中国新世代の気鋭監督チャン・チーが放つ海辺のシュールな寓話。映画『海街奇譚』 | Numero TOKYO
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中国新世代の気鋭監督チャン・チーが放つ海辺のシュールな寓話。映画『海街奇譚』

中国ではこの数年、新世代の映画作家──特に1980年代後半生まれを中心に、アーティスティックな野心を持った新鋭監督たちが続々登場している。『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018年)のビー・ガン(1989年生まれ)、『春江水暖~しゅんこうすいだん』(2019年)のグー・シャオガン(1988年生まれ)、『郊外の鳥たち』(2018年)のチウ・ション(1989年生まれ)など……。自らも同世代に属する映画ジャーナリストの徐昊辰(じょ・こうしん)は、彼らを「海賊版のDVDショップに育てられた世代」と説明している。先行の中国第五世代や第六世代のように共通の問題意識や社会的テーマでつながっているわけではなく、古今東西の映画や雑多な文化的教養を身につけ、ある種マニアやオタク的に、監督それぞれが独自の趣向や個性を纏っているのが特徴だ。 ひとつのニューウェイヴとも呼べる現象だが、この流れを語るには欠かせない、世界的に高く評価されている重要作の一本がいよいよ日本公開となる。それが1987年生まれ、チャン・チー監督の長編デビュー作となる2019年の映画『海街奇譚』だ。

ひとりの男が消えた妻を探し、幻惑的な迷宮を彷徨うアートサスペンス

原題は『海洋動物』。英題は“In Search of Echo(こだまを探し求めて)”。浙江省寧波市出身のチー監督自身が生まれ育った港町を舞台のモデルにしつつ(ロケーションは舟山浙江省の勝渓島)、夢と現実、過去と現在を彷徨する迷宮の物語を、豊かなイマジネーションで幻惑的に描き出す。

主人公は離島にやってきた売れない映画俳優の男チュー(チュー・ホンギャン)。かつて映画で変態殺人鬼の役を演じたことがあるという彼は、姿を消した妻(シューアン・リン)を探すため、彼女の故郷である港町を訪れたのだ。ここは相次ぐ海難事故で住民の行方不明が続く陰鬱な街。旧式のフィルムカメラを抱えながら、閑散期で人もまばらな島を歩き、さびれた宿に泊まるチュー。彼はやがて妻にそっくりなダンスホールのオーナーと、小学校の教師に出会うのだが……。

物語のアウトラインはひとりの男の妻探しだが、それを外的な動機として、主人公チューは自分の内的な世界の多層性を彷徨うことになる。行方不明の妻と、教師、ダンスホールのオーナーという三人の女性を演じるのは、すべてシューアン・リン。ダブルならぬトリプルイメージ(一人三役)のヒロイン──ファム・ファタール(運命の女)をめぐるサスペンス構造は、やはりアルフレッド・ヒッチコック監督の名作『めまい』(1958年)の影響を指摘しないわけにはいかないだろう(先述したビー・ガン監督の『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』も『めまい』の強い影響下にある)。

また、テネシー・ウィリアムズの戯曲『ガラスの動物園』(1945年)の有名な一節、「この劇は追憶の世界だ」の引用も見逃せない。「追憶の劇だから舞台はほの暗く、センチメンタルであって、リアリスティックではない」──まさに本作はこのセオリーを大胆に膨張させ、追憶と現実と夢が混ざり合う、詩的に脚色された寓話的世界だ。男が出会う三人の女と三つの殺人。原始的なカブトガニの仮面や料理、水槽のクラゲやタコ、消えた仏像の頭、永遠の8月5日、呪われた海――。さまざまなアイテムやメタファーが映画空間を漂い、バロック的ともいえる視覚的/感覚的愉楽へと我々を誘っていく。

このインディペンデント・スタイルで撮られた尖鋭的な意欲作は、中国本土では正式上映されていない。だが海外の映画祭には多数出品されており、第41回モスクワ国際映画祭では審査員特別賞(シルバー・ジョージ)、第18回イスタンブール国際インディペンデント映画祭では批評家協会賞(メインコンペティション)を受賞。チャン・チー監督は2021年、すでに長編第2作『ANNULAR ECLIPSE(金環食)』を発表しており、釜山国際映画祭に出品されている。

『海街奇譚』

監督/チャン・チー
出演/チュー・ホンギャン、シューアン・リン、ソン・ソン、ソン・ツェンリン、チュー・チィハオ、イン・ツィーホン、ウェン・ジョンシュエ
1月20日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
https://umimachi-kitan.jp/

©︎Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

 

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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