フランス映画界の異端児、ギャスパー・ノエが仕掛ける新たな挑発。『VORTEX ヴォルテックス』
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フランス映画界の異端児、ギャスパー・ノエが仕掛ける新たな挑発。『VORTEX ヴォルテックス』

常に観客を挑発し続けるフランス映画界の異端児、ギャスパー・ノエ監督(1963年生まれ、アルゼンチン出身)がさらなる新境地を切り開いた傑作。それが2021年、第74回カンヌ国際映画祭プルミエール部門でワールドプレミア上映され、大きな話題を呼んだ『VORTEX ヴォルテックス』だ。タイトルは「渦動」の意味。『カルネ』(1991年)や『カノン』(1998年)、『アレックス』(2002年)、『エンター・ザ・ボイド』(2009年)や『LOVE 3D』(2015年)など、新作のたびに実験的な試みと過激な描写を推し進めることでおなじみのノエ監督だが、今回は暴力やセックスを封印し、「老い」と「病」と「死」をテーマに、最晩年を迎えたひと組の老夫婦の死にざまを克明に描く。

老夫婦を演じるのは伝説的なカリスマ監督と女優。
スプリットスクリーンで映し出す人生最期の日々

そしてキャスティングがすごい。老夫婦の夫――心臓病を抱える映画評論家のルイ役を演じたのは、『サスペリア』(1977年)などイタリアン・ホラーの帝王として知られる鬼才映画監督のダリオ・アルジェント(1940年生まれ)。ノエ監督とは長年の友人関係にあり、監督からのたっての懇願を受けて撮影当時80歳で人生初の主演に挑んだ。認知症が日々進行している元精神科医の妻エル役を演じたのは、故ジャン・ユスターシュ監督の伝説的な一本『ママと娼婦』(1973年)の娼婦ヴェロニカ役で鮮烈な印象を残し、以降数多くの映画に出演してきたフランソワーズ・ルブラン(1944年生まれ)。熱狂的な信者を多数持つカリスマ監督と、フランス映画のアイコニックな女優が夫婦役――まさに痺れる組み合わせだ。

映画のオープニングシーンでは、仲睦まじい老夫婦の姿がワンフレームの画面に収まっている。ふたりは自宅の美しい庭のテラス席に座り、ワインで乾杯。妻のエルは「人生は夢ね」と呟き、それを受けて夫のルイはこう返す。「ああ、人生は夢の中の夢だ」――。これは米国の作家、エドガー・アラン・ポー(1809年生~1849年没)が40歳で亡くなった年に書かれた詩『夢の中の夢』(A Dream Within A Dream)の引用だ。続いて往年のフレンチ・ポップスの歌姫、若きフランソワーズ・アルディの1964年のヒット曲『バラのほほえみ』(Mon Amie La Rose)が流れる。「♪命は儚い。友だちのバラが今朝言ったわ」と──。この曲は、1959年に女優のシルヴィア・ロペスが白血病で亡くなったことを受けて書かれたものである。

この印象的な序盤を経て、まもなく本編へ。するとベッドで眠る老夫婦を映したショットの真ん中に黒いラインが入り、画面が分断されていく。ふたつの画面が同時並行で映し出されるスプリットスクリーン(分割画面)は、ノエ監督が『CLIMAX クライマックス』(2018年)や『ルクス・エテルナ 永遠の光』(2019年)といった近作で続けて取り入れてきた手法だが、今回はそれをほぼ全編に採用。一緒に暮らしている夫婦の日常を分離することで、ふたりの間にある埋められない溝を感じさせつつ、また、いくら長年寄り添ったパートナーといえども、死ぬときは誰もがひとりである、という身も蓋もない本質を突きつける形式である。

例えばある日の朝、認知症が日に日に重くなる妻は、ふらふらと街の雑貨屋に入っていく。一方、映画評論家の夫は、自宅でパジャマ姿のままタイプライターを打っている。まもなく彼は妻の携帯に電話をかけるが、まったく応答がない。仕方なく夫は外出着に着替えて、妻を捜すために街に出る。心臓に持病を抱えながら外を歩き回り、ようやく徘徊する妻をつかまえた夫。ふたりは同じフレームに収まるが、それでも夫婦の主体から見た世界はお互いやはり分離されたままだ。

やがて老夫婦のモノであふれかえったアパートメントを、息子のステファン(アレックス・ルッツ)や孫の男の子キキ(キリアン・デレ)が訪ねてくるが、時間の進行と共に夫婦の様態は悪くなるばかり。容赦なく人生最期の時が近づいていく。

脚本はわずか14ページ。演者のアルジェントやルブランらは、現場での即興で台詞を作り上げていったというから驚く。この映画は形式性を強く打ち出しつつも、同時に「老い」と「病」と「死」という過酷な主題を与えられた役者たちの生々しいドキュメントでもあるのだ。

公式インタビューでノエ監督はこう語る。「砂上の楼閣が崩壊していくように、遺伝子的にプログラムされた崩壊の物語。人生はすぐに忘れ去られる短いパーティーだ」。本作は監督自身が突然の脳出血で生死の境を経験したことを経て、製作に至った。『生きる』(1952年/監督:黒澤明)、『楢山節考』(1958年/監督:木下恵介)、『心中天網島』(1969年/監督:篠田正浩)といった日本映画の名作群にインスパイアされたことも明かしているが、一切の虚飾も美化もなく、ストロングスタイルで人生の終着点までの道──戦慄のラストランを描いたことは独自の達成を遂げているというしかない。恐るべきマスターピースだ。

『VORTEX ヴォルテックス』

監督・脚本/ギャスパー・ノエ
出演/ダリオ・アルジェント、フランソワーズ・ルブラン、アレックス・ルッツ
12月8日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中
https://synca.jp/vortex-movie/

配給/シンカ
© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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