驚異のネイチャードキュメンタリー風カルトムービー『サスカッチ・サンセット』

ネッシーや雪男、ツチノコなどと並んで知られるUMA(未確認動物)のひとつ、毛むくじゃらの巨大な猿人サスカッチ。一般的には“ビッグフット”という名称のほうが広く普及しているが、サスカッチはそれ以前から、アメリカ先住民の部族が呼んでいた獣人の名前で、のちにビッグフットと同じものを指すのではないかと言われるようになった。

巨大な猿人サスカッチは本当にいた!? 奇才兄弟監督が精鋭チームで贈るUMA伝説へのラブレター
サスカッチ/ビッグフットが登場する映画は、リック・ベイカーが特殊メイクを務めたコメディ映画『ハリーとヘンダスン一家』(1987年/監督:ウィリアム・ディア)などいくつか存在するが、UMA好きのガチ勢を納得させる出来のものは中々現れなかったといっていい。だがついに異常な執念で、この伝説の映像化に取り組んだ本格的な1本が登場した。それが2024年のアメリカ映画『サスカッチ・サンセット』だ。北米の霧深い森で暮らすサスカッチの生態を、ネイチャードキュメンタリーのようなタッチでユーモラスに捉えた怪作にして力作。人間は一切登場せず、必然的に全編台詞なし。ノンバーバル(非言語的)コミュニケーションで結びつくサスカッチたちを観察するように、“仮説としてのリアリズム”に基づいた生活の様相が活写&展開されていく。

描かれるのは森で暮らす4頭のサスカッチの1年だ。リーダー格のアルファオス(ネイサン・ゼルナー)が率いる群れに居るのは、つがいのメス(ライリー・キーオ)と息子のジュニア(クリストフ・ゼイジャック=デネク)。そしてもう一頭のオス(ジェシー・アイゼンバーグ)。寝床をつくり、食料を探し、交尾をするという営みを繰り返していたが、ある日、毒キノコを食べてしまったアルファオスは錯乱状態となり、鋭い牙を持ったピューマに交尾を迫って食い殺される。リーダーを失った群れは春を過ぎて夏を迎え、やがて秋が来て、冬へと巡っていく……。

本作で何より驚かされるのはモーション・キャプチャーなどのVFXではなく、俳優たちが昔ながらの特殊メイクを施していること。キャストは穏やかなオス役に『リアル・ペイン~心の旅~』(2024年)などの監督としても活躍するジェシー・アイゼンバーグ(製作にも参加)。メス役に『Zola ゾラ』(2020年)などのライリー・キーオ。ジュニア役にクリストフ・ゼイジャック=デネク。そして支配的なアルファオス役は、共同監督でもあるネイサン・ゼルナーだ。彼らは毎日精巧なコスチュームを着用し、メイクに2時間かけて入念な準備を施したうえで撮影に挑んだ。

撮影期間は2022年10月から11月にかけての23日間。レッドウッド国立公園のある米カリフォルニア北部ハンボルト郡で行われた。全編が雄大な自然の中のロケーションで撮られ、セットはもちろんスタジオや屋内での撮影もなし。サスカッチの動きや仕草を研究して習得した俳優たちは、卓越した演技力を発揮。シーンによってはパントマイム的なコントでも観ているような、自然主義のサイレント映画風に仕上げた。特殊メイクとクリーチャーデザインを手がけたのはスティーヴ・ニューバーンで、製作総指揮には『ヘレディタリー/継承』(2018年)や『ボーはおそれている』(2023年)で彼と組んだ人気監督アリ・アスターが名を連ねている。

監督・脚本・製作を手がけたのは、米コロラド州出身のデヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナーからなるゼルナー兄弟。幼い頃にパターソン・ギムリン・フィルムが撮影したビッグフットの映像(1967年発表)に驚いて、サスカッチ伝説の虜になった彼らは、まず2010年にサスカッチのメスが介助なしで出産する様子を描いた4分間の短編映画『Sasquatch Birth Journal No.2』を制作し、2011年のサンダンス映画祭で上映。それ以来、10年以上の歳月をかけて『サスカッチ・サンセット』を完成させた。

奇才ゼルナー兄弟の作品では、カルト的支持を得ている菊地凛子主演の映画『トレジャーハンター・クミコ』(2014年)が忘れ難い。コーエン兄弟の映画『ファーゴ』(1996年)の内容を本物だと信じている日本人女性クミコが、劇中で雪に埋められた身代金を探すためにアメリカのミネソタ州へ旅立つ。地元の親切な警官に「あれは映画なんだ、作り物なんだよ」と諭されても、「ノット・フェイク! あれはリアルなの」とムキになって反論するクミコ。“未知のもの”に対してピュアな情熱を燃やす彼女は、ゼルナー兄弟自身の姿だったのかもしれない。

今回、子どもの頃から夢中だった伝説へのラブレターとばかりに、徹底したこだわりでサスカッチを視覚化したゼルナー兄弟だが、本作では壮大なジョークとしての脱力感と、風刺劇の匂いを漂わせる緊張感が絶妙に交差している。例えば森を進んだ先で初めて目にした舗装された道路に脅え、思わず大量の糞尿を撒き散らすサスカッチたち。あるいは無人のキャンプ場で、カセットプレーヤーから英国のエレクトロ・ポップ・バンド、イレイジャーの「Love to Hate You」(1991年)が突然流れ出すシーン。姿を見せない人類の気配だけを描いた『サスカッチ・サンセット』は、どこか『猿の惑星』(1968年/監督:フランクリン・J・シャフナー)の流れを受け継ぐ、自然と文明をめぐるシュールなサタイア(風刺)コミックであるかもしれない。
そんな真面目にもお気楽にも愉しめる本作は、2024年のサンダンス映画祭やベルリン国際映画祭、SXSW映画祭、インドのMAMIムンバイ映画祭ワールド・シネマ部門などで上映され、世界中の多くの観客に愛されている。
『サスカッチ・サンセット』
監督/デヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー
出演/ジェシー・アイゼンバーグ、ライリー・キーオ
製作/アリ・アスター
5/23(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
https://sasquatch-movie.com/
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito
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