アラン・ギロディ監督の長編3作が公開! 欲望と性愛が自由に駆動するまったく新しい物語

現代のフランスを代表するインディペンデントの異才監督ながら、日本では映画祭でしか上映されてこなかったその作品群が、いよいよ初めてロードショー公開される。監督の名はアラン・ギロディ。1964年生まれだから決して若手ではない。これまでに発表した長編は7作品。今回はその中から2024年の最新作『ミゼリコルディア』をはじめ、2022年の『ノーバディーズ・ヒーロー』、2013年の『湖の見知らぬ男』の計3作品が一挙に劇場公開となる。

いよいよ日本上陸するフランス最尖鋭の異才監督、アラン・ギロディの世界へようこそ!
ギロディ監督の映画の核心的な主題、あるいは物語の駆動力となるのは「欲望」である。いや、もっと露骨に「性愛」だと言い切っていいかもしれない。乱暴に要約するなら「誰が誰を好きになるか判らない」世界だ。彼の映画の登場人物たちは、性別や年齢や人種、容姿などに関する凡庸な偏見や常識、時にはモラルすらも飛び越えて、愛やセックスの全的な肯定性に向かっていく。そうして我々はあらゆる既成のコードから解き放たれた、まったく新しい物語の形を目撃することになる。オープンリーゲイであり、南仏の自然あふれる田舎を好んで舞台にするギロディ監督(アヴェロン県の農家出身)の描く世界は、倫理や罪の意識といった市民社会の緊張感をそれなりに受け止めながらも、動物的な本能に従って生きる人間たちの大らかなアナーキズムの精神に満ちているのだ。

とりわけフランス国内での評価は高い。2001年の第54回カンヌ国際映画祭の「監督週間」に選出された初期の中編『Ce vieux rêve qui bouge(動き出すかつての夢)』について、ジャン=リュック・ゴダールはその年のカンヌの最高作だと評した。映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』が選出する年間ベストテンでは、『ミゼリコルディア』と『湖の見知らぬ男』が各々の年度の第1位を獲得。『ノーバディーズ・ヒーロー』も第9位にランクインするなど、他を寄せ付けないほど圧倒的な支持を得ている。

2024年の『ミゼリコルディア』(長編第7作)は、そんなアラン・ギロディ独特の世界を存分に味わえる一本だ。タイトルは「慈悲」の意。スペインとの国境に近い南仏トゥールーズの街から辺鄙な田舎の村に車を走らせる青年ジェレミー(フェリックス・キシル)が主人公。彼はかつて世話になったパン屋の店主が亡くなり、彼の葬儀に参加するため地元に帰郷してきた。そこで未亡人となった店主の妻マルティーヌ(カトリーヌ・フロ)の自宅に宿泊することになる。だがマルティーヌの息子であり粗野な旧友のヴァンサン(ジャン=バティスト・デュラン)は、「ジェレミーは俺の母親と寝ようとしている」と嫌悪感や猜疑心を隠さない。またもうひとりの旧友ワルター(デヴィッド・アヤラ)、さらに高齢の神父フィリップ(ジャック・ドゥヴレイ)や警官らも巻き込んで、しっちゃかめっちゃかの人間関係が複雑に交錯していく。

他者の「欲望」や「性愛」に火をつけていくひとりの人間の介在により、ある共同体の平穏が乱される──こういった状況設定は格段珍しくないのだが、ギロディ監督の場合はパンセクシュアル(全性愛)を主軸に、秩序や共同幻想から個の自由を数珠つなぎのように解放させていく。まさに「誰が誰を好きになるか判らない」──ラブ&セックスの可能性の実験場といった趣だ。やがて関係のもつれから犯罪も勃発するが、切迫した状況下でも、人間というおかしな動物が持つ身も蓋もない滑稽さが打ち出され、ミステリーやスリラーの定石が奇妙な形に脱臼されていく。こんな変なストーリー展開、きっと誰も観たことがない!

2022年の『ノーバディーズ・ヒーロー』(長編第6作)は、ギロディ監督としては異例となる都市空間が舞台。季節はクリスマス。フランスの中央高地に位置するクレルモン=フェランの街中で、ランニング中の30代の男性メデリック(ジャン=シャルル・クリシェ)と、夫もいる50代半ばの娼婦イザドラ(ノエミ・ルボルスキー)が出会う。ふたりがホテルでセックスに及んでいる最中、ジョード広場でテロが発生。無差別に市民を襲った犯人グループのうち、1人がまだ見つからない。メデリックはたまたま目の前に現れたアラブ系の家出青年セリム(リエス・カドリ)をテロリストではないかと疑う──。本作は移民問題をステレオタイプな偏見という視座から鋭く抉るものだが、しかし通例の社会派の域にはとどまらない。やがて近隣住人たちを巻き込んで、カオティックな珍騒動に突き進んでいくドタバタ喜劇のような展開には呆気に取られるはず!

2013年の『湖の見知らぬ男』(長編第4作)は、ゲイの男性たちが相手を求めて集まるヌーディストビーチ──美しい湖が広がる出会いの場が舞台となる。日々そこに通う失業中の青年フランク(ピエール・ドゥラドンシャン)を主人公に、全編この湖畔と周辺だけで物語が展開するが、一見桃源郷のようなこの場所で、ある時、殺人事件が起こる。フランス映画の定番ジャンルであるヴァカンス映画を独自改造する中で、宙吊りのサスペンス話法がソリッドにキマった傑作。本作は第66回カンヌ国際映画祭で監督賞とクィア・パルム賞を獲得したギロディ監督の出世作であり、いまもこれを最高作に推す人も多い。
とにかく斬新で、風変わりで、面白い。人間という生き物を特異な目線でスケッチし、破格のストーリーテリングで探究するアラン・ギロディの映画群は、我々の凝り固まった感覚や理念を愉快に破壊し、新しい扉を開く体験になること請け合いである。
『ミゼリコルディア』
『ノーバディーズ・ヒーロー』
『湖の見知らぬ男』
監督/アラン・ギロティ
3月22日(土)3作品同時公開
https://www.sunny-film.com/alain-guiraudie
映画レビューをもっと見る
Profile
