck, Babe!」(2024年)にも、意外に繊細な“意味”が読み取れるかもしれない。なお拷問シーンで流れるグリーン・デイの「Basket Case」(1994年)は、『地球を守れ!』のパンク版「オーバー・ザ・レインボウ」へのオマージュとして機能するなど、音楽面の工夫も本作の魅力のひとつである。

映像面の完成度も申し分ない。撮影はランティモス組の常連ロビー・ライアン。ほぼ密室劇でありながらビスタビジョンで撮影され、世界に1台しか残っていない稀少カメラ「Wilcam11」を使用。画面構成から音響設計、エンドクレジットのタイポグラフィに至るまで、徹底してゴージャスなデザイン性が貫かれている。

もちろんランティモス監督の作家性の核となる「権力ゲーム」の主題は、本作でも健在だ。ギリシャを拠点に活動していた初期の『籠の中の乙女』(2009年)や『ロブスター』(2015年)から、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017年)、前作『憐れみの3章』(2024年)へと続く系譜(以上は盟友の脚本家、エフティミス・フィリップと組んだ作品群)を踏まえた延長で、『ブゴニア』は“この企画なら監督はランティモスしかいない”と思わせる適材適所の一本となった。

キャスト陣も盤石である。丸刈り頭のヴィジュアルも話題のエマ・ストーンは、ランティモス作品への出演が長編4作目となる(短編『Bleat』を含めれば5度目)。2020年に映画会社フルーツ・ツリーを設立した彼女はプロデューサーとしても参加。女性としては史上最年少でオスカー通算7度ノミネートという記録を更新し続ける存在感を発揮する。『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(2024年/監督:アレックス・ガーランド)の怪演が絶賛されたジェシー・プレモンスは『憐れみの3章』に続く出演で、陰謀論者の複雑な内面を見事に体現。さらにドン役の新星エイダン・デルビス、テディの母親サンディ役のアリシア・シルヴァーストーンらも強烈な印象を残す。

『ブゴニア』は陰謀論と企業支配、環境破壊と人類の危機という重いテーマを、アイロニカルな笑いや独特の壮麗な美学で包み込んだ最新型の風刺劇だ。露悪的な描写が爆裂する作風はキワモノのようでいて、実は極めて王道の“現代寓話”として成立している。『地球を守れ!』のアップデートとしても抜群の仕上がりといえるだろう。

『ブゴニア』

監督/ヨルゴス・ランティモス
出演/エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、エイダン・デルビス
2月13日(金) よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
https://gaga.ne.jp/bugonia/

配給/ギャガ ユニバーサル映画   
©2025 FOCUS FEATURES LLC.

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人 Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。
 

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