韓国系アメリカ人の新鋭監督が描く詩的で私的なラブストーリーの傑作『パスト ライブス/再会』 | Numero TOKYO
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韓国系アメリカ人の新鋭監督が描く詩的で私的なラブストーリーの傑作『パスト ライブス/再会』

淡くても一生忘れられない初恋とその後の運命の軌跡を、どこまでも美しく繊細に織り込んでいく珠玉のラブストーリー。それがソウル出身の韓国系アメリカ人、新人監督セリーヌ・ソン(1988年生まれ)の長編デビュー作となった米韓合作映画『パスト ライブス/再会』だ。本作は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022年/監督:ダニエルズ)を第95回アカデミー賞の台風の目として送り込んだ独立系の映画スタジオ「A24」と、『パラサイト 半地下の家族』(2019年/監督:ポン・ジュノ)の本国配給を務めた「CJエンタテインメント」──米国と韓国を代表する気鋭のプロダクションによる初の共同製作作品としても話題。IndieWireやRolling Stoneなど全米有力メディアがこぞって年間ベストムービーに選出し、全米映画批評家協会賞やインディペンデント・スピリット賞など2023年度の映画賞を席巻。今年(2024年)3月の第96回アカデミー賞でも作品賞と脚本賞にノミネートを果たしている。

セリーヌ・ソン監督の個人的な体験をもとにしたオートフィクション(自伝的な創作物)である『パスト ライブス/再会』だが、彼女の自画像といえる本作の主人公には二つの名前がある。韓国名のナヨンと、英語名のノラだ。グレタ・リー演じる彼女は映画の冒頭シーン、ソウルから来た初恋相手の韓国人男性ヘソン(ユ・テオ)と、今のパートナーである白人男性のアーサー(ジョン・マガロ)に挟まれる形で、ニューヨークのとあるバーのカウンターに座っている。そこから物語は24年前に遡り、少女期からの長い恋の次第が語られていく。

ナヨンが故郷ソウルで暮らしていた12歳の時、彼女はクラスメイトの少年ヘソンに恋心を抱いていた。共に成績優秀で、トップを競う勉強のライバルでもある。ナヨンはヘソンを将来の結婚相手だと心に思い描くも、しかしまもなく家族でカナダのトロントへと移住することになった。引っ越しを控えているシーンで、ナヨンの両親(父は映画監督で、母は画家。ちなみにセリーヌ・ソン監督の父は映画製作者のソン・ヌンハンで、母はイラストレーターである)が流しているのはカナダ出身のシンガーソングライター、レナード・コーエンの初期の名曲「さよならは言わないで(Hey, That’s no way to say goodbye)」だ(1967年のファーストアルバム『レナード・コーエンの唄』収録)。部屋の壁にはさりげなく、ジャック・リヴェット監督の『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(1974年)のポスターも貼ってある。この映画は監督の名前=「セリーヌ」の由来でもあるそうだ。

そんな小さな恋のエピソードから始まり、全体は三幕構成。ナヨンはカナダで英語名をノラとして、やがて家族のもとを離れてニューヨークに単身移住。24歳になった彼女は新進気鋭の劇作家として注目を集めつつあった。そんな折、ヘソンとFacebookを通して久々につながり、オンライン上で再会する。また、さらに12年後、36歳になった二人はいよいよ対面での再会を果たす──。

「私」=ナヨン/ノラと、初恋の相手ヘソンが12年ごとに節目を迎える運命の周期的なサイクル。そこにナヨン/ノラが新たに出会った夫である作家のアーサーも絡んでくる。これは通常、三角関係の恋愛物語の図式だと解釈されるだろう。しかし本作の場合は「私」をめぐる関係性というより、彼女が自らのアイデンティティを深掘りしていく旅と捉えたほうが腑に落ちるのではないか。「私」の中の韓国を象徴するヘソン。アーサーは彼女にとってのアメリカ。言わばルーツと現在。それはナヨン/ノラを引き裂くものではなく、両方とも大切なものなのだ。

その中で差し出されるのが、韓国の言葉「イニョン(縁)」という仏教に基づく東洋的な考え方である。これが西洋流なら自由意志の「選択」という主題になるだろう。「もしあの時こうだったら……」型の運命論を扱う欧米の映画は、『スライディング・ドア』(1998年/監督:ピーター・ハウイット)や『ジュリア(s)』(2022年/監督:オリヴィエ・トレイナー)など数多い。対して『パスト ライブス/再会』が提示する「縁」は、ノラが「8000もの層」と言うように人智の及ばぬ超越的なシステム。ふたりは前世(Past Lives)でつながっていたかもしれない。だからこそ今の世での意志決定では操作できないのが「イニョン(縁)」なのだと──。

ナヨン/ノラやセリーヌ・ソン監督と同様に、この映画自体が東洋的なものと西洋的なものの融合体だ。韓国語と英語を併用した台詞も考え抜かれている。例えば妻とヘソンが積み重ねた時間に対して疎外感を覚えたアーサーが、ノラに向かってふとこう呟くのだ。「知ってるかい? 君の寝言は韓国語だけ。君は僕のわからない言語で夢を見ている」。

基本的なドラマ作りは、出会いと別れ、すれ違いや邂逅といった恋の軌跡を丁寧に追っていくスタンダードなもの。しかしここには単に関係の深さや濃厚さで計るのではない、ラブストーリーや恋愛そのものに対する新しい捉え直しの試みがある。現実的には淡いものに終始したかに思える関係も、人生にとって重要な太い「イニョン(縁)」である。この映画を観た後、きっと観客各々が自分自身=「私」の物語へと立ち返っていくはずだ。セリーヌ・ソン監督も、50人の観客がいたら、この愛の物語に自分を重ね合わせる方法は50通りあってほしいと語っている。

『パスト ライブス/再会』

監督・脚本/セリーヌ・ソン
出演/グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ
4月5日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
https://happinet-phantom.com/pastlives/

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配給/ハピネットファントム・スタジオ

 

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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