松尾貴史が選ぶ今月の映画『オールド・フォックス 11歳の選択』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『オールド・フォックス 11歳の選択』

父のリャオ・タイライ(リウ・グァンティン)とともに、自分たちの家を買うことを夢見る11歳の少年リャオジエ(バイ・ルンイン)。他人を顧みずに成功し、多くの財産を所有するシャ社長(アキオ・チェン)に出会い、人に配慮して地道に働いても家も買えない父との間でリャオジエに複雑な思いが生じていく……。歴史ある台北金馬映画祭で最優秀監督賞をはじめ4冠もの栄光に輝いた映画『オールド・フォックス 11歳の選択』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年7・8月合併号掲載)

時代のリアルな空気を伝える

急激な円安で、海外旅行に行く機運もチャンスも意欲も失っている私は、この『オールド・フォックス 11歳の選択』を見て、大好きな台湾に旅行した気分になっているのはお得な展開です。いや、そんなことで薦められても、とおっしゃるかもしれませんが、もちろん内容も素晴らしいのです。

幼い頃、父の職場に紛れ込んでご飯を食べさせてもらったり、職場の人に遊びの相手をしてもらったりした思い出が、そっくりそのままに描かれているかのようなノスタルジーがあります。もちろん、場所は神戸と台湾でまったく違うのですが……。

時は1980年代後半、バブル経済の盛り上がりに社会全体が一喜一憂する中、11歳の少年が貧しいながらも父親と手に手をとって、将来の夢に向かって積み重ねている日常から物語は始まります。ガスや水道を涙ぐましい手法で節約し、日々の糧も賄いや仲間たちの土産によって口に糊する日常です。

この映画のタイトルは、老獪な狐であるところの強者を表しています。謝シャという名の彼(アキオ・チェン。この作品で台北金馬映画祭最優秀助演男優賞を受賞)は、少年の中にかつての自分自身を見いだし、ある哲学を注ぎ込もうとします。人はどう生きるべきなのか。いや、勝ち組になるためにはどうすればいいのか。どちらにでも染まることができる多感で可塑性の高い年頃の少年は、亡くなってしまった母親と、男手ひとつで育ててくれている父親リャオ・タイライ(リウ・グァンティン)への思慕の情から、近い将来の夢を思い描き、早く達成しようと躍起なのですから、思いもよらぬ成功者の助言が注入されれば、すさまじい勢いで感化されてしまうのです。しかし、目標と他者への思いやりの狭間で、何を優先すべきかという岐路に立たされると、子どもではあるけれど、ある種の価値観が固まりかねない11歳という年頃は絶妙の設定に感じます。

監督による演出が精緻で逐一、塩梅の良さを感じます。全体を通して、生活の日常や時代のテクスチャーがすこぶるリアルに感じられて、35年ほど前の空気がまざまざと蘇ります。そしてリャオジェを演じた子役、バイ・ルンインが素晴らしい。彼が表情を殺そうとする場面は、必ずそれとは反比例して雄弁になるのです。余談ですが、彼は時代の空気感を身につけるべく、撮影に入る数カ月前から携帯電話の使用を止めたといいます。精神論かも知れませんが、独創的なアプローチではないでしょうか。

主要な役柄で、日本人の俳優、門脇麦さんが、事情を抱えた陰のある台湾人女性を演じていますが、もうすっかり溶け込んで、当地の人にしか見えない存在感で、シャオ・ヤーチュエン監督の目の付け所に敬服しました。映画監督のホウ・シャオシェン氏から「日本人の俳優と仕事をするといいよ」と薦められたとか。蛇足ながら、私などなかなかに溶け込めると思うのですが、いかがでしょうか。

『オールド・フォックス 11歳の選択』

監督/シャオ・ヤーチュエン
出演/バイ・ルンイン、リウ・グァンティン、アキオ・チェン、ユージェニー・リウ、門脇麦
6月14日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開中
https://oldfox11.com/

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史Takashi Matsuo 神戸市生まれ。俳優、タレント、創作折り紙「折り顔」作家などさまざまな分野で活躍中。著書に『人は違和感が9割』『違和感ワンダーランド』『ニッポンの違和感』など。東京・下北沢のカレー店「パンニャ」店主。7/3開幕の舞台『ダブリンの鐘つきカビ人間』に出演。

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