A24×フルーツ・ツリーが贈る新時代のカルトムービー誕生『テレビの中に入りたい』 | Numero TOKYO
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A24×フルーツ・ツリーが贈る新時代のカルトムービー誕生『テレビの中に入りたい』

人気スタジオ、A24が新たなマスターピースを世に送り出した。2024年のアメリカ映画『テレビの中に入りたい(原題:I saw the TV glow)』は、閉塞した日常の中で自分自身を見つけようともがく若者の姿を、幻想的かつスリリングな映像世界で描く。極めて独創的な青春物語だ。

本作は2024年サンダンス映画祭ミッドナイト部門でプレミア上映され、第74回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に正式出品。さらに第40回インディペンデント・スピリット賞では作品賞を含む主要5部門にノミネートされるなど、世界中に熱狂的なファンを生み出している。全米では同年5月3日に4館で限定公開され、5月17日には469館にまで拡大。多くの観客が“私の映画”として愛し、すでにカルトクラシックの香りすら漂わせているほど。

誰しも一度は思う。「ここではない、どこかへ行きたい」と。けれど、現実はそう簡単に変わらない。少年オーウェンもまた、そんな思いを胸に抱えていた。彼が本当に安らげる場所は、現実ではなく、テレビの中にしかなかった──。

物語は1996年、アメリカ郊外の小さな街から始まる。内向的な少年オーウェン(ジャスティス・スミス)の30年にわたる人生を軸に、社会の規範に馴染めず孤独を抱える人間のアイデンティティの模索が描かれる。彼には“ある秘密”があり、それを隠して生きるか、勇気を出して自己解放へと向かうかが物語の主題となる。

オーウェンが2歳年上の少女マディ(ジャック・ヘヴン)と出会うのは、大統領選挙の投票所となった学校でのこと。そこで彼女がひとり読んでいたのは、深夜番組“PO”こと『ピンク・オペーク』のオフィシャルブックだった。イザベルとタラという女子ヒーローが、邪悪な“ミスター・メランコリー”の怪物たちと戦うこの番組は、ダークかつポップな世界観が特徴で、マディはタラに自分を重ね、オーウェンはイザベルに感情移入するようになる。ふたりにとってこの番組は、現実の苦しさを忘れさせてくれる唯一の居場所となった。

しかし、やがてマディは突然失踪し、番組もシーズン5で終了。母親を病気で亡くしたオーウェンは街を出ることなく、喪失感を抱えながら日々を過ごす。8年後、地元の映画館で働く彼の前にマディが再び現れ、「番組の中に入っていた」と語る。彼女はオーウェンを“PO”の世界へ誘うのだが──。

この映画の本質は、主人公オーウェンの“内面の物語”にある。外側のストーリーは曖昧で謎めいているが、芯には「自己解放か抑圧か」という明確なテーマが通っている。劇中劇として登場する『ピンク・オペーク』は、少年期のオーウェンが自分を重ねる対象であり、性自認の問題を示唆する象徴でもある。これは監督ジェーン・シェーンブルン自身の投影とも言えるが、同時に普遍的なアイデンティティの葛藤として多くの共感を呼ぶだろう。

父親はマッチョな白人男性で保守的な価値観を押し付ける存在。オーウェンも母親もアフリカ系であることから、彼は再婚した継父と暮らしていると推察される。父親役を演じているのは、アメリカのバンド、リンプ・ビズキットのフレッド・ダースト。母親の死後、父との二人暮らしが始まり、オーウェンはさらに抑圧された環境に閉じ込められる。「男にならなきゃ」と呟く場面は、社会的な呪縛に囚われ続ける姿を象徴している。

マディはオーウェンにとって解放の可能性を示す存在だった。彼女が再び現れた時、オーウェンは“向こう側”へ踏み出すチャンスを得るのだが、果たして彼の選択は──? このふたりの不思議な再会は、『ピンク・オペーク』の世界観と現実が絡み合う重要な場面であり、監督の映像設計の緻密さが際立つ。

監督・脚本を手がけたのは1987年生まれの新進気鋭、ジェーン・シェーンブルン。今作は2021年の『We’re All Going to the World’s Fair』に続く「スクリーン三部作」の第2作目となる。トランスフェミニンでノンバイナリーであることを公表し、クィア映画の推進者でもある監督が、思春期に出会ったカルチャーやフィクションを自分自身を見つける場所として描いた本作は、魂の“牢獄”からの脱出をロマンティックに表現している。

劇中のテレビ番組『ピンク・オペーク』は35mmフィルムで撮影され、VHSやベータマックスに変換されることで、夢と現実の狭間のような質感を生み出している。音楽はアレックス・Gが担当し、スネイル・メイルによるスマッシング・パンプキンズの名曲「Tonight, Tonight」(1995年のアルバム『メロンコリーそして終りのない悲しみ』収録)のカヴァーも劇中に流れる。なお『ピンク・オペーク』のタイトルは、英国のゴシックロックバンド、コクトー・ツインズが1985年に発表した同名アルバムから得たもの。

主人公オーウェン役を演じたのはジャスティス・スミス。Netflixシリーズ『ゲットダウン』(2016~17年/製作総指揮・原案:バズ・ラーマン)の主演でブレイクし、『ジュラシック・ワールド/炎の王国』(2018年/監督:J・A・バヨナ)や『名探偵ピカチュウ』(2019年/監督:ロブ・レターマン)などにも出演。クィアであることを公表している彼は「この映画に絶対出たい」と熱望したという。マディ役はジャック・ヘヴン。2025年にブリジット・ランディ=ペインから改名を発表し、彼女もまたクィアを公表している。

劇中番組『ピンク・オペーク』のヒーロー、イザベルとタラを演じるのは、次世代の実力派ヘレナ・ハワードと、人気ミュージシャンのリンジー・ジョーダン。「スネイル・メイル」名義で活動するジョーダンは、90年代のオルタナティヴ・サウンドを彷彿とさせる音楽で支持を集めるインディロック界のカリスマであり、今回が俳優デビューとなった。

製作はA24と、俳優エマ・ストーンが設立した映画制作会社フルーツ・ツリーの共同体制。『哀れなるものたち』(2023年/監督:ヨルゴス・ランティモス)や『リアル・ペイン~心の旅~』(2024年/監督:ジェシー・アイゼンバーグ)など、オスカー受賞作を手がけてきた注目のスタジオであり、今回はストーンとパートナーで共同経営者のデイヴ・マッカリーが、シェーンブルン監督の脚本に惚れ込んで参加している。

こだわりが目一杯詰まったヴィジュアルの卓越したセンス、考察や解釈の余地を残したミステリアスな寓話世界、そして魂の奥底から噴き上がってくるような生々しいエモーション──。多様な魅力と美点を兼ね備えた本作は、カテゴライズ不能で類似作も見当たらないほど個性的な作品設計を誇っている。

そしてラストシーンはとにかく衝撃的だ。ただならぬ余韻をもたらすはずだと断言したい。かつてブラウン管越しに見た、あのまばゆい幻想。その記憶の奥には、なお消えずに息づく美がある。この作品が静かに語りかけるのは、“本当の自分”と向き合う勇気。心の深層にそっと触れるような、知覚の扉を開く新時代のカルトムービー。あなたにとっての『ピンク・オペーク』は、いまも胸の中で光を放ち続けているだろうか?

『テレビの中に入りたい』
監督・脚本/ジェーン・シェーンブルン
出演/ジャスティス・スミス、ジャック・ヘヴン、ヘレナ・ハワード、リンジー・ジョーダン(スネイルメイル) 
全国公開中
https://a24jp.com/films/tv-hairitai/

© 2023 PINK OPAQUE RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人 Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。
 

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