全世界の映画ファンがこぞって「最高!」と叫ぶ無双の大傑作降臨『ワン・バトル・アフター・アナザー』
Culture / Post

全世界の映画ファンがこぞって「最高!」と叫ぶ無双の大傑作降臨『ワン・バトル・アフター・アナザー』

映画史を新たに塗り替える、完全にオールタイム・ベスト級の“神作”登場! 1970年生まれの無双の天才監督、ポール・トーマス・アンダーソン(以下“PTA”)の記念すべき長編第10作『ワン・バトル・アフター・アナザー』は、常にハズレなし──傑作ばかり放ってきた彼の驚異的なフィルモグラフィにおいても、最高到達点と呼ぶべき一本だ。全米公開(2025年9月26日)の前から、あのスティーヴン・スピルバーグが惜しみない絶賛を贈ったことも話題だが、「なんてクレイジーな映画だ! すべてが最高」というその言葉は伊達ではない。ラージフォーマットのビスタビジョンでフィルム撮影された画面の中で展開するのは、色気と狂気を兼ね備え、笑いとスリルとアクションが詰め込まれた、野蛮で知的な映画の愉楽そのもの。162分、我々観客の感情を最大限に爆発させ、豪快に加速しながら駆け抜けていくエンタテインメントの怪物だ。

ポール・トーマス・アンダーソンが放つレオナルド・ディカプリオ主演の驚異の最新作!

原作は現代アメリカ文学の最高峰に立つ謎多き鬼才作家、トマス・ピンチョン(1937年生まれ)が1990年に発表した小説『ヴァインランド』。PTAがピンチョンの小説を映画化するのは『インヒアレント・ヴァイス』(2014年)に続き二度目だが、かなり原作に忠実なアプローチを見せた前回に対し、今回は自由かつ大胆に脚色。ヒッピー親父と娘の物語、伝説的な革命家だった母親という家族関係の枠組みをはじめ、着想だけいただいた趣だ(クレジットもinspired by the novel “vineland”となっている)。ただ原作『ヴァインランド』は1984年のカリフォルニアを「現在」とし、1960年代を「過去」パートにしているのだが、そこで描かれた政治闘争の季節であるシックスティーズの要素を、映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』は色濃く受け継いでいる。

物語は過激派革命組織「フレンチ75」の活動模様がプロローグとなる。「武力革命が唯一の方法」と喝破する黒人女性、ペルフィディア・ビバリーヒルズ(テヤナ・テイラー)はゲリラグループを統率するリーダー的存在として、カリフォルニアの拘置所から拘留された移民を脱獄させ、仲間たちと共に爆破テロを繰り返す。恋人である白人男性、ゲットー・パット(レオナルド・ディカプリオ)は彼女をサポートする中核的なメンバーだ。しかしそんな折、ペルフィディアのワイルドな性的魅力に発情した変態軍人ロックジョー(ショーン・ペン)が彼女の前に立ちはだかり、彼らは流れで肉体関係を持つ。やがてペルフィディアは妊娠し、娘を出産。だが安穏な家庭生活に収まることを拒否したペルフィディアは仲間たちと銀行強盗を働いて逮捕され、まもなくメキシコへ逃亡。残されたパットは武装革命から足を洗い、“ボブ・ファーガソン”という名前の別人として、幼い娘と一緒に新しい人生を歩み出すことになる──。

かくして16年後。スティーリー・ダンの初期の名曲「ダーティ・ワーク」と共に幕を開ける、ここからが本編だ。カリフォルニアのサンクチュアリ・シティ(聖域都市)──不法移民などを助けるために国政府との協力を拒否する自治体、バクタンクロスで暮らしている元革命家のボブ・ファーガソン(ディカプリオ)は、すっかり自堕落な中年男になっている。家のソファに寝そべって、マリファナを常時吸いながら、アルジェリア独立戦争のレジスタンスの活躍を描いた映画『アルジェの戦い』(1966年/監督:ジッロ・ポンテコルヴォ)のビデオなんかを“癒やしの娯楽”として楽しむ日々だ。この世捨て人感漂うシングルファーザーに対し、16歳になった娘のウィラ(チェイス・インフィニティ)は聡明で快活な高校生に育っていた。リベラル派の友人たちと健全な青春を送りつつ、近所に道場を持つインストラクターの“センセイ”(ベニチオ・デル・トロ)のもとで空手を習い、早くも中級者レベルの紫帯を巻いている。

時代設定が明示されるわけではないが、スマートフォンなども普通に散見される本編は「現在」であり、進歩的な政治的意識やジェンダー観を持ったティーンエイジャーのウィラは、いまどきのZ世代女子だ。となるとプロローグの「過去」パートは2009年辺りかと推測されるが(仮にそうならバラク・オバマ政権下となる)、「フレンチ75」はブラックパンサー党やウエザーマンなどを連想させる急進的革命組織でシックスティーズの色が濃厚。レオナルド・ディカプリオも「ボブは1960年代後半のさまざまな革命家たちを混ぜ合わせた存在だ」と説明している。おそらくPTAは、保守的なレーガニズムに支配された1984年と、政治闘争の季節である1960年代(象徴的には1968年)という原作の時間差を、ドナルド・トランプ政権下を「現在」とする構図にスライドさせたのだろう。ゆえに2010年代、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動など変革の機運を経たのに、「16年後、世界はほとんど変わっていない」とナレーションで言及されるわけだ。

さて、ペルフィディアを挟んでボブと奇妙な三角関係を結んでいた宿敵、あの変態軍人ロックジョーが、再び登場することになる。大佐かつ警視に出世した彼は、秘密結社「クリスマスの冒険者」への入会を切に望んでいる。だが、クラブでは異人種間の肉体関係を厳しく禁じている。もし自分と黒人女性との間に産まれた子がいたとしたら? ロックジョーはその事実の可能性を隠すために、まずはウィラを拉致する強行に出る──。

このロックジョーの勝手な都合による厄介な騒動に巻き込まれる形で、ボブの呑気な日常が突然荒れることになる。彼は久々に古巣の「フレンチ75」に電話して助けを求めようとするのだが、「今、何時?(What time is it?)」という仲間内の暗号のアンサーを完全に忘れてしまっていた。超テンパったボブが答えを全然思い出せずに苛立つくだりは、まさに抱腹絶倒のスラップスティック・コメディ。そして実は移民たちの救済活動を地下で行っていた空手の先生=“センセイ”を相棒に、行方不明になった娘ウィラを捜しに出かける。

怒涛に転がっていくパワフルな展開の中、俳優たちが絶品。念願のPTA組初参加となるレオナルド・ディカプリオ──彼は『ブギーナイツ』(1997年)の主人公役の候補に挙がっていたが、ジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック』(1997年)の仕事がすでに決まっていたため、オファーを蹴ってしまったことを「人生最大の後悔」だと発言している──は、一人娘を必死に助けようとするヨレヨレのパパをチャーミングに快演。ヒッピーライクな元革命家のスラッカーという設定や、ナイトガウン姿のまま動き回るあたりなど、『ビッグ・リボウスキ』(1998年/監督:ジョエル・コーエン)でジェフ・ブリッジスが扮した主人公デュードを彷彿させたりも。そしてボブと敵対する変態軍人ロックジョー役のショーン・ペンは、まさに怪演。PTA組は前作『リコリス・ピザ』(2021年)に続けての登板となるが、ネオナチ丸出しの髪型でエキセントリックなねちっこさと不気味さを発揮し、圧倒的な存在感を見せる。さらに空手の“センセイ”役、ベニチオ・デル・トロの飄々とした佇まいも魅力的。彼の着メロが『ロッキー3』(1982年/監督:シルヴェスター・スタローン)の主題歌である、サバイバーのヒット曲「アイ・オブ・ザ・タイガー」なのも笑える。

右/ポール・トーマス・アンダーソン監督
右/ポール・トーマス・アンダーソン監督

だが何といっても、本作の華はふたりの女性キャストだ。まず「過去」パートのみの登場ながら、鮮烈なカリスマ性を放つペルフィディア役のテヤナ・テイラー。シンガーソングライターをはじめ、ダンサー、モデルなど多岐にわたる活動を繰り広げる彼女にとって、俳優としての決定的な代表作が生まれたといえるだろう。そしてこれが長編映画デビューとなる、娘ウィラ役の新星チェイス・インフィニティの素晴らしさ。本作の物語は一見“父と娘”の絆を軸として展開するが、実はPTAの世界像を更新する“母と娘”という主題が深く潜み、最終的には感動的に前面化してくることにぜひ注目してほしい。

さらに台詞の面白さ、ディテールの豊かさ、未来展望に向けたメッセージ性など、『ワン・バトル・アフター・アナザー』の美点に触れていくとキリがないのだが、結局のところ本作の卓越はPTAの演出力のすごさ──身も蓋もないようだが、これに尽きるといってもいいだろう。呼吸の深さ、地肩の強さ。とりわけクライマックスとなるカーチェイスはすごすぎ! カリフォルニア州ボレゴ・スプリングスのハイウェイ78付近と、アンザ=ボレゴ砂漠州立公園の丘陵地帯で撮影したという大波のような坂道でのロードアクションは、映画的快楽の極致だ。フィルム撮影であることも含め、映画のタイプとしては伝統主義的な系譜の延長&拡張かもしれない。言うならば、昔ながらのアメ車のようなごっついボディに、モンスター級排気量のエンジンを搭載して、最新EV車をがんがん追い抜きながらPTAはハンドルを自在に切っていく──そんなイメージが思い浮かぶ。ジョニー・グリーンウッドの音楽もやはり完璧だ。2025年、その他大勢とは“格が違う”問答無用の一本がついに出現してしまったのである!

『ワン・バトル・アフター・アナザー』
監督・脚本/ポール・トーマス・アンダーソン
出演/レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル=トロ、テヤナ・テイラー、チェイス・インフィニティ
大ヒット上映中
obaa-movie.jp

配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation.
Dolby Cinema® is a registered trademark of Dolby Laboratories

映画レビューをもっと見る


 

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人 Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。
 

Magazine

JANUARY / FEBRUARY 2026 N°193

2025.11.28 発売

The New Me

あたらしい私へ

オンライン書店で購入する