自由を志す“パンク”な女性の闘い。映画『エリザベート 1878』 | Numero TOKYO
Culture / News

自由を志す“パンク”な女性の闘い。映画『エリザベート 1878』

伝説のオーストリア皇妃、エリザベート40歳の一年間。
制度や慣習に反抗し、自由を志す“パンク”な女性の闘いとは

「シシィ」の愛称でもよく知られる、ハプスブルク家最後のオーストリア皇妃エリザベート(1837年生~1898年没)。19世紀末のヨーロッパ宮廷を代表する伝説のアイコンとして、現在の絶大な人気を誇るこの美貌のプリンセスは、日本でも宝塚歌劇団や東宝ミュージカルの演目で広く親しまれ、2022年には若き日の彼女を描いたドイツ発のNetflixドラマシリーズ『皇妃エリザベート』も話題になった。しかしオーストリアの気鋭監督、マリー・クロイツァー(1977年生まれ)による映画『エリザベート 1878』は、皇妃にまつわる旧来の神話を解体し、ひとりの女性として等身大のリアリティと今の時代ならではの視点で捉え直す。物語は皇妃の知られざる時期──40歳の時の一年にフォーカスした内容だ。

1877年12月と時制が示される冒頭、ウィーンで公務を前に身支度をする皇妃エリザベートは、コルセットをぎゅうぎゅうに締めつける。172cmの長身に体重40kg台というスタイルを誇る彼女だが、最近は体型維持に苦労しているらしい。夫のフランツ・ヨーゼフ皇帝と共に式典に出ると、大臣たちはかつての彼女と比較した皮肉な言葉を口にする。こうした自分の外見に注がれる好奇な視線に、エリザベートは疲弊と憂鬱を覚えながら、クリスマスイヴの日に40歳の誕生日を迎える。

つまりは「定型的な美」──ルッキズムの抑圧と呪縛に苦悩するエリザベートの姿がいきなり提示されるのだ。絶世の美女として崇拝される彼女は、同時に「悲しみの王妃」や「流浪の皇后」とも呼ばれる。その波乱の人生模様は、ジャン・コクトーの1946年初演の戯曲『双頭の鷲』の主人公である王妃のモデルにもなった。あるいはロミー・シュナイダーが10代の時、バイエルン王国の公女だった少女期のシシィに扮したオーストリア映画の三部作『プリンセス・シシー』(1955年)、『若き皇后シシー』(1956年)、『ある皇后の運命の歳月』(1957年/いずれも監督:エルンスト・マリシュカ)でアイドル的人気を得たが、後年シュナイダーはルキノ・ヴィンスコンティ監督の『ルードウィヒ/神々の黄昏』(1972年)で宮廷に馴染めない孤独な皇妃としてのエリザベートを演じている。旅から旅へと放浪を繰り返し、封建的な宮廷に反抗的な精神を示した彼女の姿にアプローチした作品は過去にもあったが、そこをひときわ強調し、明確にフェミニズム的視座から描いた作品は『エリザベート 1878』がおそらく初めてだろう。

主演はヴィッキー・クリープス(1983年生まれ)。『ファントム・スレッド』(2017年/監督:ポール・トーマス・アンダーソン)の演技で国際的な注目を集めてから、『マルクス・エンゲルス』(2017年/監督:ラウル・ペック)、『オールド』(2021年/監督:M・ナイト・シャマラン)、『彼女のいない部屋』(2021年/監督:マチュー・アマルリック)、『ベルイマン島にて』(2021年/監督:ミア・ハンセン=ラヴ)など、作家性の強い監督たちに引っ張りだこの俳優だ。もともと皇妃エリザベートに興味を寄せていた彼女が、子育てに悩む若い母親役を演じた主演作『We Used to be Cool』(2016年)で組んだマリー・クロイツァー監督に企画を提案したことが発端となり、本作は実現した。まさに志を同じくする俳優×監督のコラボレーションと言えるだろう。

クロイツァー監督が創造し、クリープスが体現するエリザベート像は、史実に囚われず独自の解釈と脚色で描かれる。タバコを吸う。中指を突き立てる。自分でばっさり髪を切る。女官のマリーと共にイタリアでタトゥーを入れるシーンもある(実際のエリザベートは51歳の時に旅先で彫ったらしい)。窮屈な制度や慣習に反抗するパンキッシュな女性像だ。

音楽にはフランスのポップシンガー、カミーユを起用。音楽の使い方も時代劇や歴史劇の型に嵌まらず、劇中ではザ・ローリング・ストーンズの名曲「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」(これはマリアンヌ・フェイスフルの1964年のデビュー曲としても知られる)がハープで弾き語りされたりもする。

自由を獲得するための闘い。これが現代にも通じる本作の核心的な主題だろう。自らのエイジングと向き合い、心身を縛り付けるコルセットや皇室の厳格な伝統、世間の理想像から解放され、自分らしい生き方を見つけようともがくエリザベートの姿を通して。第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でワールドプレミアを迎えた本作は、主演ヴィッキー・クリープスが最優秀演技賞を受賞。ほか2022年ロンドン映画祭の最優秀作品賞など、数多くの映画祭で高い評価を集めている。

『エリザベート 1878』 

監督・脚本/マリー・クロイツァー
出演/ヴィッキー・クリープス、フロリアン・タイヒトマイスター、カタリーナ・ローレンツ、マヌエル・ルバイ、フィネガン・オールドフィールド、コリン・モーガン
TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 ほか全国順次公開中
https://transformer.co.jp/m/corsage/

© 2022 FILM AG – SAMSA FILM – KOMPLIZEN FILM – KAZAK PRODUCTIONS – ORF FILM/FERNSEH-ABKOMMEN – ZDF/ARTE – ARTE FRANCE CINEMA
配給/トランスフォーマー、ミモザフィルムズ

映画レビューをもっと見る

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

Magazine

DECEMBER 2024 N°182

2024.10.28 発売

Gift of Giving

ギフトの悦び

オンライン書店で購入する