ケイト・ブランシェット×リチャード・リンクレイター! 映画『バーナデット ママは行方不明』 | Numero TOKYO
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ケイト・ブランシェット×リチャード・リンクレイター! 映画『バーナデット ママは行方不明』

日本でもスマッシュヒットになった破格の傑作にして問題作『TAR/ター』(2022年/監督:トッド・フィールド)でもヴェネチア国際映画祭女優賞を獲得(同賞は2度目)するなど、いま最も世界で賞賛される俳優のひとりであるケイト・ブランシェット。まさしく名実ともに頂点を極め、メディアでの引退発言なども話題を呼んでいる彼女が、『ビフォア』シリーズ(1995~2013年)や『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年)のリチャード・リンクレイター監督と組んだ2019年のアメリカ映画が日本公開となる。それがアンナプルナ・ピクチャーズ製作のヒューマン・コメディの快作『バーナデット ママは行方不明』だ。

ケイト・ブランシェットが『TAR/ター』の前にこんな役を!?
風変わりなズボラ主婦の再生への旅を描くヒューマン・コメディの快作

原作は2012年に発表され、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストに約1年間入り続けたマリア・センプルの小説『バーナデットをさがせ!』(彩流社刊/翻訳:北村みちよ)。センプルはバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』などで活躍した元テレビ脚本家で、小説家としてはこれが2作目。米タイム誌の年間ベストテンノベルに選出、全米図書館協会アレックス賞を受賞、そして約30カ国語に翻訳出版されるなど、世界中に熱狂的なファンを持つ原作に魅せられたブランシェットは、自らバーナデット役を熱望。天才で変人、エキセントリックでコミュ障気味、だが娘や夫とは揺るぎない絆を築く主婦バーナデットという原作の特異なキャラクターを見事に具現化し、第77回ゴールデングローブ賞主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)にノミネートされた。

物語の舞台はアメリカ北西部ワシントン州の都市シアトル。この街の高級住宅地に引っ越して約20年になる専業主婦のバーナデット・フォックス(ケイト・ブランシェット)は、大手IT企業に勤めるエリートエンジニアの夫エルジー(ビリー・クラダップ)、中学をトップの成績で卒業した優秀な娘ビー(エマ・ネルソン)と3人で暮らしている。何不自由ないはずの生活を送る彼女だが、実は極度の人間嫌い。隣人とうまく付き合えず、ママ友は敵ばかり。外出も苦手なため、買い物や家事、スケジュール管理まで、日常生活に必要な雑事のほぼすべてをメールで依頼しているヴァーチャル秘書に丸投げする始末。

だがそんなバーナデットには栄光の過去があった。彼女は「天才賞」の異名を取るマッカーサー・フェローシップ賞を最年少で受賞した気鋭の建築家だった。独特の創造性を発揮し、将来を嘱望されたが、ロサンゼルスで出会った当時CGアニメーターのエルジーと結婚し、“ある事情”のため若くして引退した。そこから夫エルジーはキャリアを順調に伸ばしたが、バーナデットはやる気のないズボラ主婦としてシアトルの一軒家にくすぶっている。

こういった男性優位が根強いと言われる業界・職種で孤軍奮闘し、独力で栄光をつかみながらも、その反動のように私生活で問題を抱えているバーナデットの人物像は、『TAR/ター』でケイト・ブランシェットが演じた天才指揮者のリディア・ターと共通するものがある。さらに『ブルージャスミン』(2013年/監督:ウディ・アレン)の資産を失った元セレブ主婦、『キャロル』(2015年/監督:トッド・ヘインズ)の若い女性との恋に傾いていく裕福な人妻など、一見完璧な強者、しかし内実には破綻や軋みが生じており、強烈な光と影のギャップを持つ女性というのは、おそらくブランシェットが最も得意とする役柄なのだろう。

本作では面倒なママ友を車で轢きかけたり、薬局のカウチで値札タグが付いたままのフィッシングベストを着用して眠りこけたり、なかなか壮絶なダメっぷりをブランシェットは愉快に快演/怪演していく。もっともその笑いはバーナデットの精神的な混乱や情緒不安定からもたらされるものであり、夫のエルジーは彼女の心の病を心配する。

確かにバーナデットの言動は異常と呼べるほど過激だが、しかしそれはキャリアと母親業の葛藤から生じたもの。特に誰よりもクリエイティヴな才能とエネルギーを備えているバーナデットは、本来の自分を持て余していることで歪みが生じているのだ。これは多くの人が共感できる普遍的な悩みの形だろう。

その中で目を引くのは、バーナデットと最愛の娘ビーのソウルメイト的な信頼関係である。たとえバーナデットがトラブルを引き起こしても、聡明で勇敢なビーは常にこのはみ出し者の母の味方だ。そんなビーが中学の卒業祝いに望んだのは、家族で南極旅行に行くこと!

リチャード・リンクレイター監督は、手紙やEメール、さまざまな文書など、雑多なテキスト形式のミックスで綴られた原作をシンプルに整理して再構成しながら、独特の持ち味を大切に映像化した。例えばシアトル出身のロックバンド、パール・ジャムのメンバーの誰かが昼食会に集まったパパの中にいるらしい(ただしヴォーカルのエディ・ヴェダー以外)……なんて小ネタもさらっと原作から拾っていたり。目立った変更点をひとつ挙げると、バーナデットとビーが車の中で仲良く大合唱する曲は、シンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」。原作で母娘が歌うのは、ザ・ビートルズのアルバム『アビイ・ロード』の曲だ。とはいえ全体の雰囲気やイメージなどは、ほぼ原作に忠実と言っていいほどよく伝えている。

さて、本作のハイライトはシアトルから実に16,000km離れた南極のシーンである。この美しいパートはブランシェットの「海と氷山は本物であるべき」という強い希望によって、北極圏に属する世界最大の島、グリーンランドでロケーション撮影された。「社会の厄介者を卒業したいの」とのたまうバーナデットは、いかにして自分と家族を取り戻すのか? 人生の再生へと至る奇想天外な旅の行方をほっこりと味わってほしい。

ちなみにリンクレイター監督は本作のあと、自身の少年時代に着想を得たNetflix配信のアニメーション『アポロ10号1/2 宇宙時代のアドベンチャー』(2022年)という傑作を発表。今年(2023年)の第80回ヴェネチア国際映画祭では、新作『Hit Man』(原題)がワールドプレミア上映された。

『バーナデット ママは行方不明』

監督・脚本:リチャード・リンクレイター
出演:ケイト・ブランシェット、ビリー・クラダップ、エマ・ネルソン、クリステン・ウィグ
9月22日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
https://longride.jp/bernadette/

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Wilson Webb / Annapurna Pictures

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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