松尾貴史が選ぶ今月の映画『ユニバーサル・ランゲージ』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『ユニバーサル・ランゲージ』

公用語はペルシャ語とフランス語、イラン文化が強く反映された架空の町ウィニペグが舞台。メガネをなくした友達のオミッドに、凍った湖の中で見つけた大金で新しいメガネを買ってあげようとするネギンとナズゴルだが…。ちょっとズレた人々が織りなす、すれ違いのファンタジー。映画『ユニバーサル・ランゲージ』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年10月号掲載)

自他を分けない優しい世界

上方落語の故・桂米朝さんが生前演じられた古典の演目『天狗裁き』は名作ですが、大胆に演出を工夫されて、今では東京の落語家も米朝さんの考案した構成で演じている人が多いようです。その噺の本題に入る前のいわゆるマクラで、ある男が夢の中で雪道を歩いていたら、凍った水たまりの中に小判を見つけて、何とかして取り出したいと思案するうち、「体温で溶かそう」と思い立ち、自分の小便をかけていたらあと少しというところで目が覚めてしまい、悔しい思いをするという小噺をされるのですが、「小判が夢で小便は本当だった」というオチがついていました。なぜこんな話を書いたのかは、ぜひ映画をご覧になっていただきたいのです。

当欄ではこんなことをしょっちゅう言っているようですが、これはまた珍品です。淡々としていますが、その一見起伏がない進行具合が、私たちのイマジネーションを掻き立ててくれるのです。

映像もシンプルで、しかし据えられた視点の独創的な画角は、冒頭からいろいろなものを想像させてくれる、すこぶる刺激的なものです。まるでコンテンポラリーアートを鑑賞しているかのような気分ですが、物語の進み具合はまるで大人向けの絵本を眺めているような気持ちにもなります。

カナダにあるとされる架空の町、ウィニペグが舞台です。この町ではイランの文化が強く反映されていて、ペルシャ語とフランス語が公用語となっています。その複数の言語が交錯する様が、都市の雰囲気に不思議な空気を醸し出していて、独特の世界観を生んでいます。

二人の姉妹、ネギンとナズゴルは、どういう加減か七面鳥に奪われてしまった友達のメガネを取り戻すべく、探索を始めるのです。授業中に先生が癇癪を起こしてしまい、「メガネが見つかるまで授業は中止!」という理不尽な状況に立たされてしまっていたのでした。

しかし、子どものすることなのでどうにも心許なく、相談に乗ってくれる大人たちもエキセントリックだったりストレンジだったりで、なかなかことがうまく転がりません。しかし、全編を通じて、どこかしら優しい世界で、「自」と「他」を分けない心遣いや、人に親切にする価値のようなものを逐一考えさせられてしまうのです。昨今、世代の分断を煽ったり、排外主義を主張したりする集団が増長している日本社会と比べると、この映画の中の世界は何と温かく優しいのでしょうか。不条理なのに優しい、不可思議な共感を覚えさせてくれます。

静かではありますが、カット割りが独特で、その展開が非常にユーモラスで、ファンタジー的要素も強く、コミカルでもあるので時間が経つのを忘れます。そして終盤に、バラバラだと思っていた要素が見事につながる浄化作用もまた素晴らしいのです。

『ユニバーサル・ランゲージ』

監督・脚本/マシュー・ランキン
出演/ロジーナ・エスマエイリ、サバ・ヴェヘディウセフィ、ピローズ・ネマティ、マシュー・ランキン
公開中
https://klockworx.com/movies/universallanguage/

配給/クロックワークス
© 2024 METAFILMS

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史 Takashi Matsuo 俳優、タレント、創作折り紙「折り顔」作家など、さまざまな分野で活躍中。近著に、毎日新聞のコラムの書籍化第5弾『違和感にもほどがある!』 。東京・大阪にて朗読劇『ハロルドとモード』 出演予定(9月30日〜)。カレー店「パンニャ」店主。
 

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