カンヌ映画祭グランプリ! 美しく儚い少年ふたりの現代の神話。映画『CLOSE/クロース』 | Numero TOKYO
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カンヌ映画祭グランプリ! 美しく儚い少年ふたりの現代の神話。映画『CLOSE/クロース』

いま最も注目すべき映画作家のひとりであろうベルギーの新鋭監督、ルーカス・ドン(1991年生まれ)の長編第2作『CLOSE/クロース』。前作『Girl/ガール』(2018年)でバレリーナをめざすトランスジェンダーの15歳の少女を描き、第71回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞。鮮烈なデビューを飾った彼が、今度は13歳の少年ふたりの未分化な情愛を、神話的な原型の美と、社会的な外圧の両側から描き切った。この傑作は第75回(2022年)カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞。さらに今年の第95回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートなど、各国の映画賞で計47受賞・104ノミネートの快挙を達成。北米ではA24が配給権を獲得。全世界で絶賛を浴びつつ、いよいよ日本上陸を果たす。

ベルギーの新鋭監督、ルーカス・ドンが鮮烈に描く思春期の愛と痛み

主人公は花卉(かき)栽培を営む農家の息子レオ(エデン・ダンブリン)と幼馴染のレミ(グスタフ・ドゥ・ワエル)。昼は花畑や田園を走り回り、夜は寄り添って寝そべる。いつもじゃれ合って楽しく過ごすふたりは、親友以上で双子のような関係だった。そんな彼らは同じ中学校に入学。しかし学校の初日、ぴったりとくっついて座るふたりの様子を目にしたクラスメイトのおませな女子たちから「あなたたち、つきあってるの?」とからかわれてしまう。

特に悪気があったわけでもない、女子たちからの興味本位の“いじり”。しかしムキになって怒るレオと、気にする素振りのないレミの反応には明らかに差があった。その日をきっかけにレオはだんだん、やがて露骨にレミを避けるようになる。そして課外授業の日、そこにレミの姿はなく、レオは衝撃的な事実を告げられる──。

まだ友情も恋愛も性愛の形も、よく判っていない思春期の男の子ふたりが、社会の雛形でもある学校空間において突然「カップル」というレッテルを貼られることで、ある種の恐怖を覚えるさまが繊細に描かれる。金髪のレオと黒髪のレミは対比的、あるいは対照的なワンセットといえるキャラクター造形で、まるで「一心同体の表と裏」だ。例えばレオはアイスホッケーを習うようになり、体育会系のノリを身につけていく。一方のレミはオーボエが上手で、文化系の道をそのまま走っていく。そうすると、いつも一緒だったふたりの世界が、属性の違いも相まってどんどん離れていく。実際、ルーカス・ドン監督はふたりの両方に自己投影したらしく、「私はある意味、レオでありレミでもあると感じています」と語っている。

劇中、何度も反復される登下校のシーンは象徴的だ。最初は自転車で一緒に並んで走っていたのに、だんだんその距離が離れて、ついにはレオがひとりで学校に行ってしまう。置いてきぼりのレミはものすごく傷つく。

ルーカス・ドン監督はふたりの関係の変容を、具体的な距離の表象で見せていく。この端正な演出設計には映画作家としての飛躍を明らかに感じる。またレオ&レミの世界を彩るシンボルというべき花畑は、ルーカス・ドン監督自身の育ったベルギーの村にあった花畑がイメージソースになっているらしい。

また、本作の内容や主題において、ひとつ補助線を引けるのが、今年の第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した是枝裕和監督、坂元裕二脚本の『怪物』(2023年)との親近性だろう。湊(黒川想矢)と依里(柊木陽太)という小学5年生の少年同士の関係を描いたパートに関しては驚くほど似ている。だが比較すると、『怪物』のほうが性的な描写まで踏み込んでおり、『CLOSE/クロース』のレオとレミはもっと未分化。それが友情なのか、恋愛や性愛につながる感情なのか、まったく自覚しがたい状態で、周りから不用意に茶化されるという外圧に直面するわけだ。

そう考えると『CLOSE/クロース』は、例えば『スタンド・バイ・ミー』(1986年/監督:ロブ・ライナー)などにも近いかもしれない。あの名作でリヴァー・フェニックスが演じたクリスという精悍な友だちに、主人公の少年ゴーディは、ある種恋に近いような憧れの感情を持っている。だがそれはいわゆるLGBTQ+のカテゴリーというより、「クローズ・フレンドシップ」(親密な友情)からのグラデーションである、という感覚だ。その中でも『CLOSE/クロース』は、同じ主題系でもこれまでどの映画も触れることができなかった柔らかく敏感な部分にタッチしている気がする。

こういった思春期の痛みを描く物語において、一様に浮上してくるのは「イノセンスの喪失」という主題である。好きだから一緒にいる──というシンプルな関係性が、面倒臭い現実社会のコードにのみ込まれはじめる。だがそれは同時に、子どもから大人への成長を促すイニシエーション(通過儀礼)としても機能する。しかし「喪失」の手つきやケアがもっと優しいものであれば、子どもたち、そして周りの大人たちが必要以上の残酷な事態に直面することを避けられるはずだ。

あまりに脆く、壊れやすい幼い感情や関係、それが及ぼす波紋に対し、社会の側がどう寄り添うべきかといった問題提起も『CLOSE/クロース』にはしっかり込められている。そちらのテーマがせり上がってくる後半部がまた素晴らしい。ここではレオと、病院の産科で働くレミの母親ソフィ(エミリー・ドゥケンヌ)がメインとなるが、ルーカス・ドン監督は回想シーンを一切使わず、余計な感傷で画面が湿らないよう慎重に抑制した。その外連味を排した作法こそが、本当にピュアで清廉な情感を生成する。余計に激しく涙腺を刺激される観客も多いだろう。

キャストの充実にも注目だ。レオ役のエデン・ダンブリン(2009年生まれ)と、レミ役のグスタフ・ドゥ・ワエル(2005年生まれ)は、共にオーディションで抜擢された今回がデビューとなる新星。そしてレミの母親ソフィ役を、ベルギー映画の伝説的な名作『ロゼッタ』(1999年/監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ)で主人公の少女ロゼッタを演じたエミリー・ドゥケンヌが演じている。ちなみに『ロゼッタ』は第52回カンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作であり、当時17歳で同作がデビューだったドゥケンヌは女優賞を獲得した。

ルーカス・ドンという傑出した才能だからこそ、こうした優れた座組みが結集するのは当然にして必然だが、『CLOSE/クロース』のような映画の成果を観ると、同時に時代の成熟も感じる。かつての映画はここまで細やかな人間関係や感情を描いてはこなかった。それはやはり、世界的にジェンダーやセクシュアリティについての深い理解が進んでいること──その影響が作用しているのは間違いない。人間理解が深まる環境になればなるほど、映画もまた新しくなっていくことを、この完璧な一本は美しく証明している。

『CLOSE/クロース』

監督/ルーカス・ドン(『Girl/ガール』)
脚本/ルーカス・ドン、アンジェロ・タイセンス
出演/エデン・ダンブリン、グスタフ・ドゥ・ワエル、エミリー・ドゥケンヌ
7月14日(金)より全国公開中 
https://closemovie.jp/

© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
配給/クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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