ユニークな発想力が炸裂する新鋭の女性監督に要注目。『レオノールの脳内ヒプナゴジア』 | Numero TOKYO
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ユニークな発想力が炸裂する新鋭の女性監督に要注目。『レオノールの脳内ヒプナゴジア』

フィリピンから極めてユニークな個性を放つ女性の新鋭映画監督が登場した。その名はマルティカ・ラミレス・エスコバル(1992年マニラ生まれ)。もちろんこれまでも『マニラ・光る爪』(1975年)のリノ・ブロッカ、『虹のアルバム 僕は怒れる黄色‘94』(1994年)のキドラッド・タヒミック、『立ち去った女』(2016年)のラヴ・ディアス、『ローサは密告された』(2016年)のブリランテ・メンドーサなど、日本でも知られているフィリピンの鬼才監督たちは存在したが、まったく新しい進化形と言いたくなるポップで奇想天外なイマジネーションが炸裂する。そんなエスコバル監督の快作が、彼女の長編監督デビュー作となる『レオノールの脳内ヒプナゴジア』だ。

サンダンスを湧かせた話題のフィリピン映画は「おばあちゃんの脳内アクション」!

タイトルにあるヒプナゴジアとは「半覚醒」状態のこと。本作は2022年サンダンス映画祭でワールド・シネマ(ドラマ)部門の審査員特別賞を受賞して世界的に注目され、日本では2023年3月の第18回大阪アジアン映画祭の特別注視部門にて、『Leonor Will Never Die』の英題で初上映。「映画制作にまつわる愉快なメタフィクションであると同時に、90年代のフィリピン製アクション映画へのラブレターでもある」と評された。さらに同年11月の第24回東京フィルメックスでも上映され、その独特の面白さが映画マニアの間で話題になっていた。

物語の主人公は72歳のおばあちゃんであるレオノール(シェイラ・フランシスコ)。かつては著名な映画監督として活躍していた彼女だが、引退した今はすっかり貧しくなり、電気代も払えない始末。彼女にはふたりの息子がいたが、兄のロンワルドはすでに不幸な事故で亡くなっており、残された弟のルディ(ボン・カブレラ)もまもなく仕事で家から遠く離れることに。

そんなある日、新聞に掲載されていた脚本コンクールの募集広告を目にしたレオノール。彼女はどん詰まりの現状を抜け出すため、昔に書きかけていたものの未完で終わっていた『逆襲のフクロウ』という作品の脚本を引っ張り出し、それを完成させようと試みる。内容は「殺された兄の仇を弟が討つアクション映画」で、主人公の名はロンワルド(ロッキー・サルンビデス)。亡くなった長男ロンワルド(アンソニー・ファルコン)への贖罪の気持ちを込めた物語だった。

しかし想定外の事態が発生。脚本の完璧な結末をひねり出すべく、アイデアを考えながらレオノールが外を歩いていた時、なんと運悪く近所のカップルが投げたテレビが頭に直撃! 闇に落下するように昏睡状態へと陥ってしまう(空高くからレオノールが落ちていく様を映したシュールなイメージカットが鮮烈!)。こうして「半覚醒」状態となった彼女の意識は、病室のベッドで現実と物語の世界を行き来するようになるのだが──。

全体的な大枠としては、フェデリコ・フェリーニ監督の名作『8 1/2』(1963年)を受け継ぐ、映画監督の内面をめぐるメタシネマの系譜だとひとまずは言えるだろう。邦題から連想される、劇作家の男の頭の中で現実と虚構が交錯していくチャーリー・カウフマン監督の『脳内ニューヨーク』(2008年)もしかり。

だが内実は相当変わっている。まず亡くなった長男ロンワルドが幽霊として普通に姿を現わし、現実に紛れ込んでいたりする。生者と死者の境界が曖昧なだけでなく、テレビでは妊娠した男性のニュースがさりげなく報じられたり。こういった謎の現象のほか、レオノールが書いている自作脚本の『逆襲のフクロウ』が、1980年代から90年代、フィリピンで大量に制作されたB級アクション映画のスタイルに属するものというのも大きなポイントだ。意識の中で映画の世界に入り込んだレオノールは、主人公と出会って共に旅をする。つまり脳内世界で老嬢のアクションスターになってしまうのだ!

この風変わりなアプローチについて、「フィリピンではアクションスターが大統領になるくらい(註:1998年に第13代フィリピン大統領となったジョセフ・エストラーダなどを指す)、多くの人がアクション映画に影響を受けているのはなぜ? この不条理に、私はおばあちゃんというレンズを通して優しいアプローチで取り組みました」と語るエスコバル監督。現実と脳内をめぐる多層的な世界像を描いていくアーティな志向の中、アクションをはじめホラーやファンタジー、コメディ、ミュージカルなどをごった煮のようにぶちこんだ超ジャンル映画的な設計が素晴らしい。タランティーノ的なグラインドハウス魂も感じるが、エスコバル監督が特に好きのは先述したチャーリー・カウフマン、ミシェル・ゴンドリー、スパイク・ジョーンズ。あと、是枝裕和監督の『空気人形』(2009年)などがお気に入りとのこと。こういった先輩たちからの影響に加え、アジア的なスピリチュアリズム、そして甘美なロマンと冒険をあふれさせて、類いまれな想像力で観客を圧倒する素敵な次世代シネアストだ。

マルティカ・ラミレス・エスコバル監督
マルティカ・ラミレス・エスコバル監督
さらにエスコバル監督はこう語る。「レオノールのモデルは私の祖母です。フィリピンの暗い時代を生きた苦労人です。いつも笑顔で愛情深く多大な影響を受けました。暴力や戦争はなぜなくならないのか? レオノールは、暴力ではなく愛で立ち向かいます」。 これから世界を席巻していくであろうエスコバルワールドの始まりを、まずは今回堪能したい。なお準備中の新企画『Daughters of the Sea』(オランダのHubert Bals Fund企画開発費助成金に選ばれたばかり)は「本作よりヘン」とのこと。

『レオノールの脳内ヒプナゴジア』

監督・脚本/マルティカ・ラミレス・エスコバル
出演/シェイラ・フランシスコ、ボン・カブレラ、ロッキー・サルンビデス、アンソニー・ファルコン
1月13日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか順次公開
https://movie.foggycinema.com/leonor/

 

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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