新しくてどこか懐かしい珠玉のアメリカンインディーズ映画『フォーチュンクッキー』

原題は“Fremont(フリーモント)”。米カリフォルニア州の都市フリーモントの郊外を舞台にした2023年の映画『フォーチュンクッキー』は、ジム・ジャームッシュ監督やアキ・カウリスマキ監督のスタイルを彷彿とさせる珠玉のインディペンデント映画だ。

中東からカリフォルニアの郊外にやってきた移民女性の孤独と葛藤、そして出会いとは
主人公はアフガニスタンからやってきた20代の移民の女性ドニヤ。祖国では首都カブールの米軍基地で通訳の仕事をしていた彼女だが、武装勢力のタリバンに追われ亡命。いまはチャイナタウンにある小さなフォーチュンクッキー工場で働いている。監督はこれが長編4作目になるババク・ジャラリ(1978年生まれ)で、彼はイラン出身の英国ロンドン育ち。91分の一見シンプルなアメリカ映画だが、そこには英語、ダリー語、広東語が行き交い、いろいろな地政学が交錯して豊かな奥行きを形作っている。

冒頭からカウリスマキの『マッチ工場の少女』(1990年)や『枯れ葉』(2023年)などを連想させる町工場の慎ましい勤務風景が映し出され、映像はモノクローム。カウリスマキは『ル・アーヴルの靴みがき』(2011年)や『希望のかなた』(2017年)などで移民・難民というモチーフを扱ったが、『フォーチュンクッキー』も中東情勢という非常に難しい政治的問題の反映がある。
アフガニスタンでは2001年にアメリカが軍事介入でタリバン政権を一度崩壊させたが、20年後の2021年にタリバンは復権し、実のところ国内の支持も高い。そうなるとビザ取得のために米軍基地で働いていた主人公ドニヤは居場所がなくなり、家族からも「裏切者の娘を育てた」と非難されている。

カブールでは何度か戦闘にも遭遇してPTSDを負い、いまも不眠症に悩まされ、精神科のカウンセリングにも通っているドニヤ。もし映画のタッチが違えば、これは完全に社会派の内容だといっていい。それを日常生活の機微に目を向ける小粋なメルヘン調のお話に仕立てているのが、本作のユニークな美点だ。

やがてドニヤは職場の工場で、おみくじのクッキーにメッセージを書く仕事を任される。そして彼女は新たな出会いを求めて、メッセージのひとつに自分の電話番号を書いたものをこっそり紛れ込ませるのだが……。
アパートと職場、行きつけの食堂や病院を往復するだけの単調な日々を過ごす中で、ほんの小さな行動を起こすことが、自分を取り戻すきっかけにつながる。彼女の心の変容をモノクローム映像で表現することで、日常に隠れた美しさが際立つ。色彩というフレーム内の情報を排除することで、感情や人物そのものへの焦点が強調されているともいえるだろう。

タル・ベーラやジャームッシュなどからの影響を公言しているババク・ジャラリ監督の技量は、多文化的要素や登場人物たちの内面的な葛藤を、繊細かつスタイリッシュに描く点にある。例えばアメリカの中国系移民の特有文化であるフォーチュンクッキー(もともとは日本の辻占煎餅がルーツという説もある)をモチーフとし、深圳出身の工場オーナーのリッキーに「中国とアフガニスタンが国境を接していることは知っていたか? 国境を接する国の人たちには似ている点が多いんだ」と語らせたりする。また“BE LIKE WATER(水になれ)”という名言と共にブルース・リーの壁画が登場したりも。
映画は移民やマイノリティの視点を持ちながらも、孤独や罪悪感、幸福の希求という普遍的な主題にフォーカスし、我々観る者を深い共感へと導いてくれる。「美徳は中庸なり」と説くリッキーの台詞も、この映画自体の絶妙なバランス感覚を表しているようで印象深い。

主人公のドニヤを演じるのは、アフガニスタン出身で国営テレビ局のジャーナリストだった新星アナイタ・ワリ・ザダ。若くしてメディアでのリベラルな活動を繰り広げる著名人となった彼女だが、タリバンの標的となり国外に逃亡。自らの経験とも重なるドニヤ役で映画初出演にして主演を果たし、第39回インディペンデント・スピリット賞のブレイクスルー賞にノミネートされるなど各方面で絶賛を浴びた。
そして彼女の出会いの相手となる自動車整備士の青年ダニエル役には、人気ドラマシリーズ『一流シェフのファミリーレストラン』(2022年~)の主人公カーミー役で知られるジェレミー・アレン・ホワイト。米ロック界の重鎮、ブルース・スプリングスティーンの伝記映画『Deliver Me From Nowhere(原題)』でも主演を務めている目下最注目の気鋭スターだ。本作は2023年の第39回サンダンス映画祭でプレミア上映され、第39回インディペンデント・スピリット賞ではジョン・カサヴェテス賞を受賞するなど、多数の映画祭で観客の心を虜にしている。

豪華キャストに華々しい映画祭での戦歴なども付いているが、映画の中身はあくまでもささやかな人間模様を描く、ふらっと入った雑貨屋で見つけた宝物のような逸品である。
そして“フリーク・フォークのゴッドマザー”の異名を取るイングランドの伝説的シンガーソングライター、ヴァシュティ・バニヤンの1970年の名曲「ダイアモンド・デイ」(エンディングだけでなく劇中のカラオケでも使われる!)や、精神科医のアンソニー(グレッグ・ターキントン)が愛する米自然主義文学の代表的な作家、ジャック・ロンドン(1876年生~1916年没)の小説『白い牙』、さらにドニヤとダニエルの出会いを祝福する謎の鹿の置き物(妙にでかい!)など、幸運を呼び寄せるような忘れ難いアイテムでいっぱいだ。
『フォーチュンクッキー』
監督/ババク・ジャラリ
出演/アナイタ・ワリ・ザダ、グレッグ・ターキントン、ジェレミー・アレン・ホワイト
6月27日(金)よりシネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷ホワイトシネクイント、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中
https://mimosafilms.com/fortunecookie/
© 2023 Fremont The Movie LLC
配給/ミモザフィルムズ
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito
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