メキシコから届いた新鋭監督の珠玉の感動作。映画『夏の終わりに願うこと』
大家族が集まる夏の終わり。7歳の少女ソル(ナイマ・センティエス)は、病気で療養中である絵描きの父親トナ(マテオ・ガルシア・エリソンド)の誕生日パーティのために、母親ルシア(イアスア・ラリオス)が運転する車で祖父の家に向かっている。到着すると、みんなは夜のパーティに向けて準備の真っ最中。ソルは「パパに会ってもいい?」と訪ねるが、いまは身体を休めているからと、まだ会わせてもらえない──。
ひとりの少女の目を通した家族の風景──夏の終わりの儚い太陽に照らされたパーティーの1日が始まる
メキシコからひとりの少女の揺れ動く心を通して、かけがえのない1日を描くヒューマンドラマの傑作が届いた。監督・脚本はこれが長編第2作となる新進気鋭のリラ・アビレス(1982年生まれ、メキシコシティ出身)。10年間俳優としてキャリアを積んだあと制作側に転向し、自分の会社を立ち上げる。初の長編監督映画『The Chambermaid』(2018年)でいきなり第92回アカデミー賞長編映画賞メキシコ代表に選出。2023年にはファッションブランドMIU MIUの短編アンソロジーシリーズ「Women’s Tales」の中の一篇「Eye Two Times Mouth」の監督を務めた。そして本作『夏の終わりに願うこと』は第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門でプレミア上映され、エキュメニカル審査員賞を受賞。また第96回アカデミー賞国際長編映画賞のショートリストにも選出されるなど、国際的に大きな注目を集めている。今回は俳優のサルマ・ハエックがその才能に惚れ込み、エグゼクティヴプロデューサーとして名を連ねた。
この映画で描かれるのは、家族や親戚が久々に一堂に会するホームパーティの様子。主人公の少女ソル(“Sol”はスペイン語で太陽の意)にとって、離れて暮らす最愛の父親に会える特別な1日。しかしその父親トナは末期ガンで闘病中だ。つまりこのパーティは「別れ」に向かう儀式でもある。「パパが死にませんように」と心から願うソル。その無垢な目に映る光景は、死期が迫る身内というのっぴきならぬ問題に際して、それぞれが右往左往する大人たちの姿だ。お手製のケーキを作ろうと張り切っている伯母のヌリア(モンセラート・マラニョン)は、仕切り屋の長姉アレハンドラ(マリソル・ガセ)から何かと抑圧を受けて苛立ちを募らせる。またアレハンドラは除霊のため霊媒師を呼んでしまい、精神科医の祖父から「やめろ、悪魔払いの気分じゃない!」と激怒される。さらに親戚の子どもたちは勝手に遊んだり、ゲームをしたり。主役であるはずのパパは寝室に閉じこもったまま。為す術のないソルは不安を覚える。ほぼワンシチュエーションのホームドラマという枠組みの中に、祝祭と厳粛、喜びと哀しみ、光と影、生と死といった人生の悲喜交々が有機的に渦巻いている。
まるでドタバタコメディのような珍騒動や、けんかやトラブルも起きるけども、それでも今日は大切な一日。パパも居る。確かにこれは「パーティ」の映画だ。動物や虫が大好きなソルは、庭でかたつむりを見つけてくる。他にも猫、蟻、カマキリ、金魚、オウム、カラス、犬などの姿も。そしてようやく面会できたパパは、ソルへのプレゼントとして、大きなキャンバスにふくろう、かえる、白鳥、へびなどの絵をたくさん描いてくれていた。この映画に登場する生命体のすべてが美しい。ラテンアメリカならではともいえる特有の豊かさと大きさを持つ、家族をめぐる風景には、ありとあらゆる多様な行動や視点が蠢いており、リラ・アビレス監督本人の言葉を借りれば「ひとつの小宇宙」を形成しているのだ。
またアビレス監督は本作を自身の娘に向けて書いた物語だと語っている。監督のパートナー、つまり娘の父親は彼女が幼いときにガンで若くして亡くなってしまったらしい。ソルの母親ルシアには、当時の監督の姿や記憶も反映されているのだろう。そんなパーソナルな想いから紡がれた本作が、夏の終わりの儚くきらめく太陽のもと、家族が集う親密な空間の中で提示するのは普遍的な真実といえるもの。そう、誰にとってもすべての人生は期間限定。生の歓びを実感するために、我々は時間いっぱいまで精一杯のパーティを続けるのだ。
『夏の終わりに願うこと』
監督・脚本/リラ・アビレス
出演/ナイマ・センティエス、モンセラート・マラニョン、マリソル・ガセ、テレシタ・サンチェス、マテオ・ガルシア・エリソンド
8月9日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか 全国で順次公開中
https://www.bitters.co.jp/natsuno_owari/index.html
配給/ビターズ・エンド
©2023-LIMERENCIAFILMS S.A.P.I. DE C.V., LATERNA FILM, PALOMA PRODUCTIONS, ALPHAVIOLET PRODUCTION
Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito