名匠ファティ・アキン監督が描き出す破天荒なサクセスストーリー『RHEINGOLD ラインゴールド』
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名匠ファティ・アキン監督が描き出す破天荒なサクセスストーリー『RHEINGOLD ラインゴールド』

クルド系両親のもとイランで1981年に生まれたドイツのラッパー&音楽プロデューサー&実業家、カター(Xatar)。本名はジワ・ハジャビ。カターはクルド語で「危険な奴」を意味する。この苦難の人生から亡命先のドイツでスーパースターに成り上がったギャングスタ・ラッパーの、生い立ちから奇跡の成功に至るまでの波乱の半生を描くのが本作『RHEINGOLD ラインゴールド』だ。原作は2015年に出版されたカターの自伝『Alles oder Nix: Bei uns sagen man die Welt gehört dir(オール・オア・ナッシング:世界はお前のもの)』。この実話を独自にアレンジする形で、現在のドイツを代表する名匠、ファティ・アキン監督(1973年生まれ)が映画化した。2022年にドイツで公開されると動員チャートで第1位となり、約1000万ドルの興行成績を記録。多彩な秀作が立ち並ぶアキン監督のフィルモグラフィの中でも最大のヒット作になった。

ドイツの大物ギャングスタ・ラッパー、カター(Xatar)の驚くべき半生の映画化

映画は2010年のシリアで、カター(エミリオ・ザクラヤ)が仲間たちと共に刑務所で拘束される場面から始まる。彼らはドイツで金塊強盗を働き、国際的な犯罪者として指名手配されていたのだ。そこから物語はカターの出生前──1979年のイランへと遡る。のちにカターと名乗ることになる少年ジワの父親エグバル(カルド・ラザーディ)はクラシックの分野で活躍する高名な作曲家であり、母親ラサル(モナ・ピルザダ)もオーケストラの演奏家だった。しかしイスラム革命により音楽が禁じられ、一家は命からがらイラク経由で亡命しようとするが、サダム・フセイン政権によるクルド人迫害のためスパイ容疑で拘束されてしまう。

ところが父親が著名人であったことからバグダッドの赤十字に保護され、数年後、一家はフランスに亡命。しばらくパリの難民収容所で暮らしていたが、まもなく音楽の仕事環境が整ったドイツのボンに移住。少年ジワは父親に連れられ、オペラハウスでワーグナーのオペラ『ラインの黄金』のリハーサルを聴き、さらにピアノを習い出す。歳月は流れて1996年。長い苦労を経て、いよいよキャリアの完全復活に向かう父親だが、しかしその途端、愛人を作って家族を捨ててしまう。ジワは母親、妹と共に底辺の貧困生活を余儀なくされ、父親への反発心もあり、不良の仲間たちとストリートを徘徊するようになる。そしてタフな男になるためボクシングを身につけ、またヒップホップにも興味を持つようになる……。

まさに目まぐるしい怒涛の展開。こうしてジワはカターと呼ばれるようになり、ドラッグの売人や用心棒など、裏社会でのハードな青春時代を送る。ついには世界的指名手配犯となり、ドイツの刑務所に収監されるのだが、人生が底を打った時に父親譲りの音楽の才能が本格開花。獄中でコツコツ録音を開始し、囚人番号をタイトルにしたアルバム『Nr.415』を2012年にリリース。30歳にして世にセンセーションを巻き起こすのだ。

実在の有名なラッパーの青春期を描いた伝記映画、それに準ずる内容のものは、エミネムが自ら本人役を演じた名作『8 Mile』(2002年/監督:カーティス・ハンソン)を皮切りに数々発表されてきた。50セントの『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』(2005年/監督:ジム・シェリダン)や、2パックの『オール・アイズ・オン・ミー』(2017年/監督:ベニー・ブーム)。あるいはドクター・ドレーやアイス・キューブを輩出したヒップホップ・グループ、N.W.A.の『ストレイト・アウタ・コンプトン』(2015年/監督:F・ゲイリー・グレイ)。日本にもANARCHYの『WALKING MAN』(2019年/監督:ANARCHY)やSEEDAの『花と雨』(2020年/監督:土屋貴史)等がある。『RHEINGOLD ラインゴールド』もこの系譜に連なる新たな成果と言えるだろう。

また同時に本作は、実にファティ・アキン監督らしい「移民」と「音楽」の映画でもある。トルコ系移民二世であるアキンは『愛より強く』(2004年)や『そして、私たちは愛に帰る』(2007年)といった初期作品や、テロで夫を失ったトルコ系移民の女性の怒りを描く『女は二度決断する』(2017年)などで、自らのルーツやアイデンティティをめぐる多様な問題を追求した。またアキンは音楽の使い方の巧さにも定評があり、自身の地元でもあるドイツの港町ハンブルクでギリシャ系移民の兄弟が経営するレストランの物語に、1960~70年代のソウル・ミュージックを中心に雑多な楽曲が溢れる『ソウル・キッチン』(2009年)といった人気作もある。今回は戦乱のイランで生まれ、亡命や犯罪など激しく流転しながら、音楽の才能でドイツの新しい神話を打ち立てた破天荒なヒーローのサクセスストーリーをもとに、マーティン・スコセッシやガイ・リッチーの映画とも比較される痛快なエンタテインメントを作り上げたのだ。

主人公のカターを演じるのはミュージシャンとしても活動する1996年生まれの若手スター、エミリオ・ザクラヤ。本作『RHEINGOLD ラインゴールド』の演技により、第25回ヨーロピアン・シューティング・スターに選出されたことでも話題である。

『RHEINGOLD ラインゴールド』

監督・脚本/ファティ・アキン
出演/エミリオ・ザクラヤ、カルド・ラザーディ、モナ・ピルザダ
3月29日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿、 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
https://www.bitters.co.jp/rheingold/#

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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